―クロフィ・ウプイーリ2―
星間留学、それはその名の通り他の星に留学に行くということだ。
他の星に行けばその星のルールの下で生活しなければならない。
つまり、クロフィが問題を起こした場合にはその星の法によって裁かれてしまうということ。
ラミアは反対したが、クロフィ達の父親は現状をとても問題視していたらしく荒療治が必要だと言って押し切ってしまった。
そういうわけで、比較的近くにある獣人族の住む星、アニマディア。
その内の小さな国家イグニスにある学校にクロフィは連れて行かれた。
三年ばかりそこで頭を冷やせと言い、父親はクロフィを放り出したのだ。
……あれから、だいたい一年くらいですか。
これでも一応は危機感を感じてましたからね。
あたしも自重してましたし、獣人達はなかなか気のいい人が多かったです。
だから、問題なく現地の人達と仲良くなれましたが、先日つい油断して衝動的に友人の腕に噛み付いてしまいました、うぅ。
あたしは痛みを感じさせないように血を吸うことが出来ますから、突然のことにびっくりしていた相手の子もなんとか許してくれましたが、なんと遂にあたしの部屋に治安維持組織の人が来てしまいました!
どうも噛み付いているところを誰かに見られてしまったみたいですね。
友人は弁解してくれたものの、危険人物と判断されて捕まりそうになったので逃げだしてしまいました。
つまり……現在、あたしは絶賛逃亡中です!
「あー、やっちゃったぁ。でも、おいしそうだったんですよぉ。我慢出来なかったんですよねぇ。いや、むしろ一年も我慢したことを褒めて欲しいくらいですよね! ねー、お前もそう思いますよね? うりうり」
「にゃーん」
クロフィはイグニスにある大通りの脇、暗い路地の物陰で一匹の猫を突いていた。
うーん、獣人族の住む町に猫がいるというのもなかなか面白い話ですけど、まぁ可愛いので良しとしましょう!
ヴァンピィリアには猫は生息していませんでしたから、ここに来るまでは話に聞いたことくらいしかなかったんですよね! だから普通がどうなのかもよく分かりませんし!
「……偶に城を訪れる星間商人達から聞く外の話は面白かったですからね。小さい頃はいろんな星を回ってみたいと思っていましたけど、まさかこんな形で他の星を訪れ、さらには追われる身になるなんて全く思ってませんでしたね」
「にゃーん」
大人しく突かれていた猫は突然立ち上がり、一声上げると大通りへと消えていってしまった。
路地にはクロフィ一人だけが取り残された。
「はぁ、これからどうしますかねぇ。あの感じだと……やっぱり戻ると危ないですよねぇ。んんー、仕方ないから密航でもしようかな……へ?」
その時、突如として目の前に身の丈二メートルはありそうな大男が現れた。
正しく一瞬のうちに。
あたしは昔から結構やんちゃでしたからね。それなりに場慣れしている自信があったんですけど、目の前に来るまで全く気が付きませんでした! これはやばいですね!
クロフィはすぐに警戒して動けるように構えた。
しかし、大男は動く様子がなく、ただ腕を組んで仁王立ちをしているだけ……。
「えーと、どちら様ですか?」
クロフィの問いかけに大男は仁王立ちをしたまま答えた。
「俺はシュタント。お前がクロフィ・ウプイーリだな?」
シュタントと名乗った男は見た目通りの低い声で答えた。
うーん、この厳つい見た目、装備、警備組織の人ではなさそうですね。
この国の基本的な警備は国じゃなくて民間で行われてますけど。
正直国の組織する軍隊はなかなかのものですが、民間の警備組織は大したことがない、というのがこの国で一年過ごしたあたしの感想です。
だから、警備組織程度に捕まるなんて考えていませんし、殺人をしたわけでもないから軍隊が出てくることもないだろうと高を括っていたんですけどね!
……この人、まさか軍の人間ですかね?
もしそうだとすれば一人で来る理由が分かりませんが、他の候補は思いつきませんし……。
まぁ、何にしても碌な相手ではなさそうですね!
とりあえず、適当に誤魔化しましょう!
「クロ……何ちゃらさん? 知らない名前ですね。えっと、その方に何の用なんでしょー?」
「聞かなくとも分かるだろう?」
あー、小首を傾げて可愛く言ってみましたが、これはどうも駄目そうですね!
顔が本気と書いてマジな感じで割と本当に怖いです! これはもう逃げるしかないですね!
あたしは飛べますけど、どう見てもシュタントは飛べそうな見た目をしていませんし。
飛んでしまえばこっちのものなはず!
そう考えてクロフィは弾かれたように走り出し全力でジャンプ、そのまま翼を広げて空へと飛び上がった。
「あははははは! 悪いですけど、何のことだか分かりません! それでは! さよならー!」
クロフィが逃げ出すとシュタントは大きく振りかぶり何かを投げて来た。
しかし、その軌道はクロフィの上を通り越していて当たるような軌道ではない。盛大に外したなとクロフィは口角を上げたが、直後にそれは起こった。
「へ?」
それなりに上空まで逃げたはずなのに、突然クロフィの視界に影が差す。
なんと、シュタントが瞬きする間に目の前に現れたのだ。
「んぇ!? どういうことですか!?」
「逃がさん!」
「ちょちょちょ! イタッ、変なとこ掴まないで下さいよ! 落ちるじゃないですか! あー!?」
突如空中に現れたシュタントから逃げようと試みるも背中を掴まれ、クロフィは地面に落下した。
そして、そのまま地面に押さえつけられた。
何という馬鹿力か、クロフィは体が全く動かせなかった。
落ちた場所は空き地のようになっており周りには人の気配がなかった。
うぬぅ、どうやら予め人払いをしたところにまんまと誘い出されたみたいですね! 見た目と違って周りへの気配りが出来るみたいです!
「重い、痛い、汚い! 対応の改善を要求しますよ!」
「……馬鹿なのか?」
「あぁ! 今のは心底傷つきましたよ! うーん、今なら見逃してくれれば暴れないんですけど、どうですかね?」
「やっぱり馬鹿だったか」
「……ですよねー。それではせっかく人のいないところを用意して頂いた事ですし! これから本気で暴れるので、気を付けて下さいね!」
「何を言って……!?」
言葉と同時、クロフィの白い肌に赤い線が複雑に絡み合いながら何本、何十本と走っていく。
そして、皮膚を突き破って赤黒い槍が飛び出し、背中を押さえているシュタントに襲い掛かる。
しかし一瞬にしてシュタントは消え、槍は空を切った。背中からの重みが消えたので、クロフィは立ち上がり服に着いた土を払った。
「うん、やっぱり瞬間移動系の能力を持ってるみたいですね。躱してくれて良かったです。さてさて! これ以上は怪我させない保証が出来ませんからね! 素直に見逃して下さいね?」
クロフィは瞳を真っ赤に輝かせ、体から生えた槍をくねくねと動かしながらも指先を合わせて舌を出し、可愛く笑って見せた。
吸血鬼と言えばやっぱり血液操作ですよね。
吸血鬼族の特徴的な力としているので、吸血鬼族はほとんどがこの力を持っています。
まぁ、主な使い道は肉体強化なんですけどね(物理)。
次回、「クロフィ・ウプイーリ3」、まだしばらく続きます。




