7-29 違う、そうじゃない
「……んぅ?」
うっすらと意識が覚醒し、知らない天井が見える。
とは言っても暗くてあまりよくは見えないな。まだ朝ではないのか?
「あれ、というかいつの間に寝てたんだ?」
何だろう、寝る前の記憶があやふやだ。昨日ってどうしてたっけ?
あー、少しずつ思い出して来たぞ。決戦前の宴とかなんとかいって夜遅くまでバカ騒ぎしてたんだ。
あれ、でも寝た記憶がないな。もしかしなくても寝落ち……。
そこまで考えた時、ふと近くに置いた右手が何やら柔らかいものを掴んだ。この感触、まるでマシュマロのような……。
「んゅ……」
……何か聞こえた。あーうん、はいはい、分かりました。知ってますよこの状況。あれだよね、あれ。今俺が掴んでるのってどう考えても胸ですよね?
……まずい、まずいぞ。女性の胸を鷲掴みは非常にまずい。作戦前に仲間とギスギスするなんて許されないぞ。
……いや、待てよ? 場合によっては助かるかもしれないな。
以前と違って俺はフィアの彼氏になったんだ。少しの予期せぬお触りくらいは許されるかもしれない。うん、きっとそうだよな! そうそう!
……あれ? でも待てよ。いつもの癖で隣に寝ているのはフィアだと思い込んでいたが、よくよく考えればここは俺達の家じゃない。
そして昨日の寝た時の記憶もない以上、隣に寝ているのがフィアかどうかの確証がないじゃないか。
これは……本当にフィアの胸か? 俺は良くないと思いながらも胸を掴んだまま固まっている右手に神経を集中した。だが、当然と言うかフィアの胸を揉んだ経験などないので誰の胸かは分からなかった。
「まずい、まずいぞ」
この状況でありえるのはフィアの他にシルフェ、フォレオ、フレイルさんという大穴の可能性も……。待て、安易に候補から外そうとしていたが、機人族の胸って柔らかいのだろうか?
ロボットとは細かいところが違うとか言ってたし、見た目には肌もモチモチとして見える。という事はイルミの可能性もあるのではないか?
誰だ、これは一体誰なんだ!
一目見れば分かる事なのだが、答えを知るのが怖くて目を向けられない。というか、いつまでも胸を掴んだままなのはまずい――。
「むゅ……」
「……っ!」
び、びっくりした。動きもないし、起きてはないよな?
この声……誰だろう? 凄いヒントだったはずなのに分からなかった。
こういう時の声って普段の声とちょっと違うもんな。
歌っている時の声が普通に喋る時の声と違うようなものだ。それに、言葉を喋ったわけでもないしなっ……!?
「あぅ……」
油断して置いた左手に再びの柔らかい感触が……え、何? もう一人近くに寝てたの?
駄目だよ。二人目は駄目だよ。色々考えながらもどうせフィアだろうという楽観的な考えがこのラッキースケベ状態をもう少しと続けさせていたのに。
二人目が出てきたら確実にフィア以外の誰かの胸を揉んでるじゃん。
それって、フィアの彼氏として確実に駄目なやつじゃん。
「……ど、どうするべきだ?」
焦るな、落ち着け。右手と左手に集中だ。
まず大きさはどれくらいだ? 右の方は……手にフィットする感じだな。そして、左手の方が右よりも大きく感じる。
……フィアってどのくらいだっけ? フォレオより大きかったはずだけど、フォレオってあんまり大きい印象ないな。多分俺の手よりは小さいんじゃないか?
とすれば、右がフィアで左がシルフェかな?
シルフェはフィアより大きかったイメージだしな。よくよく考えればフレイルさんやイルミが俺の横で寝るわけもなし。きっとこれが正解だ!
空には悪いが、フィアとシルフェなら謝れば許してくれる気がする。よし、何かいける気がしてきたぞ!
ようやく恐怖に打ち勝ち、隣に寝ているのが誰なのか確かめようとしたその時、部屋の外から甲高い音が響いた。
「起きて起きて―! 皆、朝だよー!」
「うわっ、びっくりしたっ!」
鍋をお玉で叩くようなけたたましい音を鳴らしながらイルミが叫ぶ。
何とも大きい音だ。近所迷惑を考えない、寝ている奴絶対起こすマンなイルミアラームが鳴り響く。
やはりイルミではなかったか。
そう安堵したその時、俺の左から声が聞こえた。
「うぅ、頭に響くぅ」
「え?」
その声のした方を見ると、そこにはフィアが寝ていた。
もちろん、俺が胸を掴んだ状態で。
目を覚ましたフィアは異変を感じたのか自分の胸に目を向け、手を置いているのが俺だと気付くと少しむっとした表情をした。
「……もぅ、えっちなんだから。触るなら触るでこっそりやるんじゃなくて、ちゃんと許可を取りなさいよ。付き合い始めたんだし……た、偶にならそういうのも考えてあげなくもないわよ? でもやっぱり順序ってものが……ごにょごにょ」
え、いいの? じゃなくて、こっちがフィアという事は……ギギギと音がしそうなくらいぎこちなく右に目を向ける。
すると、俺に胸を掴まれたフォレオが怒りと恥ずかしさを内包したような表情で俺を睨んでいた。
「あぇーと、いつから起きて?」
「最初からじゃないですか? いつになったら手を放すのかと思いきや、全然離しませんもんね。一体いつまで人の胸を揉んでいるつもりなのですか?」
ここにきて俺はようやくパッと手を離した。明らかに遅すぎたが。
「ご、ごめんなさい」
「二度目、二度目なのです。フィアというものがありながら、万死に値するのです!」
「はは、は、がべっ!」
以前の風呂の時とは違い指輪による身体強化がしっかりと乗ったビンタが俺の頬を打ち抜き、吹っ飛んだ末にゴロゴロと転がって部屋の前にいたイルミの前でようやく停止した。
「やー、随分とアグレッシブな起き方だねぇ。お楽しみはほどほどにねー?」
「は、はは、言い返す気も起きないわ」
そして俺はその後、事態を把握したフィアとフォレオにこってりと絞られたのだった。
はい、今日はいつものやつでした。
多分~、皆さん思っていたと思うんですけど~、言いますね~。
”考える前に手を放せや!”
手を放さずに右手と左手の感覚に集中するスケベな雷人君には脱帽ですね。
それでは、次回もお楽しみに!
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