―トゥーナ1―
惑星ソフラン。その惑星ステーションに一人の少女が降り立った。
少女は騒がしい喧騒に目を細め、歩き出す。
彼女の恰好は所謂ゴスロリであり、見た目からして幼い。正しく、人形のような少女だった。クマのぬいぐるみを抱えている辺りが幼さをさらに強調している。
惑星ステーションを一人で歩くゴスロリ少女は非常に目立つ。加えてこの場所はあまり治安が良くなかった。案の定というか、一人の男が近寄ってきて声をかけた。
「おっと、お嬢ちゃん、もしかして一人? 迷子かなー? お兄さんがお母さんのところまで連れて行ってあげるから、一緒に行こうか」
少女は下卑た笑みを浮かべながらそう話す男を一瞥すると、スッと顔を逸らして何もなかったかのように歩き出した。
「……」
すると無視されたその男は青筋を立てて顔を真っ赤にしていた。
周りを囲む男達はその無視された男を指をさして笑っていた。
言っている内容は恐らく、フラれてやんの。とか、ははは、あんなのに付いて行きたいわけないよな。とかそんなところだろうか?
男は我慢ならなくなったのか、ズンズンと音が聞こえるほどに床を踏みしめながら歩み寄ってくる。
「おいお嬢ちゃん。ちょーっとばかし常識が足りねぇみたいだな? 俺はこの辺りじゃ有名なカイゼル一家の一員なんだぜ?」
そう言って少女の肩を掴んだ男はその肩を引っ張ろうとして……びくともしなかった。いや、それは少女の肩ではなかった。何かが少女の肩に乗っていて、掴もうとした男の手を掴んでいた。
「知らないわ」
「は?」
そして、次の瞬間には男の体は宙に投げ出されていた。
男の顔が驚愕に染まる。
「あいったーっ!?」
地面に背中から落ちた男はしばらく痛みに悶絶していた。
それをちらりと見ながら少女は可愛らしい声で言った。
「邪魔よ」
「て、てめぇ。カイゼル一家と知ってその態度だなんて良い度胸じゃねぇか!おい、お前ら!」
「へい!」
男が声を掛けるとさっきまで笑っていた男達、四人ほどが少女を取り囲んだ。その手には剣やナイフが握られている。
「へへ、お嬢ちゃん、何か特別な力を持ってるみたいだがおいたが過ぎたな。お前はもう終わりだ。お前ら! 手加減なしでやっちまえ!」
「おらぁ!」
「死ねや!」
「ふひ! ふひひひひ!」
「捌いてやるぜ!」
四人が男の号令で四方から切り掛かった。
それに対しての少女の反応は非常に簡潔だった。
「はぁ、だから邪魔よ」
次の瞬間、どこからともなく四体のクマの人形が現れた。それ等は自身の何倍もの身長がある男達に飛び掛かると、武器を弾き飛ばして腕を掴み、男達を空中に投げ飛ばしてしまった。
「あいたぁ!」
「へ? あいったぁ!?」
「うわっ! あいったー!?」
「あ、あいったー……」
あっと言う間に四人は地面に転がった。
さっきの男よりも高く投げ飛ばされた男達は立ち上がる気配がない。
「……おいおい瞬殺だよ」
「もう大人しく帰りなさい。あなた達弱すぎなのよ」
「くそっ! 天下のカイゼル一家が嘗められたまま帰れるかってんだよぉ!」
少女の言葉を聞いた最初に絡んで来た男は何やら服の中に手を突っ込んだ。しかし、それを少女は見逃さなかった。
「むぅ、仕方ないわね」
「あ、あああああああ! 俺のユニバーサルフォンがぁあああ!?」
男は服の中から通信端末を取り出したが、次の瞬間にはクマの人形が強引に奪い取ると地面に投げつけて破壊していた。砕け散った端末に男が駆け寄ると、クマはその腕を掴みダメ押しとばかりに背負い投げを繰り出した。
「え、ちょっ、まだやるの! あいったあああああぁ!? あ、いったぁ……」
投げられた男が悶えながら転がっているのを確認すると少女は何もなかったかのように歩き出し、そのまま外に出て行った。
そして、少女は何かに気付いたかのように顔を上げると人が行き交う中で立ち止まった。
「うん、特に問題はないわ。仕事はちゃんとしないとね。それじゃあまたね、お兄ちゃん」
そして、少女は再び歩き出し雑踏の中に消えていった。
*****
「さて、依頼主の場所はここだな? お前達、相手はお客様だ。くれぐれも言っておくが、変なことはするなよ? 特にクロフィ、お前は絶対に口を閉じていろ」
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ! あたし、こう見えてもしっかりしてるんですから!」
そう言ってクロフィは笑うが、正直クロフィを完全に制御することは不可能だ。少々不安だが、そんなことを言っていては仕事が出来なくなってしまう。
俺は扉をノックし、どうぞという声を聞いてから取っ手を掴みそれを押し開いた。中は高級とまではいかないが、それなりに綺麗に整えられた部屋だった。
あまり調度品の類はなく、絵画が一枚飾られているだけの部屋。とはいえ、それは目の前の椅子に腰かけている男の趣味嗜好を表しているわけではない。
ここは商人が取引に使うとされる中級の宿だ。そのため、不必要な装飾は無く、防音仕様、情報の秘匿性は万全だ。
目の前の男は商人であり、今回の依頼人だ。依頼人である商人は中に入ってくるこちらを見ると立ち上がり、手を差し出してきた。レオンは間を開けることなくその手を握り返す。
「初めまして。星間商人のサイオルと申します」
「俺はヘイゼル・ディン・レオン。SSC、ホーリークレイドル所属の隊員だ。今回は俺のチームが依頼を受けることになった。よろしく頼む」
レオンがそう言うとサイオル殿がレオンをまじまじと見つめた。
そして、おずおずと言った様子で尋ねて来る。
「失礼ですが、ヘイゼル……と言いますと、もしやヘイゼル商会の?」
「ほう。知られているとは光栄だ。もっとも今の俺はホーリークレイドルの一社員に過ぎない。商会とは関係ないと思ってくれ」
「いえ、それでも知り合えて光栄ですとも! 星間の商いをしていてヘイゼル商会を知らないなど、そんな商人はいませんよ」
「ふむ、そうか。また俺が商人として会うことがあれば、その時はよろしく頼む」
「えぇ、是非に、ささ、こちらの席にお座り下さい」
サイオル殿がレオンの出自を知るや下手に出て来たので、レオンは手を上げてそれを制した。
「サイオル殿、そう気を遣わないでくれ。今はそちらが俺達の顧客なのでな。そう下に出られてはこちらの立場もない。さて、それでは仕事の話をするとしようではないか」
レオンの言葉にサイオル殿は少しばかり残念そうな表情を浮かべるが、すぐに顔を引き締めた。切り替えが早いようで助かる。
「それでは早速依頼の内容なのですが、私の護衛をして頂きます。期間としては五日ほどでしょうか」
「ふむ、護衛を頼むという事は危険な場所にでも向かうのか? 商人は儲け話があれば多少危険な場所にも向かうものだからな」
「いえ、今回の目的は商いというわけではありません」
「商いではない? 失礼だが、目的を聞いても?」
「えぇ、構いません。目的地はここから少し離れた場所にあるスピル山という山です。そこには霊人族の集団が村を作って暮らしているそうなんですが、今年は十年に一度の霊人族の降霊祭が開催されるそうなのです。今回はそれに参加したいと思いまして」
「霊人族の降霊祭か。初めて聞いたな」
「えぇ、それほど人が集まるような祭ではありませんから。一部でひっそりと行われている無名のお祭りです」
「ほう、なぜその無名の祭りに参加を? その降霊祭とは一体どのような祭なのだ? ……あぁ、失礼した。答えたくなければ答えなくてもいい。個人の事情に踏み込むつもりはないのでな」
「いえ、構いませんよ。私も商人の仲間から噂程度に聞いた話なのですが、何でもこの降霊祭で祈ると亡くなった者に想いを伝えられると聞きまして。真偽のほどは分かりませんが、霊人族はかなり特殊な種族ですから。出来る事なら試してみたいのです」
「霊人族、確か肉体を持たないエネルギー体のような存在だったか。言葉を交わすことも出来る故に一種族と認められているが、どのようにして存在を保っているのかについては不思議な点の多い種族だったな」
「えぇ、実は最近自分の店を持つことが出来たのですが、亡くなった父にその事を報告したいのです。もし噂が真実でなかったとしても、後で悔やみたくはありませんので、やっておきたいのですよ」
「ふむ、その心意気は素晴らしいな。大いに賛成だ。せっかくだ。俺も亡くなった祖父に親父が立派にやっていると伝えるとしようか」
「それはいいですね。……ですが一つ問題がございまして、スピル山には危険な怪物が出るという話なんです。それに、スピル山付近を通る街道には度々盗賊が出るという話もありまして。それらへの対処を是非お願いしたいのです」
「なるほどな。分かった、護衛は任されよう。なに、心配はいらん。俺達は強いからな。盗賊や怪物程度には負けはせん」
レオンが自信満々に言い切ると、サイオル殿は安心したように笑った。
「頼りにさせて頂きます。ただ、お気をつけ下さい。なんでも、街道に出る盗賊達はこの辺りでは有名なカイゼル一家と呼ばれている盗賊団だそうで。人数は三百人にも上るそうです。しかも、頭目のカイゼルと言う男は手で触れることもなく人を吹き飛ばし、巨大な岩も軽々と持ち上げるのだと聞きます」
「三百人とはまた多いな。それに頭目は能力持ちというわけか」
「この国の王は以前盗賊団を討伐しようと兵を派遣したのですが、失敗しています。それ以来完全に弱腰になってしまい、動こうとする気配がありません。それほどの相手ですので非常に危険ではあるのですが、どうか……よろしくお願いします」
そう言って商人が頭を下げる。それを一瞥したレオンは頷くと立ち上がった。
「問題ない。依頼は受けた。それでは出立は明朝でよいか?」
「はい、宜しくお願いします」
「では明日、門の外で落ち合おう。ではな」
そしてレオンは振り返ることなく部屋を退出し、黙って見ていた三人もそれに続いて部屋を出たのだった。
分かる人はくすりと笑ってもらえたでしょうか?
今回の話はあるコメディアニメのパロディを入れています。
本当に面白いので、興味がありましたら是非見てみて下さい!
タイトルは「ヒナまつり」です!
というわけで次回、「トゥーナ2」、お楽しみに!




