7-2 目覚ましに最適、早朝洗濯始めました
フィアにまつわる話をロナルドさん達から聞かされてから二週間ほどが経った。
例の件について知っているのは俺だけではあるが、神機を巡るあの一件が刺激になったらしく皆訓練に励んでいる。
空はしばらく帰って来ないと言ってどこかへ行ってしまったのだが、一体どこへ向かったのだろうか。
まぁ、何か考えがあるようだったのであまり心配はしていない。
心配なのはむしろ残されるシルフェの方だったのだが、シルフェも成長したのかぐずる事もなく空を送り出し訓練に励んでいるみたいだ。
聞いた話ではノインさんとルイルイさんに弟子入りしたんだとか。
いつになく真剣な様子で驚かされるばかりだ。
「最近は色んなことが凄い速さで変わっていくな。ほんと、目まぐるしいよ」
目の前の光景、これも変化と言えるだろうか。
朝、目を覚ますと俺の腕の中には一人の少女が気持ちよさそうに眠っていた。
柔らかな寝巻に身を包み、もぞもぞと動くとどことなく甘い香りが鼻腔をくすぐる。
同じシャンプーを使っているはずなのにどうしてこんなに違うのか。
自分の臭いには気付きにくいと言うし、これはフィアのにおいが混じっているという事なのだろうか?
……ちょっと変態的な思考になってしまった。これ以上は自重しよう。
「ここのところ毎日だな。これが付き合うって事なのか?」
前までは布団に潜り込んで来たり来なかったりまちまちだったが、あれからというものフィアは毎日潜り込んできていた。
その上、以前は触れてくるのもあったりなかったりランダムだったが、ここのところは毎日だ。己惚れているつもりはないが、これは間違いなくフィアが俺に心を許してくれているという事だろう。
勿論その信頼を裏切らないために下手に手を出したりはしませんが? それでも、これくらいは許されるだろう。
「そうだ。大丈夫なはず……!」
俺はフィアの背に手を回すと抱き寄せた。
柔らかい感触、サラサラの髪が頬をくすぐり、温もりに包まれる。
「んぅ、んー、んふ」
抱き寄せた所為で起きたのかフィアは僅かに目を開けたが、特に離れることはなく寧ろぎゅっと抱き着いて来て俺の胸に顔をぴとっとくっ付けた。
……これが幸せか。もうしばらくこのまま……。
そう思い目を閉じた次の瞬間、バンっと勢いよく扉が開かれ、びっくりして起き上がろうとしたらしいフィアの頭が顎に激突した。
「いった!?」
「――っ! 何!? 敵襲!?」
微睡んでいたところへの激痛で一気に意識が覚醒した。
開かれたドアの方に目を向けると、そこには真っ赤な顔をしたフォレオが立っていた。
「どうした!? 何かあったのか!」
「ど、ど、ど、どうしたはこっちのセリフですよ! フィアが部屋にいないからまさかと覗いてみればこの状況……この前付き合い始めたと思ったら、もう朝チュンですか! 早過ぎです! うちは認めませんよ!」
「あ、朝チュン!? 変なこと言わないでよ!」
朝チュンってお前、どこでそんな言葉を覚えて来たんだ。
「そうだぞ。別に朝チュンではないからな」
フィアは顔を真っ赤にしているが事実何もないのに動じる必要はない。
俺は毅然とした態度でそう言った。すると想定外だったのか、フォレオは簡単に驚きを露わにした。
「な、朝に同じベッドで寝てたくせに言い訳をする気ですか!? 現場を押さえられたのに冷静過ぎません!?」
「現場って、まぁ確かに朝起きて同じベッドにはいるが今更だしな。もう恋人になったんだから問題でもないだろ?」
「こ、恋人……ってあ、ちょっ、雷人」
普通に抱きしめただけで特に手は出していないし、恋人ならばハグするくらいはそう変でもないはずだ。むしろ恥ずかしがっていた方が怪しくないか?
そう考えて冷静に返したのだが、フィアは恥ずかしそうにしながら狼狽えているし、フォレオはあんぐりと口を開けて驚いている。
これまでだってあったのに、今になって咎められることでもないだろうと思い俺はそう言った。言ってしまった。
「い、今更? 今更と言いましたか? ま、まさか、付き合い始める前から……?」
「あっ」
「もうっ、もうっ……」
どうやら俺は寝起きで頭が回っていなかったらしい。
もしや、フォレオってフィアの悪癖のこと知らなかった?
……何だか自分の中ではもはや当たり前のことになっていて気付かなかったが、これってなかなかに異常なのでは……?
フィアは顔を手で隠しながらちらちらと俺とフォレオを交互に見る。騒ぎを聞きつけて来たのか、シルフェがフォレオの後ろから覗いて親指を立てた。
「なるほど、やるね! 私も空が帰ってきたらやってみようかな」
その声で我に返ったのか、フォレオを中心として水が巻き上がりまるで渦潮のようになっていく。それを見るやシルフェは逃げ出した。
おい待て、煽るだけ煽って逃げるんじゃない!
……あー、この後の展開はなんとなく分かる。
さらにばっちり目が覚めそうだ。
「お、お手柔らかに」
「あはは、守っちゃ……駄目よね?」
「不潔です!」
不潔だったからなのか、俺とフィアはまるで洗濯機の中に放り込まれたかの様に水の中で洗われた後、フォレオの力で脱水されて床に転がった。
うん、予想通り完全に目は冴えたが、正直朝から疲れた。
恒例の朝のやり取りですが……うん、不潔なのはいけませんよね。
はい洗濯、洗濯。
……フォレオの脱水が地味に便利で羨ましいです。




