7-9 モノリス
俺は周りを見回した。何の前兆もなく周りの景色が変わったからだ。
まるで最初から俺はここにいて、判別出来ないほどにリアルな部屋の映像でも見せられていたかのような気分だ。
「どこだ……ここ」
「えっと、私にも分からないけど……これって転移したのよね?」
見渡す限り周りは暗く、さっきアルチザン様が掲げていた箱のような、エメラルドグリーンに発光する黒い物質に囲まれていた。
とは言ってもそれらは箱ではなく、まるで岩肌の様にごつごつとした印象だ。さっきの箱は見るからに人工物といった趣だったが、この場所はまるで自然に出来たかのようだ。
見上げるとそこには空はなく、地面と同じような天井が見えるが、そっちは光が弱くてよく見えない。高さは……十メートル以上はあるか? うっすらと光っているので足元と近くは見えるが遠くは見えない。そんな光景だった。
「二人とも」
「おわっ!」
「きゃっ!? も、もう、パパ! 薄暗いんだから足音もなく現れないで、びっくりするじゃない!」
「ごめん、ごめん。驚いているところ悪いけどアルチザン様が行っちゃうから、逸れないように付いて来てね。ここはちょっと特別な場所だからね。逸れると面倒なことになるよ」
「分かったけど、特別な場所って? ここはどこなの?」
「ここはフロラシオンの中心だ」
「……は?」
「フロラシオンのって……えぇ!?」
フィアの質問に対するアルチザン様の言葉。
それを聞いて俺とフィアは驚きの声を上げたが、ディビナさんとロナルドさんには驚いた様子はなかった。
フロラシオンにこんな場所があるって知っていたのか?
いや、それにしても……。
「フロラシオンの中心って、どういう意味ですか? 星は球形ですから、何かを基準にした時の中心? それとも……」
「あぁ、そなたの考えている通りだろう。ここは星の中心。そなた達が普段暮らしている場所から見れば、遥か地下深くという事になるだろう」
……その言葉に俺は息を呑んだ。
星の中心、言葉通りの真ん中っていう意味だっていうのか?
いや、だけど星の中心って言ったら……とんでもなく熱くて、とんでもない圧力が掛かっている場所じゃないのか?
そんな所にこんなに広い空間があるって?
俺では詳しいことは分からないが……そんな事があり得るのか?
今いるこの場所は暑くも寒くもないし、普通に息も出来ているし体が重いとかいう事もないんだが。
「信じられないという顔だな」
「……すみません」
「いや、その反応が正しい。星の中心に人が存在出来る場所があるなどおかしな話だ。だが、実際にここはフロラシオンの中心にある」
「えっと、よく分からないんですけど、ここにはどうやって来たんですか?」
フィアが質問すると前を歩いていたアルチザン様が足を止めた。
後ろを歩いていた俺達も自然と足を止めると、アルチザン様は先程の黒い箱を掲げて見せた。
「これだ」
「その箱……それが転移装置なんですか?」
「転移装置ではないな。これは鍵だ」
「鍵……ですか?」
「そうだ。この場所に来るための鍵、ここは鍵がなければ来ることの出来ない特別な場所だ。ただそれだけが分かっていればいい」
特別な場所か。うーん、分かるまで詳しく説明してくれる感じではないな。
特別な場所って結局何なんだとか、どうしてこんな場所を知っているんだとか、頭に大量のはてなマークを浮かべながらも歩いていると目の前が開けて赤い光が差し込んで来た。
「な、何だ?」
これまでの薄暗い感じとは違ってなかなか強い光だ。
手で庇を作って見上げるとそれは巨大な石柱だった。
ルビーの様に煌びやかな赤い石柱が光を放っている。
……この光、どこかで見たような?
「久しぶりに見たけど、やっぱりこの光景は圧巻だね」
「はい……そうですね。この赤い光にはどこか惹きつけられます」
どうやらロナルドさんとディビナさんはこれを見るのは初めてではないらしい。
何とも綺麗で巨大なその石柱は途中から黒い壁に埋もれていてその全容は定かではない。だが、真直ぐに伸びる様はとても自然の物とは思えない。人工物……一体何のために?
「これは……何なんですか?」
「この石柱はモノリス。分かりやすく言うと、フィアの耳飾りの材料だよ」
「モノリス……」
「材料……え、あ、あぁ! 見た事ある赤色だと思ったら私の耳飾りだったのね。耳飾りは光ったりしないから気付かなかったわ」
「えっと? このモノリスを使うと黒き力を抑え込むイヤリングが作れるんですか? だとすればかなり特殊な物だと思いますけど……これ、一体何なんですか?」
「これは特別で他の場所にはない物だ。これが何なのかも、作り方も分からん。だが、これを改造する事で例の耳飾りは作ることは出来る。それだけ分かっていればいいだろう。さて……」
そう言うと、アルチザン様は何やらピッケルのようなものを取り出し思いっ切り振りかぶった。
「は? え!?」
「むんっ!」
そして思いっ切り振り下ろすと良い音が響いた。周りに高い音が反響し、石柱の一部が割れて地面を転がった。アルチザン様はそれをひょいと拾い上げると慣れた手つきで虚空に仕舞ってしまった。
「え? ……壊していいんですか? これ」
「構わんよ。見ておれ」
そう言ってアルチザン様が指さす方を見ると、どういうわけか石柱の欠けた部分がみるみるうちに均一化され、何も無かったかのように綺麗になっていた。何だこれ……何だこれ!
「あ、あはは、理解を超えてるわね」
「俺には何が何だかさっぱりだ……」
「モノリスはどういうわけか常に形を保っている。だが、気にする必要はあるまい。何があろうと見たままが事実だ。理由や原因は必要な時だけ考えればいい」
は、はぁ。これは不要だから気にするなと。
気にはなるし何か隠されているような気がしないでもないが、分からないものは分からない。俺の常識では答えは出ないし、推測も無理だ。気にするだけ無駄ということか。
「よし、目的は完了したな。それでは帰るとしよう」
そう言ってアルチザン様は再びあの箱を掲げたのだった。
モノリス、色んな作品に登場しますがなんかいい響きですよね。
なんというのか、作者はこういうカッコいい響きの言葉が好きな所があったりするので、
使って見たかった名称の一つです。
物語上どういう役割を持つ物なのかは……これからのお楽しみで。
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