―トゥーナ5―
「ほぉー、良く来たの。スピル村にようこそじゃ」
スピル村と思しき住居群は山の中腹に突如として現れた。そして、それと同時に目の前に現れたうっすらと体が透けて見える女性。
「ふおおぉ! 透けてる! 透けてますよ! これが霊人族ですか!?」
「足は……あるんですね。とはいえ、一般的に言う幽霊に確かに似ていますわ」
「おい、お前達。すまないな、うちの者達が失礼をした。こちらで降霊祭があると聞いて来たのだが、あなたはこの村の代表か?」
「うむうむ、儂はこの村の長をしておるユリンという者じゃ。外から来た旅人は大体似たような反応をするのでの。別に失礼とも思っとらんよ。他所では我等のような存在は珍しいのじゃろ?」
「あぁ、そうだな。俺達の間ではあなた方は霊人族と呼ばれているのだが、霊人族は基本的に百人以下の少数で集団を作り、様々な場所に点々と存在する部族という認識だ。住んでいる場所が生物が住みづらい場所な事が少なくないからな。会う機会はあまりない」
「ほう、なるほどの。儂らも旅人から外の話を聞いたりするのでの。一応そなた達の生態は知っておるつもりじゃ。儂らは生きるのに水を必要とせんし、何かを食べる事も無い。木々や生き物、大地や空気。様々な物からほんの少しの生命力を得られれば事足りる。そういう事もあるであろ」
ふむ、霊人族。やはりなかなか興味深い種族だな。
なぜ人の姿をしているのか、彼らはどこから生まれるのか。実体が無く触れることが出来ないという話なのになぜ住居を構えているのか。
色々と気になる事はあるが、それは今回の依頼の主題ではない。レオンが後ろに控えていたサイオル殿に視線を向けると、サイオル殿が前に出て来た。
「初めまして、ユリン殿。私は星間商人をしております。サイオルと申します。この度は降霊祭が執り行われるという話を聞き、是非祈らせて頂きたいと思い参りました。祭りに参加しても宜しいでしょうか?」
「これはご丁寧に。わざわざここを訪ねて来る者が少ないだけで、降霊祭は誰でも参加出来るからの。是非祈っとくれ」
「そうですか。それでは、ありがたく参加させて頂きます」
「うむ、降霊祭は今夜じゃ。それまではそなた達も暇であろ? 良かったら外の話を聞かせてはくれんかの? 普段は外から来る者もほとんどおらんで、儂らには貴重な娯楽でのぉ」
「えぇ、私の話などで良ければ構いませんよ」
「おぉ! そうかそうか、それでは是非儂の家に来てくれ! おーい、皆のもの! 出て来て良いぞ! 荷物などを運んでやりなさい!」
「ふぇ!?」
「ん!?」
「きゃっ!」
「あら、可愛いわね。よしよし」
ユリンがそう声を掛けると一体どこにいたのか、周りから数十体もの霊人族が姿を現した。そして、突然浮かび上がる荷物の数々。これが俗に言うポルターガイストというやつだろうか?
突然の事でクロフィは跳び上がり、俺とニアは驚いてしまったのだが、シュタントとサイオル殿は平然としているし、トゥーナに至っては子供の見た目の霊人族の頭を撫でていた。
いや、手が頭をすり抜けているから撫でれてはいないのだが。シュタントとトゥーナは胆力が凄いな。そしてサイオル殿、あなたはもしや知っていたのでは?
「よし、それではこっちじゃ。付いて来てくれ!」
******
そうして、俺達は好奇心旺盛な霊人族達に囲まれて質問攻めにあった。
それにしても彼らが近くにいるとなんだかひんやりするな。
やはり、一般的な幽霊のイメージはこの者達から来ているのではないだろうか?
そんな事を考えつつもしばらく一緒にいれば慣れるもので、夜になる頃には全員が打ち解けていた。
「おっと、名残り惜しいが歓談タイムはここまでじゃな。そろそろ祭の時間じゃ。広場に向かうとしようかの」
ユリンが声を掛けると周りにいた霊人族達が一斉にどこかへと消えていき、ユリンに促されるままに村の中央、広場にある井桁組みの所までやって来た。
どうやら他の住居にも客が来ていたようで、ちらほらと見知らぬ顔もあった。ユリンも含め、霊人族達が時々入れ替わっていたのは皆の所を回っていたといったところか。
「ふむ、なかなか雰囲気があるな。言葉には言い表しがたいが、少々神秘的な雰囲気を感じる」
「うんうん! スピリチュアルってやつですね!」
「あはは、そのまんまですわね」
「あら、そのまんまでいいじゃない。この雰囲気を端的に言い表しているとも言えるわ」
「……難しい事はよく分からんな」
「えぇ、私もです。ですが、噂にも期待が出来そうですね」
「そうだな……」
降霊祭、それについては半信半疑……いや、ほとんど信じてはいなかったのだが、この空気を肌で感じると信じる気持ちが強くなってきた。
そうしていると、ユリンがいつの間にか姿を消していることに気が付いた。
本当にあいつは神出鬼没だな。まぁ村長というのだから、何か準備があるのだろうが。
そう考えていると、不意に辺りが真っ暗になった。
いや、違う。ここは元々真っ暗だったのだ。山の中、今は夜だ。ここは星の光も強くない。これまで気にならなかったのは、周りがほんのりと発光していたためだ。
恐らく、それは霊人族が何かをしていたのだろうな。
そして、辺りに鈴の音が鳴り響いた。
「ひゃい!? こ、これってよくある心霊現象的なやつじゃないですか!?」
「静かにしろ、クロフィ。ここは霊人族の村だ。そんなのは当たり前の事だろう」
「そ、そうですね。すみません……」
どうやらクロフィはこう言った事への耐性があまりないみたいだな。
そういえば、フォレオの奴も以前そんな事を言っていたか? ふはは、あいつもここにいれば騒ぎ出したであろうな。しかし、他の者達は落ち着いている。うん、良い感じだ。
しゃん、しゃんという鈴の音が響き、そして、井桁組みの上に光が現れた。ユリンだ。
ユリンは元々質素で簡易的な服を身に纏っていたのだが、今は重厚な衣服を何枚も重ね着していて、それらしさが出ている。
祭事用の特別な服という事か。
それを着たユリンが何やら飾りのついた棒を持って悠然と舞を踊り、その動きに追従するように淡い光が舞う。
「おぉ」
「素晴らしいですわ」
「とても綺麗ね」
レオンが感嘆する声を上げていると周りからも賛辞の声が聞こえてくる。暗くて姿は見えないが、皆でこの時間を共有している。ふむ、悪くないな。
そして、ユリンの舞が止まり、ユリンが手に持った祭具を大きく掲げた。
「さぁ、皆の者! 降霊祭の始まりじゃ! それぞれの想いを祈りと共に捧げ、今は亡き大切な者へ届けるがよい!」
その言葉と共に自然と皆が手を合わせ、祈りを捧げる。
すると、どこからか淡い光が周囲を照らした。レオンも倣ってみると淡い光が近付いてきた。
姿が見えるわけではない。どうしてなのか分からないのだが、会ったもないのに祖父を感じることが出来た。非常に不思議な感覚だが、確かにそう感じたのだ。
「お初にお目に掛かります。お爺様。レイノスの子、レオンです」
レオンの父、レイノスは商人として大成することが出来たが、最初の頃は自身で危険な場所に赴き、貴重な物資を調達することで商会を大きくしていた。
祖父はそれに反対しており、残念なことに仲直りする前にこの世を去ってしまったという話だ。祖父が亡くなった頃、父はまだ商会を軌道に乗せるために奔走していたと聞いている。
だから、祖父に父は無事だと、目標を成し遂げたのだと俺はそう伝えたいのだ。
「父は、レイノスは商会を宇宙中に名が轟くほどに大きくしました。俺の尊敬する、立派な商人です。今日はただそれを伝えたかったのです。父は元気にやっておりますので、どうかご安心下さい」
レオンがそう言うと、その淡い光が肩に触れたような気がした。
そして、その光はどこかへと消えて行ってしまった。
「まさか、本当に伝えることが出来るとはな」
暖かな感情、それが伝わる不思議な感覚。
本当に、霊人族は不思議な種族だ。
そして、地面に座って舞い踊るユリンを眺めているとすっと誰かが横に現れて俺の頬に触れた。ふわふわのような、ひんやりしているような。その何とも分からない感触にレオンはビクッと体を震わせた。
「おわっ! な、なんだ。トゥーナか。驚かせるでないわ」
「あら、ごめんなさい。ぬいぐるみは嫌いだったかしら?」
そう言って、トゥーナは隣に腰を下ろした。
この暗闇でも見えるようになのだろうが、近い。
大人びては見えるが外見は小さい、もしや不安にでもなったのだろうか?
「いや、嫌いではないが……ぬいぐるみ? 妙な質感なのだな」
「ぬいぐるみよ。私の能力によるものだけれどね」
「そうか。では気にするだけ無駄だな」
「えぇ、そうね。それで、あなたはもうお祈りは終わったのかしら?」
「あぁ、偶然とはいえ、この祭りに参加出来たのは幸運だったな。……トゥーナは誰かに何かを伝えたのか?」
「えぇ、信じていなかったけれど。この力は本物ね」
そう言ったトゥーナの顔はどことなく悲しみを帯びていた。
幾ら強いとは言っても、見た目が小さな少女の一人旅など非常に危険だ。普通ではない。つまり、何かしら事情があるのだろう。
俺は彼女の事は何も知らないが、せっかく仲間になったのだ。
いつの日か、その胸の内を話してくれるほどに気を許してくれるといいのだが。
「……綺麗だな」
そして、緩やかな時の中。神秘的な舞を二人で眺めるのだった。
霊人族、いわゆる幽霊のような種族ですね。
宇宙は広いですから、こんな種族がいてもいい。
もっとも、思考して話が出来るものの生きていると言っていいのかはよく分かりませんけど、まぁ、そこはスピリチュアルな存在ってことで! そのまますぎるネーミングぅ!
さて次回、「トゥーナ6」、本幕間も残すところ一話+おまけのみとなりました。
どうぞ最後までお付き合い下さいませ!




