7-39 つかの間のお茶会2
「理由を……お聞かせいただいても宜しいでしょうか?」
ある程度この展開を予想していたのか、それほど取り乱した様子もなくカミンさんは尋ねた。
それに対してマザーは目を伏せると、どことなく悲しげな表情をした。
「回答、まず一つ、誤解があるみたいですが私は人族の影響を受けないようにするために反対をするわけではありません」
「違うのですか?」
「肯定、人族は残忍で狡猾です。最初は良い顔をしていてもその裏で何を考えているかは分かりません。マキナウォルンでは人族を常に監視していますが、外に出ればそこは人族の魔窟、どんな危険が待っているか分からないのです。そんな所にどうして大切な子供達を送り出すことが出来るでしょうか?」
「……つまり、私の身を案じての事だと?」
「肯定、私は全ての機人族の母です。母が子を大切にすることに何の疑問があるでしょうか?」
……な、なるほど。少し予想外の答えが返って来たな。念のため、フィアの方を確認すると頷いていた。流石はフィアだ。真偽の裏取りはしてくれていたみたいだな。
ここまでの行動からただ残忍な存在ではないと思っていたが、今の言葉が嘘でないという事はこのマザー、他の何よりも子供第一の子煩悩な母親タイプか?
これを納得させるのは骨が折れそうだな……。
「あー、横からすまない。マザーは外の世界が危険だからと反対しているみたいだが、カミンさんがここを出ることになれば恐らく俺達と同じ会社で働いてもらう事になると思う。うちの会社は宇宙の治安組織とも顔が利くし、十分な後ろ盾になれるはずだ。それに仕事も俺達と違って危険な現場じゃなくて裏方の仕事になるはずだし、大抵の問題は解決出来る。心配するようなことにはならないと思うぞ」
俺が横から口を出すと、マザーはにっこりと笑って見せた。
「応答、人族の雷人でしたね。先ほども言いましたが、私は知っているのです。人族は良い顔をしていてもその裏で何を考えているかは分かりません。後で手痛い裏切りを受けるのは我が子なのです。どうしてそんな安っぽい言葉を信じられるでしょうか? 無理だとは思いませんか?」
……うん、よく見たらどことなく目が笑っていない気がするな。
本当に細かいところまで人と変わらないんだな。ゾワッとした。正直怖い。
「マザー、彼らは私の助けに応じて危険を冒してまでここに来てくれたのです。フレイルの手当てもしてくれましたし、全く信じられないという事はないと思います」
「肯定、カミン、あなたの言うことは分かります。私もイルミとしてこの目で見ましたから、この者達が邪な考えをしていないのは分かっていますよ。ですからこうして話をしているのですから」
「でしたらどうして!」
「教示。カミン、人族は突然それまで見せていた顔とは違う顔を見せる事があるものです。私は知っているのです。人族はその場その場で違う顔を見せます。例えその時に本心で言っていても、状況が変わればそれをあっさりと覆す事があるのです。……カミン、あなたの願いはフレイルを救う事でしたね。私であれば外の人族と取引し、その病を治す事も可能です」
「……その条件はなんでしょうか?」
「選択、人族を妻にすることは諦めて下さい。私はカミンを外に出す気はありません。そして、人族がここで生きていくのが難しいのは当然です。故にフレイルはどこかの星に送るのがいいでしょう。そうすれば、お互い余計な苦労のない生を送ることが出来るはずです。その方がフレイルも幸せなのではないですか?」
「……それが、マザーの提案する妥協点という事ですか」
「肯定、あなたもフレイルも罪に問う事はありません。謝罪します。今回の事態は私の管理の甘さが招いた事故でした。これで全て元通りです。了承して頂けますか?」
「……」
マザーの提案にカミンさんが押し黙る。カミンさんはフレイルさんと結婚するとまで言っていたのだ。それはこれまでここで生きて来たカミンさんにとっては大きな決断であったはず。
だというのに、それをあっさりと「はいそうですか」と認められはしないだろう。
だが、フレイルさんの事を考えればこの条件を飲んだ方が確実ではあるはずだ。
「……マザー、さっき人族が裏切る事を知っているって言っていたよな」
「……肯定、言いましたが、それが何か?」
「確かに人族にはそういう一面もあるんだと思う。だけど、人族にはそうとは言い切れない関係もあると思うんだ。それこそ、愛って言われるようなものとかさ」
「疑問、だからなんだというのですか?」
「マザーがどんなことを知っているのかは知らないけど、それが全てではないと思う。確かにこれから先カミンさんには大変な事もたくさんあるのかもしれないけど、フレイルさんと一緒なら乗り越えていけるんじゃないのか? 夫婦っていうのはそういうものなんだと俺は思うし、短い時間ではあったけどお互いに尊重し合えている二人を俺は見た。そういう経験も悪いものじゃないと俺は思うんだが」
俺が思った事を口にするとマザーは目を見開いて俺を見つめた。
余計な事を言うなとばかりに怨念でも感じそうな視線に冷や汗が流れる。
怖い怖い怖い! でも、例え後悔したとしても必ず失敗しない道が一番とは限らないと思う。それこそ当人の気持ち次第だとは思うけど、カミンさんが迷っているなら諦めるのは違うと思った。
だから、俺はその視線に対して真っすぐに見返したのだった。
「……随分と勝手な事を言うものですね。何かあっても責任の一つも取れないでしょうに。教示、いいでしょう。私の知る経験を教えて差し上げます。人族に裏切られ、傷ついた子供の経験を」
マザーはなぜこうまで人を信じられないのか。
その頑なさの理由に迫っていきたいと思います。
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