7-40 イルミの過去
「確認……私の近衛と言われている八重桜の事は知っていますね?」
「あぁ、外で守ってた和服の剣士の子とかだろ?」
「和服……恐らくそうです。彼女達八重桜はかつて私の制止を振り切り外へと出て行った者達です。借問、この意味が分かりますか?」
「えっと? えー、あー、えーと?」
咄嗟に回答が出せずにしどろもどろしているとカミンさんが代わりに答えた。
「恐らく、外に出て行ったものは全員帰って来ていると言いたいのだろう。そうでしょう?」
「あ、あぁ、なるほど。なるほどね」
「……肯定、彼女達はその全てが外へと出て行き、人族に裏切られ、心に傷を負って帰って来た者達です。例示、先程まで私が模倣していたイルミもその一人です。今では過去を捨て、八重桜のククリとして私を手伝ってくれています」
「イルミが八重桜? という事はまさか……外で寝てたのって」
このドームに入る前、板のようなものの上に伏せていた少女の姿が思い浮かんだ。
あれ、姉妹機とかじゃなくて本人だったのか。
「あ、そういえばイルミとよく似た特徴の機人族が倒れてたわね」
「あれがイルミ本人だと? 随分と印象が違いますが」
「肯定、ククリにはボタンと一緒に外の警備をお願いしていました。……元々は快活で周囲に元気を振りまくマキリスアイドルだったのです。ですがある日、『イルミの煌めきをマキナウォルンで終わらせるのは惜しいでしょ』などと言ってここから出て行きました。害悪、マキナウォルンにやって来た星間商人に唆されたのです」
話しているマザーの表情は特に変わっていないはずなのに段々と険悪な雰囲気が漏れ出て来ているように感じる……。
あー、怒ってるんだろうなー。怒ってるんだろうなー。
「イルミは当時アイドル全盛だった星で機人族のアイドルとして売り出されました。希少、基本的に私が許可をしていませんので、外では機人族は非常に珍しい存在です。その星間商人はその希少性から稼げると思い込んでいたらしく、盛大に宣伝を行いイルミはそれに応えられるように頑張りました。頑張ったのです」
何か段々とマザーの瞳に涙が溜まって来た。声も少し涙ぐんできている。まるで自分の事の様に……いや、そうか。ネットワーク経由で情報を知っているマザーには実際に自分の事のように感じられるのか。
それ故にその努力のほども苦しさも、分かってしまうのだろう。
だからこそ……。
「機人族は希少でしたが希少過ぎたのです。外観は精巧で、触れた感触も実物と遜色ありません。イルミの外見では猫人族の少女と見分けがつきませんでした」
何となく展望は分かって来た。
話が進むほどにマザーの手に力が籠っていくのを感じる。
「悲劇、すぐに見物客たちは詐欺だと言ってイルミを叩きました。機人族だと信じた者の中にも機械が人真似をしているなど気持ち悪いと言う者もいましたし、イルミの周りは敵だらけでした。それでも、イルミは抱いた夢のために頑張り続けていました」
「ですが、アイドル全盛の時代、名前に傷のついたアイドルにファンなどつかず、唯一信じていた星間商人は借金をしていたらしく全てを捨てて逃げました。アイドルとして前面に出ていたイルミは顔が割れていましたから、逃げた商人の代わりに借金取りに追われました。味方のいない外の星で、安心出来る場所もなく。逃げて逃げて逃げて、ようやくマキナウォルンに帰って来た時にはイルミの心は擦り切れていたのです」
その時の事を思い出しているのか、マザーの瞳から涙が流れた。
なるほど、確かにそれは辛い経験だ。それを実際に自分の事かの様に感じられるのだから、その想いも相当なものだろう。
恐らく、他の八重桜も似たような経験をしたのだろう。
なるほど、これがマザーが人族を嫌っている理由か。根深いな。
「今でこそイルミはククリに名前を変えて八重桜として活動していますが、それでもかつてのような明るさは取り戻せていないのです。今のククリは活力を完全に失ってしまい。隙あれば寝ているような子になってしまいました。私としてはそれでもいいのですが、そんなククリを見ていると、私はひどく悲しくなるのです」
「マザー、話は分かった。確かに世に機人族が出る事は危険な事なんだと思うよ」
「安堵、分かって頂けましたか」
「……いや、それでも肝心なのはやっぱり裏切られる事じゃなくて、あくまで味方になってあげられる存在がいなかったことだと俺は思う。さっきの話でも商人に裏切られても誰か助けられる存在がいれば、借金取りに追われてもそこまでひどいことにはならなかったはずだ」
「……呆然、話を聞いていなかったのですか? 絶対に味方になるような存在などいるはずがないと言っているのです。例えどんなに信頼のおける相手でも、いつ裏切るか分からない。そう言っているのですよ」
……なぜここまで信じられないと頑ななのだろうか? 何か違和感があるんだよな。ただ子供が心配だから、それだけでは言い表せないような……。
「……もしかして、そんなに頑ななのは絶対的に信頼していた相手に裏切られた経験があるとか、そういう事なの……か? うえっ!?」
俺がそう言った瞬間、マザーの表情が消えた。無表情のまま涙を流し続けているその様は正直怖いとしか言いようがなかったが、何か核心に触れた。そんな確信を俺に与えた。
「ちょ、ちょっと雷人! 流石に踏み込み過ぎよ! 誰だって言いたくないことはあるんだから!」
「そうだな。確かにそうなんだが、多分ここが重要な所だと思う。だから、避けては通れないだろ」
「あぁ、そうだな。マザー、辛いことを思い出させることになり、申し訳ございません。ですが、どうか聞かせては頂けませんか? あなたが人族を嫌っている根底の理由を」
俺の言葉では拒絶の雰囲気を強めていたマザーもカミンさんが改めて尋ねると涙を拭い、口を引き結んで答えた。
「了承、仕方がありません。聞かなければ納得が出来ないというのであれば話してあげましょう。子供達ではなく、私自身の過去を」
心の闇は深く、全ては過去に囚われたまま。
未来を見る事は叶わず、真っ暗な道に一歩を踏み出すのは勇気のいる事です。
その選択が、決断が正しいのかどうかなんて誰にも分かりませんから、
現状維持が一番楽ではあるんですよねぇ……。




