1-50 決死の刃は綻びを突く
フィアは全力を出していた。氷も、炎も、鎖も、剣術も、フィアの使える攻撃手段を全て活用して攻撃を仕掛ける。
だが目の前の男、ジェルドーは見事にそれを捌き、せいぜい掠り傷を作る程度だ。
雷人にはあんな事を言ったが、正直勝てる気はしていなかった。
しかし、止まらない。止まってしまったら、もう動く事は出来ないだろう。
もはや残っているのは意地だけであった。
しかし、フィアは窮地にこそ成長があることを知っていた。
今、都合よくそれが起きるとはフィアも考えてはいない。
だが止まれば可能性すらなく敗北する。
止まるわけにはいかなかった。
「ああああああぁぁぁっ!」
フィアは半ばやけくそ気味に剣を振う。
体が重い。本来ならば切れのある斬撃はもはや刀を叩きつけているだけに過ぎなかった。
ジェルドーにも疲れは見えるが、その動きにはまだ余裕がありそうだ。
フィアは必死に攻撃を仕掛け、弾き、防ぎながらも何か打開策は無いのか、と思考を巡らせる。
しかし、フィアがそれを見つけるよりも早く、あっけなくその時は訪れた。
「ふんっ!」
「っあぁ! つっ!」
フィアが攻撃を弾かれ、体勢が崩れた。
その一瞬にジェルドーが大剣を振りかぶり、無造作に振り下ろしたのだ。
フィアは後方へ吹き飛ばされてビルへと叩きつけられた。
その衝撃に肺の中の空気を全て吐き出してしまう。
呼吸が上手く出来ない。
いつもどうやってたっけ?
汗が流れる。思考も上手く出来ない。
体も上手く動かない。
ここまでだって言うの?
ふらつく頭を手で押さえ、状況を確認する。
フィアは叩きつけられた時にビルの壁面に出来た巨大な窪みに辛うじて乗っかっている状態だった。
上を見るとジェルドーがこっちを見降ろしていた。
それを見た時、フィアの中にほんの少しだけ残っていた意地が体を動かした。
分かっていた。
状況は最悪、味方で最も強いのは自分であり、援軍もすぐには駆け付けない。
私が負けてしまえば、ジェルドーを倒せる者はいない。
しかし、私の体にはもうほとんど力が残っていない。勝てる可能性など微塵もない。
本来ならばもう逃げるべきだ。
なにせ私は仕事で来ているだけで、命を懸けてまで戦う必要はないのだから。
失敗しても生きてさえいれば、挽回出来る機会はあるかもしれない。
なのに、なぜだろう? 分かっているのに、止まれなかった。
雷人の熱にでもあてられてしまったのだろうか?
指先に力を込めて何とか上体を起こす。
そして、ジェルドーを睨みつけた。
するとどういうつもりか、黙ってこちらを見ていたジェルドーが突然頭を抱えた。
「あぁ、なんだろうな。こういう青臭いのは嫌いじゃねぇ。だが頭が痛ぇ。この感覚は何だ?消えろ、消えろ、消えろ、消えろっ!! ……あぁ、もういいかぁ。殺そう……」
ジェルドーが諦めたような表情でこちらに向けて手を翳した。
その手の平の先にエネルギーが集まり光を放っている。
恐らく、今あれを食らえば私は死んでしまうだろう。
でも、ただで死んでやる気など毛頭ない。一撃、最後の一撃に私の全てを込める!
フィアは後ろに左手を向けて炎を放出し、全力で跳んだ。
氷と鎖でジェルドーまでのレールを作り上げる。
ジェルドーは避けられるだろうに、真っ向から迎え撃つつもりらしく空中に浮かんだまま微動だにしない。
「食らえええぇぇぇぇ!」
「おおおおおおぉぉぉぉ!」
フィアの咆哮に重なるようにして声が聞こえた。
しかしそれは、ジェルドーの声では無かった。
「何ぃっ!?」
ジェルドーもそれには驚いたらしく、咄嗟に下に注意を向ける。
ちらりと一瞬だけ見ると青白の翼を羽ばたかせながら、雷人が高速で迫って来ていた。
フィアはその時、これが最後の好機だと感じた。
*****
ジェルドーはフィアに向かって集めていたエネルギーを放ちながら、雷人の方へと向きを変える。
女はレールの上を走る形だったうえにまだ距離があった。
もしあれを躱したとしても、即座に攻撃には移れないだろうとジェルドーは考えたのだ。
「その目……その目をやめろ……、死ねええぇぇぇ!」
「おおおおおおおぉぉぉ!!」
二人の刀と大剣が交わり、ジェルドーは少し押されながらも持ちこたえた。
頭の痛みが増している。頭の中に桃色の髪をした少女のようなイメージが浮かんで消える。
誰かは知らないが、今のジェルドーは非常に苛立っていた。
それを発散するべく目の前の少年を叩き切る事だけを考える。
「最後の足掻きも終わりだぁ!」
このガキは勢いだけで実力は大した事が無かった。
これならば簡単に殺せるだろう。
ジェルドーは雷人の刀を逸らし、大剣を振りかぶる。
雷人にとっては絶望的な状況、一瞬の後にはジェルドーの手によって真っ二つだ。
この距離で外すことなどありえない。
しかし、雷人の表情は希望に満ちていた。
まだ勝てると思っているのかぁ?
この状況で勝てるわけねぇだろうがよぉ!
そうジェルドーは思ったが、刹那、ジェルドーの背中がまるで炎で焼かれるかのように熱くなった。この、感覚は……!
「おおおおおぉぉぉぉ!?」
眼だけで後ろを見ると、刀を振り切った体勢で女が浮かんでいる。
ジェルドーは背中を切られたのだと悟った。
一体どうやって? という考えが頭に浮かぶが今はそれどころではない。
剣を扱う者ならば、切った後に油断してはならない。
すぐに構えるべきだが、女はそれが出来ていない。
その表情を見ても満身創痍なのは明らかだった。
ならば、ここで仕留める。
ジェルドーは強引に大剣を振り回し、雷人を吹き飛ばしつつフィアに向かって振り抜いた。
しかし、大剣はフィアを捉えられず、無様に空中を通過した。
まさか、まだ避ける力が残っていたのか!?
そう思ったが、そうではなかった。
体が思いの外傾いている。ここに来て初めてジェルドーは理解した。
自分が切られたのは、単に背中では無かったのだ。
「くそおぉぉぉぉっ!」
ジェルドーは片翼を切り飛ばされて滞空出来なくなり、叫びと共に地面へと落ちて行った。




