―クロフィ・ウプイーリ4―
泣きに泣いて涙が枯れてきた頃、空からはぽつぽつと雨が降ってきた。
すると金髪の男がどこから出したのかコートを掛けてくれた。
「どうだ? 気は晴れたか?」
「……うん、もういいですよ。どこへなりとも連れて行って下さい」
「ふむ、それでは付いてこい。貴様に話したいことがあるのでな。ここは冷える。場所を変えるぞ」
何が何だか分からなかったが、正直泣き疲れていたクロフィは全部がどうでもよくなっていた。もうこのまま捕まってしまうならそれでもいいと。
しかし、連れていかれたのは牢屋でも檻でもなく、宿屋の一室だった。
壁にはよく分からないが絵画が飾ってあり、椅子やソファーもこの一年クロフィが使っていた物よりも良い物が置いてある。
なんだか高級そうな雰囲気の部屋だ。そこのベッドに座らされ意味が分からずクロフィはただ茫然と辺りを見回していた。
ベッドはふかふかで肌触りが良く、座っていて心地が良かった。横になって眠りたいくらいだ。
向かいにソファを持ってきて金髪の男が腰掛ける。
傍には赤髪の少女が立ち、扉の前にはあの大男が立っている。
あたしを捕まえるのにこんな部屋を使う意味が分かりませんよ! 話を聞くにしてももっと何もない部屋に通されるものだと思ってたのに!
クロフィには現状が全く理解出来なかった。
……もしかして、この人達は人攫いじゃないのですかね?
そう思って金髪の男の顔をじろじろと見ていると、男は徐に口を開いた。
「ふむ、遅くなったが自己紹介といこう。俺の名はヘイゼル・ディン・レオン。SSC、ホーリークレイドルに所属するA級隊員だ。俺はただの社員の一人なのでな。レオンで構わん」
SSC……確か宇宙の色んな所で荒事を引き受けている警備組織のことだったですかね? という事はやっぱり人攫いじゃないってことですか?
いや、それはそれで、どうしてそんな人達が私を捕まえようとするんです?
そうだ! SSCなら依頼人がいるはずですよね! 依頼人の目的は何なんでしょうか?
そんな風にクロフィが考えを巡らせていると、レオンが自己紹介しろとばかりに傍に控える赤髪の女性に手で合図を出した。すると女性は頷いて一礼した。どことなく上品な女性だ。
「私はフレゼア・ニアベルですわ。ニアベルと呼んで下さい。所属と階級はレオンと同じです。よろしくお願いしますわ」
クロフィも丁寧な対応に思わず頭を下げる。
さらにニアベルが大男に促すと、仁王立ちしていた大男がこちらに一歩踏み出した。
「改めて名乗ろう。シュタントだ。階級はB級。さっきは手荒な真似をして悪かった。こちらも仕事だったのでな」
クロフィは混乱する頭で何とか状況を整理しようとするが、いまいち理解が追い付かない。
丁寧なのは良いんですけど、どうしてわざわざ自己紹介をするんですかね? 捕まえるのが仕事なら、後は依頼人に引き渡すだけだと思うんですけど。
そう思って首を傾げていると、ふと視線に気が付いた。
周りを見回すと全員がこっちを見ている。クロフィは分からないながらも視線の言わんとすることを悟り、慌てて居住まいを正した。
「イグニス王立学院二年、クロフィ・ウプイーリ! 元吸血鬼族の族長の娘です!」
虚勢を張るかのように元気よく答えると、レオンが少し首を傾げた。
「元だと? 今は違うのか?」
その言葉にクロフィは俯いて答える。
「あ、えっと……あたしは問題を起こしましたから、族長の娘を名乗るわけにはいきません。これ以上迷惑を掛けたくないですからね」
「そうか、まぁいいだろう。突然のことのように聞こえるだろうがな。今日は一つ提案がある」
「提案ですか?」
若干前のめり気味になるレオンに対してクロフィは顔を上げてレオンの目を見る。しかし、その言葉の意図はさっぱり分からない。
「その前に一つ聞きたいのだが、クロフィ。俺達がどうしてここに来たのか理解しているか?」
その言葉を聞きクロフィは考える。
どうしてそんなことを聞くんでしょうか?
変な質問といい今の状況といい、依頼人が何某かの理由であたしの身柄を欲しがっているという事ではないのですか?
うーん、今となってはあたしの身に価値があるとも思えないんですけど。
「あたしを捕まえるために呼ばれたんですよね? あたしが犯罪者になったからじゃないんですか?」
そのクロフィの回答にレオンは笑って答えた。
「ふはは、それでは丸はやれん、三角だ。俺達は確かに貴様を捕まえに来た。しかし、それは貴様を投獄するためではない」
「それじゃあ、何のためなんですか?」
クロフィには理由が分からなかった。彼等が来たタイミングからして投獄することというのが一番可能性が高かった。他に自分を捕まえる理由はいまいち思いつかない。
犯罪者として追われる前だったら族長の娘として人質に……という可能性もありましたが、今となってはあたしに人質としての効果はないと思いますし。
与えられたチャンスを棒に振った以上、お父さんはあたしを関知しないはずですしね。
慈悲による強制送還の可能性も少しは考えましたが、そんなことをすればイグニスはおろかアニマディアからの心象も悪くなります。
うん、やっぱり国を一番に考える厳格なお父さんがそんなことをするとは思えないですね。
「クロフィよ。貴様、俺との戦いの最中、自身のことを誰からも否定されるだとか、疫病神だとか言っておったな?」
クロフィは思い出す。
確かにあたしはそう言った。
「だって実際そうですから。あたしは吸血衝動が我慢出来ませんから。いるだけで周りに迷惑をかけるのは分かっているんですよ」
クロフィは答えると同時に再認識する。
自分は必要とされない。煙たがられてきた、そんな存在なのだと。
自身の欲も抑えられず、仮初の自分にもなれない出来損ない。
それが自分なのだと。しかし、レオンは言った。
「たわけが!!」
その言葉に俯いていた顔をレオンに向ける。
認めたはずなのに苛立ちが込み上げてくる。涙が溢れ、頬を伝う。
なにさ、なにさ、何も知らないくせに!
そう言おうとしたその時、レオンが続けた。
「貴様は忘れているのではないか? 居ただろう! 貴様を心配してくれる者が! 居ただろう! 貴様を本心から叱ってくれる者が! 思い出せ! その者の顔を、声を、言葉を!」
一瞬その剣幕に圧倒されて呆然とするが、レオンの言葉に一人の顔が頭を埋め尽くした。
小さい頃からずっと一緒だった。
駄目なあたしをいつも叱ってくれた。心配してくれた。一緒に笑ってくれた。
ウザいと思った時も理解出来ないと思ったこともあったけど、いつも傍にいてくれた人。
「……おねぇちゃん。ひぐっうああぁ、うああぁぁん」
「勝手な思い込みで自身を殺すでないわ。人というものはな。たった一人でも想ってくれる人がいれば、想える人がいれば、それだけで生きる理由が出来るのだ。簡単に諦めるな」
「うあああぁぁ、ひぐっ、わあぁぁぁん」
「今は存分に泣け。俺達は貴様の姉君から依頼を受けた。助けた以上、放り出すのは俺の主義に反するのでな。手は尽くしてやるから、貴様も想い人のために死力を尽くせ。よいな?」
「ひぐっ、うん。ぐすっ、うん!」
「それでいい。ニア!」
「分かっていますわ」
もう枯れてしまったと思った涙は驚くほどに溢れてきた。
感謝の気持ちが一杯になり、溢れた。
お姉ちゃんに会いたい。
今はただ、それしか考えられなかった。
ニアベルがハンカチを手にやって来た。レオンとシュタントは外に出て行った。
どうやら気を利かせてくれたらしい。
「あなたはよく頑張りましたわ。思う存分泣いて下さいな」
「うあ、わあぁぁぁん!」
ニアベルが優しく涙を拭き取ってくれる。
まるであやされる子供のようであったが、自身の状況を気に出来るほどの余裕はクロフィには無かった。
*****
それからどれだけ時間が経ったのか、ようやく泣き止んだ私の前に戻って来たレオンはこれまでの経緯を説明をしてくれた。
それによるとどうやら姉であるラミアが父に隠れてホーリークレイドルに連絡をとり、密かにクロフィを連れ戻すように頼んだのだそうだ。
もちろんただ帰ったところで父にバレてしまってはことである。
そこで、留学の期日までの約二年の間、ホーリークレイドルで雇ってくれないかと頼み込んできたのだそうだ。
当然のごとくレオンは断ったのだが、ラミアは頑として引き下がらず、結局レオンが折れたのだそうだ。
しかし、いざ来てみればクロフィは吸血の疑いで逃亡中。そこで急遽実力を試す意味も込めて捕まえる方針にしたらしい。
普通に説明してくれればいいのに……。
まぁ、あたしも悪いから何も言わないですけど、言わないですけど!
因みに、お姉ちゃんから聞いていたんじゃなかったんですか? と聞いたところ急ぐようにとしか言われなかったのだとか。
多分、本当の理由を話すと断られると思ったんですね。お姉ちゃんの持って来た契約書にはしっかりと小さく書かれていたみたいです。
お姉ちゃんは随分とやり手みたいですね!
でも、雇ってもらうとなると疑問があります。
「えーと、あたしは犯罪者になっちゃったわけなんですが、大丈夫なんですかね?」
当然の疑問をレオンにぶつけてみた。
しかし、それについてはレオンも考えていたらしい。すぐに答えが返ってきた。
「気にすることは無い。ホーリークレイドルは宇宙警察の下請けをしているのでな。刑の内容をうちで働くことという体にすれば、イグニス程度の力では何も言えん。そのかわりに存分に働くがいい。ふははははははは!」
それでいいんですか? とも思ったが、どうやら前例があったみたいです。
見所のある者を遊ばせておく必要もないだろうとはレオンの言葉です。
あたしとしてはありがたい話だから、素直に好意に甘えることにしましょう。
残る問題、抑えられない吸血衝動についてはニアベルが血液
を生成して用意してくれることになった。
まさか、吸っても文句を言われないなどという日が来るとは! 生よりは程度は落ちるものの素晴らしい好条件ですね!
因みに戦闘中に少し回収出来たレオンの血を舐めてみたら、これまで味わってきたどの血よりも素晴らしい味がしました。
やっぱり食べる物が高級だからなんでしょうか? レオンはそれなりに贅沢をしているみたいですからね!
駄目元で頼んでみたら流石に良い顔はされませんでしたが、なんといい働きをしたら少し血を貰えることになりました! 交渉してみるものですね!
それにしても、人の上に立つ人はこうして部下のモチベーションを上げるんですね。
とても勉強になりました。
その後、あたしの能力についても説明をしました。
実は血液操作に加えて、あたしにはある能力があったんです!
それは血を飲んだ際に自身の能力を向上し、任意で血の持ち主の能力を低下させられるというものだったりします。地味に凄くないですか?
因みに今回の騒動で使われたシュタントはジト―とした目でこっちを見ていましたが、特に何も言いませんでした。シュタントは我慢強いんですね!
この能力があるから戦闘中に相手の血を飲む許可も出ました。あたしは万々歳です!
そんなこんなであたしはホーリークレイドルで働く契約をして、何とかイグニスを脱することが出来たのでした!
*****
ホーリークレイドルの休憩スペース、そこの椅子に人の腕型ボトルを咥えた白髪の少女が座っていた。
少女は天井を見上げて思いを馳せる。
「お姉ちゃんに会いたいなぁ。でも、今って一応は刑役中なんですよねぇ……。よし!」
少女は勢いよく立ち上がると元気よく歩き出した。
「お姉ちゃんとまた会うためにも頑張りますよ! おー!」
あの時の暗い心はどこへやら、素晴らしい仲間に囲まれて元気に働くのはとても気持ちがいい。
今では大切な人はお姉ちゃんだけでは無くなったけれど、お姉ちゃんへの感謝の気持ちは生涯忘れることはないだろう。
「面白い」「続きが気になる」と感じたら、
下の ☆☆☆☆☆ から評価を頂きたいです!
作者のモチベーションが上がるので、応援、ブクマ、感想などもお待ちしています!
刑としてホーリークレイドルで働く前例? はい、シルフェさんの事ですね!
クロフィは相手の血を呑むことで自身にバフ、相手にデバフを掛けることが出来る強力な能力を持っています。
そして、飲んだ血は少々時間は掛かりますが自身の血として扱えるようにもなります。(これは吸血鬼族全般です。)
吸血する事が強力な武器となる。
これぞ吸血鬼の能力ですね。
それでは次回、「ヘイゼル・ディン・レオン1」、お楽しみに!




