2-5 ヘイゼル商会の跡継ぎ
それから二週間、ウルガスさんの調査が終わるまで何もせずに待つわけにもいかないので、雷人は戦闘訓練と並行して飛行する練習をひたすら重ねた。
次の襲撃がいつあるかも分からないので、最初はハラハラしていた。
だが、いつまで経ってもロボットの一体すら現れることがなく、肩透かしを食らったような気分だった。
現在、俺は引っ越しも終わって訓練も一段落したので、控え室でソファに腰掛けてのんびりとコーヒーを飲んでいた。
目の前にはフィアが座って同じようにコーヒーを飲んでおり、シンシアさんは現在仕事中でモニターとにらめっこをしている。
そんな中、控え室の扉が開いて誰かが入って来た。
俺は入り口に背中を向けていたため、てっきり空か唯だと思い声をかけた。
「おー、お疲れ……ん?」
するとそこには、いかにもイケメンですといった整った顔立ちで、若干癖っ毛の金髪の男と、その後ろには胸ぐらいまでの長さの赤髪の女性が立っていた。
一体、誰だろうかと思い見ていると、男の方が口を開いた。
「俺に向かってお疲れだと? 何者だ貴様、頭が高いぞ!」
といきなり偉そうに睨み付けて来た。
この会社にしては珍しく敵意むき出しな奴が現れたな。
この態度には俺としても文句の一つも言いたくなる。
「俺は仮入社中の成神雷人だよ。お前は誰だ?」
「お前だと? 無礼な奴だな。まさか俺が誰だか分からんのか。俺の名を聞けばそんな態度をとったこと、後悔することになるぞ」
「後悔って、どっかのお偉いさんなのか?」
随分とテンプレなセリフを言う奴だなーなどと思いながらもそう言うと、男は勝ちを確信したような顔で高笑いを始めた。
「ふはははははは、聞いて驚くなよ! 俺の名はヘイゼル・ディン・レオン! ヘイゼル商会を継ぐ者よ!」
レオンと名乗った男は声高らかに名乗るが、当然俺はそんな商会は知らない。
だが、ここまで自信を持っているのだ。それなりに名が通っている商会なのだろう。
そう思ってすぐそばに座っているフィアに尋ねる。
「なぁ、そのなんちゃら商会っていうのはそんなに凄いのか?」
「まぁそうね。宇宙全体で名前が売れてるぐらいには有名よ。雷人が知らないのは無理もないけど」
そんな会話をしていると、二人が自分を無視して話しているのが気に食わなかったのか男は額に青筋を浮かべる。どうも自分が上でないと気が済まないようだ。
「貴様、本当にヘイゼル商会を知らんのか? 一体どこの田舎者だ!」
「レオ、そのくらいにしてはどうですか? 話が進みませんわ」
男は傍の赤髪の女性に言われ、渋々といった様子で話題を変える。どうやら彼女の言う事には耳を貸すらしいな。
「む、……ふん、仕方ないな。では本題に入ろう。そこの女! お前がフィア・ライナックだな? 貴様がいつまで経っても挨拶に来ないから、今日は俺とお前の立場をはっきりさせてやりに来たのだ」
名指しで指差されてもフィアは顔色一つ変えずに落ち着いた様子でコーヒーを飲んでいた。やはりこういう態度は好きではないのだろう。対応もどこか冷たい。
「そう、私は別にあなたと関わるつもりは特にないんだけど。あなたがヘイゼル商会の跡継ぎでも何も関係ないわ」
「関係ないだと? ここのスポンサーはヘイゼル商会なのだぞ! いくら社長の娘とはいえ、そのヘイゼル商会を軽んじた態度は看過出来んな!」
フィアの言葉にレオンは激昂するが、フィアに臆した様子はない。さすがだな。
冷静にコーヒーを飲んでいる姿は堂に入っている。
この男がひたすら小物に見えるな。
というかスポンサーの跡継ぎ?
つまりこいつ、親の力を笠に着て威張り散らしているのか?
「私が社長の娘でも関係ないし、あなたがスポンサーの跡継ぎでも関係ないわ。一応、上下関係があると言えるのは社長と社員、後は師弟くらいのものね。それも捉え方は人に寄りけりだけど」
「減らず口を……。そうだ。それでは今から勝負をしようではないか! これで俺が勝てばヘイゼル商会がきっちりと礼儀を尽くすべき相手だと認め、相応の態度を取ってもらおう。この業界では強い方が偉いのが道理であろう?」
「はぁ……もう面倒臭いからそれでもいいけど。あなた、確か入ってまだ二ヶ月ぐらいでしょ? 私に勝てるとは思えないんだけど」
思いついたかのように語るレオンの提案に心底呆れた様子のフィア。
何というかこいつ、考え方が小悪党のそれだな……。
漫画とかに出て来る悪徳貴族の息子みたいで全然怖くない。
本当に商会の人間なのか?
そう思って見ていると、フィアの言葉に怖気付いたのか言い返すことなくフィアを睨みつけ始めた。
自信満々に言い始めた割にはいざとなると自信が無いのか?
何も考えずに喋ってるんじゃないだろうな?
「ぐぬぬぬ、そうだ! では二対二でやろうではないか。ちょうどそこにいるのは新人なのだろう? こっちはここにいるニアベルと一緒でいい! どうだ、悪くない提案だろう?」
「は?」
「え?」
「はい?」
レオンの言葉にニアベルと呼ばれた少女も含めて驚きの声を上げたのだった。




