1-51 とりあえずの決着
「フィアっ!」
翼を切られた男が落下していった直後、フィアは刀を取り落とし、全身から力が抜けたかのように落下した。
雷人は慣れぬ翼を必死にコントロールしてフィアに追い付き、何とか捕まえ抱き留めた。
「とおおぉぉまああぁぁれええぇぇ!」
地面を滑り、土煙を上げながら何とか制止することに成功して安堵する。
仕方のない事なのだが、翼を生やすなど初めての事なので思うように動くことが出来ない。冷や汗かきまくりだ。
「ふー、ギリギリセーーフ!」
「くすっ」
雷人の大げさな態度を見て腕の中のフィアが笑う。
というか今気付いたが、完全にフィアを抱きしめてしまっている。
それどころではないが、柔らかい感触とどことなく甘い香りが……。
「あっ! わっ、悪い!」
「あっ! ちょっと!」
雷人は謝りながら咄嗟に離れるが、すぐに倒れそうになるフィアをまた支える。
「あ、悪い」
「ふふ、あはははは、謝り過ぎよ。……また、助けられちゃったわね。あーあ、今回は私が助けようと思ってたんだけどなー」
フィアが座り込みながら上目遣いで言ってくる。
目の保養として有難く頂いておくとしよう。
「そんなことないだろ。フィアにはいつも助けられてばかりだ。結局、あいつを切ったのはフィアだしな。……俺の力はまだまだ足りないって思い知らされたよ。だけど、それでも諦めなくて良かった」
俺がそう言いながら笑うと、フィアは笑い返してきた。
こんな時間がずっと続いて欲しい。
しかし、現実はそうはいかないものだ。
フィアが顔を逸らし、別の方向に視線を向けた。
「そうね。色々と聞きたい事はあるんだけど、一先ずはこっちね。ねぇ、また肩を貸してくれるかしら? まだ上手く動けないの」
「ん、ああ、そうだな。掴まれ」
俺はフィアの腕を掴んで引っ張り上げると肩を貸した。
もちろん行き先はあの男の所だ。
男は近くの地面に勢いよく落ちたらしく、ひび割れたアスファルトの上に大の字で横たわっていた。
「さてと、ジェルドー。さすがのあなたもあの高さから落ちたんだもの。死んではなくても重傷みたいね」
それに対してジェルドーは無言で空を見上げた後に事もなげにむくりと起き上がった。
「なっ、まさかまだ動けるの!?」
「くそっ」
雷人はフィアを抱えたまま構えるが、その構えは全く様になっていない。
こちらをちらりと見るとジェルドーは答えた。
「……何かを思い出したような気がするんだが、一体何だったかなぁ?」
「は?」
フィアと雷人は口を揃えて疑問符を浮かべるが、ジェルドーは何食わぬ顔だ。
「まぁいい……、偶然だろうがよぉ。俺に一撃加えたことは褒めてやる。ここは一度引いてやろうじゃねぇかぁ」
「何を言ってるんだ。お前、状況が分かってないのか?」
雷人が属性刀を向けながら言うが、ジェルドーに怯えた様子は一切無かった。
その目はぎらぎらと輝いている。
「お前こそ状況分かってんのかぁ? 俺は確かに重傷だがよぉ。手負いのお前らを殺すくらいはわけねぇんだよ。お前が今しようとしてる事には、そっちの女の命も掛かってるって事は分かって言ってるんだろうなぁ?」
「それは……」
ジェルドーの言葉にどうするのが最善なのか分からなくなり、言葉を濁す。
「……恐らく、あの爺さんは俺以外にも誰かをここに送り込むだろうがよぉ。やられんじゃねぇぞ。お前らは俺が万全の状態で殺してやる。今のままじゃ全然だが、最後の不意打ちは少し面白かったぜ。もっと強くなれよなぁ。がっかりさせるんじゃねぇぞ」
ジェルドーはそういうと踵を返してゆっくりと離れて行った。
その後ろ姿を見つめながらも、俺は一歩も動けなかった。
本能が、動くなと言っているかのようだった。
「……フィア、良いのか?」
「ええ、どのみち今の私達じゃ敵わないわ。悔しいけど、今はその時じゃないわね。帰ってくれるならそれでいい。一先ず町は守れた。そうでしょ?」
無言のまま俺が睨んでいるとジェルドーの歩く先に空間の歪みが現れ、奴はその中に姿を消した。
「く……そ……」
目の前からジェルドーが消えたために安堵してしまったのか、疲れや痛みが一気にやって来た。
どうやら自分で思っていたよりも疲弊していたようだ。
俺の意識はどんどん薄れていき、視界が真っ暗に染まった。
*****
男は真っ白な天井を見上げてベッドに横たわっていた。
上半身は裸に包帯をぐるぐる巻きにされた状態であり、背中の傷がズキズキと痛んだ。
この企業には再生治療用の人の浸かれる薬液ポッドがあるはずだが、それの使用には準備に時間が掛かるらしい。
ただ寝転がっているのは性に合わないが、かと言って特にやることもない。
時間を持て余して寝転がっていると扉が開いて一人の男が入って来た。
実に七十歳程の爺さんである。
茶色い羽織に手に持っている杖。
口に蓄えた長い髭などはいかにもといった感じだが、一応威厳があるようには見える。
男には関係のない話だが、長というものには時に威厳が必要になるものだ。
その爺さんが傍らの椅子に腰掛け、話し掛けてくる。
「こっぴどくやられたようだな。ジェルドー。奴の紹介であったから少しは期待しておったのだが。存外、大したことがないのだな」
「ぬかせよ爺さん。今回やられたのはよぉ。油断したからだ。次はねぇ」
「ふんっ、負け犬の遠吠えにしか聞こえんな。今代わりを探しておる。果たして、次とやらはあるかな?」
「はははぁ、あるさ。そうでなきゃ俺がぶっ殺せねぇだろうが」
「口が減らんな。そこで大人しくしておれ、悲願が達成すれば儂がお主を殺してやるでな」
「くはっ、威勢のいい爺さんだぁ」
ジェルドーはただ口の端を歪めて笑った。
*****
とある暗い部屋、部屋中に取り付けられたモニターの光に囲まれている少年が一人と少女が一人。
一人はおよそ子供らしくない雰囲気を漂わせているが見た目はせいぜい十四、五歳の少年であった。
もう一人は熊の人形を大事そうに抱えたおよそ十歳程度に見える少女だ。
いわゆる、ゴスロリと言われる恰好をしており、年相応で可愛らしい。
二人は机を挟んで向かい合わせに置かれたソファに、それぞれ深く腰掛けていた。
「あの子達?」
「そうだよ。どうやらジェルドーは負けちゃったみたいだね。あはは」
「ふぅん。大丈夫なの? 死んだら困るんでしょ?」
「まぁね。でもこのくらいで死ぬようじゃ面白くないよ。じっくりと煮詰めていかなきゃね。舞台も役者もまだまだ整ってないんだ。これからだよ。これから。その内トゥーナにも働いてもらうからね」
「そう、仕事はこなすわ。大丈夫よ。ところでナクスィアはどこにいるの?」
「あぁ、ナクスィアならケーキを作ってくるって言ってたから、厨房じゃないかな?」
「ケーキ! わぁい」
「あはは、忙しくなったらそうもいかないからね。今の内の存分に遊んでおくといいよ」
「それじゃあね。お兄様」
そう言うと少女は勇んで部屋から出て行った。
残された少年はどこまでも深く、光りすらも飲み込んでしまいそうな黒く濁った瞳を細める。
「スフォル、ようやく復讐の始まりだよ。次の一手はどうしようか? ふふふ、面白くなるかなぁ?」
少年は黒く濁り切った目をモニターに向けて口の端を持ち上げた。
第一章はこれにて終了です!
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
「面白い」「続きが気になる」と感じたら、
下の ☆☆☆☆☆ から評価を頂きたいです!
作者のモチベーションが上がるので、応援、ブクマ、感想などもお待ちしています!
さて、第一章はいかがだったでしょうか?
設定の説明や、色んなキャラの登場、少しずつ強くなっていく様子を書きたかったこともあったので、
少し展開が遅くなってしまった節はありますが、個人的にはなかなかよく書けたかなと思っています。
話を書くのはなかなか難しいですが、メインヒロインであるフィアと唯も魅力的に書けてると嬉しいなぁ。
第二章〜エンジェルディセント〜では新たな異星人の襲撃、ライバルや雷人、空の妹の登場などを予定しています。新たな仲間が増えますので、乞うご期待!
という事で今回はここまで、第二章に入る前に一週間ほど休載を挟みたいと思います。
次回更新は7/26(水)の予定です!
それでは、これからも
【 SSC ホーリークレイドル 〜消滅エンドに抗う者達〜 】
をどうぞよろしくお願いします!




