―トゥーナ3―
「今何と言った?」
「あら、聞こえなかったかしら? 私をお兄さん達のチームに入れてくれないかと言ったのよ」
冗談でも言っているのかと思ったが、少女の目を見る限りふざけている様子はない。一体どのような考えでこんな提案を? そう不思議に思ったレオンは真直ぐに少女の目を見返した。
「どうしていきなりそのような話になるのだ?」
「あぁ、ごめんなさい。ちょっと急だったわね。そうおかしな話でもないのだけれど。実は私は旅をしていてね。ちょっと前に持っていた路銀が尽きてしまったのよ。だから仕事を探しているわけね」
「つまり、俺達が傭兵をしていると考えた上でチームに加わりたいと? どうも戦えるような服装には見えんな。年齢も若いだろう。子供を危険に晒す趣味はないのでな。仕事なら他を当たるといい」
俺と目を合わせても物怖じしない……か。間違いなくただの子供ではあるまい。
これから仕事だというのに不安の種を抱えるわけにもいかないし、ここは適当な理由を付けて断るのがいいだろう。そう判断したのだが、少女は引き下がらなかった。
「危険だというのなら問題はないわ。ここまで一人旅だったんですもの。荒事には慣れているの。それに、あなたが言ったようにいつも私は幼く見られるのよ。だから他の仕事の当てなんてないわ。だから、助けると思って雇ってもらえないかしら?」
断ったら路頭に迷うとでも言わんばかりに上目遣いを始める少女。気持ちその瞳が潤んで見える。
幼く可愛らしい自身の見た目の使い方を知っている交渉の仕方だな。
ただの傭兵なら使って役に立たなければそれまでと受け入れるのかもしれないが、紛いなりにも商人としては疑わないわけにはいかないのだ。
そんな事を考えて黙っていると不意にクロフィが前に出て来た。
妙な事をされると困るので、焦って止めようとする。
「ちょっ、クロフィ、待て!」
「非常に残念ですが、あたし達は人を待たせているんですよね! 信頼関係のない人を連れてお仕事に向かうわけにもいきませんし、すみませんが今回は諦めて下さい! 代わりと言っては何ですが、少しお金をあげちゃいますよ!」
そう言ってクロフィが少女にお金を握らせた。何と、チームきっての問題児だと思っていたクロフィがまともな事を言って、問題を解決させた……だと?
どうやら俺はクロフィの事を見誤っていたようだな。
そうか、おかしいのは血が絡む時だけだったのか。俺は見直したぞクロフィ、今にも涙が出そうだ。
さて、クロフィが金を渡したことで最低限命の心配は無くなった。
ならば、俺はこの機会を無駄にしないようにこの状況を脱するまでだ。
「それだけの金があればしばらくは暮らせるだろう。俺達は依頼人を待たせているのでな。そろそろ失礼させてもらう、シュタント」
「ん? あぁ、分かった」
「皆、シュタントに掴まれ」
「分かりました」
「オッケーです!」
「あ、ちょっと……」
何やら少女がこちらに手を伸ばしていたがシュタントの能力で一瞬にして距離が開いていく。何かしらの意図があったかどうかは分からないが、信頼第一の商人志望としてはこれ以上時間は掛けられない。
危険な状態から脱した見ず知らずの少女よりは顧客の方が絶対優先だ。
そして、俺達はほどなくして門へと辿り着いた。
門の外に出て見回してみると、サイオル殿が馬車を用意して待っているのが見えた。
俺達は急いでサイオル殿の元へと向かった。
「遅くなってすまないサイオル殿。少々トラブルがあってな」
「おはようございますレオン殿。トラブルであれば仕方がありません。私は祭までに着けば問題ありませんので、少しの遅れであれば構いませんよ」
サイオル殿は嫌な表情一つせずそんな事を言ってくれた。
サイオル殿が寛容な人で良かった。出だしから関係が悪化しては仕事がやり辛くなるからな。
「そう言って頂けるとありがたい。それでは早速向かうとしようか」
「レオン。遅れた分は俺が何とかするか?」
シュタントが後ろからそんな事を言ってきた。確かにシュタントの力を使えば道程を短縮することが出来る。馬を驚かせそうなのが不安ではあるが、使わない手はないだろうな。
「そうだな。シュタントの能力を使えば多少は遅れを取り戻せるか。では危険の少ない真直ぐな道でやれそうなときはやってくれ」
「分かった」
「レオン殿。やるというのは一体何をするのですか?」
俺達のやり取りを疑問に思ったようで、サイオル殿が首を傾げていた。能力を使うのならば、サイオル殿には先に話しておかねばならないな。
「あぁ、このシュタントは物と物の距離を縮める力が使えてな。まぁ、簡単に言ってしまえば一瞬である程度の距離を移動出来るという事だ。何回か使えば遅れた分は取り戻せるだろう」
「そのようなことが出来るのですか? ではその時はお願いしますが、やる時は一声かけて頂けますか。私は一瞬で長距離を移動した経験がありませんので、驚いてしまう自信がありますから」
「分かった。そうしよう」
シュタントがサイオル殿の要望を聞き入れた所で馬車の方から声が響いた。
この声はクロフィか。
「皆、そんな所で話していないで早く乗りましょう! あたし霊人族に会うのが楽しみです!」
「馬車に乗りながらでも話は出来ますわ。遅れを取り戻すのであればまずは進みませんと」
クロフィとニアの言う通りだな。スピル山までは二~三日かかるらしい。サイオル殿は大丈夫と言っていたが、降霊祭が開かれるのが明後日らしいので時間の余裕はさほどない。
「そうだな。よしシュタント俺達も……って既に乗っとるではないか! もしや俺待ちだったのか!?」
「何をしている。レオンも早く乗れ」
「ははは、楽しい人達ですね」
「……あぁ、全くだ。ではよろしく頼む」
「はい、それでは参りましょうか」
俺が最後に馬車に乗ると、サイオル殿が御者をして馬車は進み始めた。さぁ、仕事の始まりだ。
*****
出発してから二日ほどは多少の魔物と遭遇しただけで特に危険な事も無く。レオン達は半ばピクニックにでも来たような感覚で馬車に揺られていた。
そして現在、スピル山近くの街道にて話に聞いていたように盗賊達に囲まれてしまったのだが……。
突如として俺達を包囲している盗賊達の一角を吹き飛ばすようにして巨大なクマが現れた。
クマと言ってもその見た目は完全にぬいぐるみのそれなのだが、何にしてもデカい。
その上、盗賊達を吹き飛ばした以上は見た目通りの怪力なのは間違いない。
そして、そのクマの頭の上には知った顔がすまし顔で乗っていた。
町を出立する時に助けたゴスロリ少女だ。
「……おい、どうして貴様がここにいる?」
少女は俺が質問をすると不思議そうに首を傾げた。
「あら? 追って来たというのが分からないわけではないでしょ? 助けた責任は取ってもらわないとね」
「はいっ!?」
責任という言葉にニアが叫んだ。
責任と言われると頭に浮かぶのは……まぁそういう事だろう。
俺は少し前にニアと結婚したばかりなんだが? 新婚の幸せカップルに亀裂を入れようとするのは良くない、良くないぞ! 第一、貴様とは大した接点がないではないか!
「責任だと? は、まさかお前の生まれた所では、危険な状況から助けてもらったら結婚するのが普通だとでも言うつもりか?」
「あら、今の言葉をそう取ったのね。すかした顔をして結構ムッツリさんなのかしら」
「……なんだと?」
「ふふ、ごめんなさい。そう怒らないで、とりあえず話は後にしましょう? まずは邪魔者の排除でしょ?」
「……どうやらそのようだな」
盗賊達は俺達を囲んではいるものの、巨大なクマへの対抗手段がなかったらしく俺達のお喋りを傍観していたのだが、盗賊達を押し退けるようにして一人の大柄な男が現れた。
「はっ! どうやらちょっとばかし強力な力を持っている奴がいるみてぇだなぁ! いいぜ、俺が相手してやる。こいよ」
「頭!」
「頭が来たぞ!」
「ほう、頭……では貴様がカイゼルでいいのか?」
「あぁ? 雑魚が口開いてんじゃねぇよ。殺すぞ」
声を掛けると巨大なクマに目を向けていたカイゼルが射殺さんばかりの視線をこちらに向けた。しかし、その程度では俺は怯みもしない。
「いや、何。ここから馬車で二日ほどのところにある街で、カイゼル一家を名乗る小物共を捕らえたのでな。その親玉かと思ったまでの事よ」
「あ? そぉかよ。使いっ走り共が全然帰らねぇと思ったら、てめぇらにやられてたってわけか。じゃあ、二度と町の奴等が嘗めた真似出来ねぇようによぉ。見せしめに殺して晒さねぇといけねぇなぁ!」
「はっ、返り討ちにしてやるわ! ニア、シュタント、クロフィ、周りの小物は任せるぞ!」
「任せて下さい」
「オッケーですよぉ!」
「あぁ」
返事と共に三人が盗賊共に向かって駆けていく。さて、討伐の時間だ!
「面白い」「続きが気になる」と感じたら、
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作者のモチベーションが上がるので、応援、ブクマ、感想などもお待ちしています!
巨大なクマのぬいぐるみが戦う作品はたくさんありますけれど、やっぱりいいですよね。
見た目の愛らしさと力強さをその身に同居させるナイスな存在。ぜひとも活躍して頂きましょう!
次回、「トゥーナ4」お楽しみに!




