7-41 マザーの過去
覚悟を決めたらしいマザーはゆっくりと過去を語り始めた。
「私は、こことは違う星で作られました。私を作ったマスターの種族は大柄な人が多く、確か神匠族と呼ばれていました」
「彼らは温厚で、今のこの星に負けないほどの大都市を築いていました。その中でもマスターは優秀な技術者で様々な物を作っていたのです。私はその手伝いをするために作られ、日々マスターを支えていました」
「マスターは家事が苦手でしたから、料理や掃除、洗濯も全てしていましたし、試作品の製作補助もしていました。忙しい日々ではありましたが、マスターのために働くことこそが私の存在意義で、マスターは私の全てでした」
「……全て上手くいっていたはずでした。マスターを支えられる日々は充実していて、マスターからは感謝の言葉を幾つも頂いていました。私はマスターを敬愛していて、マスターも私に親愛の情を持ってくれていると、そう思っていました。あの時までは……」
マザーは優し気に笑みを浮かべながら語っていた。その時の幸せを思い出していたのだろうか。しかし、ゆっくりと表情が無表情に変わっていく。……ここからが本題か。
「あの日、朝から晴れていた空が突然黒く染まりました。真っ黒な雲が空を覆い尽くしていたのです。それを見たマスターはひどく動揺されていました。何かがあったのだと、それは私にも分かりました」
「マスターは優秀でしたので、何か対応をされるはずだと思いました。ですから、相棒である私は当然サポートを申し出ました。ですが、そんな私をマスターはカプセルに押し込め、言ったのです」
「お前に出来る事は何もない。この事態の解決は緊急を要するんだ。この際はっきり言ってやるよ。家事以外のお前は邪魔でしかなかった。普段ならそれでも許せたが、今必要なのは家事の能力じゃない、技術だ。こうなってしまった以上、お前のご機嫌取りに割く時間は少しもないんだよ。分かったらこれ以上俺の足を引っ張るな。……お前は廃棄処分する」
「……そう言って、マスターは私の意識を切りました」
言われた時のことを思い出してしまったのか、マザーの瞳からまた涙が流れた。
存在意義の否定。自分の全てだとまで言っていたマスターから処分するとまで言われたのだ。その絶望は計り知れないな。
「その後、どれほどの時間が経過したのか。何が原因か分かりませんが、ある時私は再起動しました。カプセルから出ると、そこは何もない荒野でした。あるのは土、砂、石、散らばった金属片くらいのものでした」
「周辺を調べ、分かった事は二つ。そこが私の元々いた星ではない事と私の他には誰もいないこと。ただそれだけでした」
「マスターの言葉は何かの間違いじゃないのか。そんな事を考えたこともありましたが、私が一人で目覚めたことが何よりの証拠でした。生き物の住めない環境、私が目覚めるまでどれほどの時が過ぎたのかも分かりません。……私はマスターの言葉の通り、廃棄処分されたのです」
そこまで言い終わるとマザーは再び涙を拭い、表情を整えると一呼吸おいて話し始めた。
「分かりましたか? 人族の考えは私達には分かりません。親しくしていた、家族同然だった。そう思っていたはずのマスターでさえ私を捨てました。人族は私達を好きなように利用して、邪魔になればあっさりと捨てるのです。それもそのはずです。人族にとって、生物でない私達は道具でしかないのですから」
「……あなたも、あなたの属する組織も、手に負えない事態が起きればカミンのことなど見捨てるはずです。ですが、私は何があっても子供達を見捨てません。母として、最期のその時まで見捨てる事はありません。ですが、ここから出てしまえば私の手は届かなくなり、それも難しくなってしまいます。だから、出星は絶対に認められないのです」
……これがマザーが人族を嫌っている本当の理由か。なるほど、自身を作った人、親とでも言うべき存在から自身の存在を否定されたのだ。そうなってしまうのは仕方のない事なのだろう。
だが、やはりどこか引っかかるな。
……うーん、まだはっきりとしないが、とりあえず思った事を確認してみよう。
「今の話、軽々しく分かるとは言えないけど、マザーの言いたい事はだいたい理解出来たと思う。……ただ、話を聞いて思ったんだが、本当にマザーのマスターはマザーを捨てたのか?」
俺は疑問を解消するべく、マザーに問いを投げかけた。
雷人さんは結構ずけずけと踏みこんで行っちゃうんですよねぇ。
もちろん、通常なら込み入った話は避けるんですが、
とはいえこういう状況だと相手の事をよく知らないと説得も出来ませんから、
逆鱗に触れると分かっていても飛び込まなければいけない事もありますよね。
虎穴に入らずんば虎子を得ず。必要に駆られてのことですからぁ!




