―クロフィ・ウプイーリ1―
一人の少女がホーリークレイドルの休憩スペースの一角にある椅子に腰かけていた。
その少女は非常に目立っていた。それこそ、社長の趣味によって一種のコスプレ会場のようになってしまったこの会社の中でさえ。
少女の名前はクロフィ・ウプイーリ。
腕や肩の完全に出た服を着ているうえに、あちこちに小さなスリットが入っているためちらちらと素肌が見え隠れしている。
加えて下はミニスカートを履いているので、何とも肌の露出が多い。
背中からは飛ぶには小さく見える翼が生えており、お尻の上の辺りから生えた尻尾がゆらゆらと揺れている。そんな白色のロングヘアが特徴的な可愛らしい顔をした少女であった。
普通であればナンパの一つでもされそうなものなのだが、彼女に声を掛けるものは一人としていない。
それはここがホーリークレイドルだからということもあるのだろうが、それだけが理由ではなかった。
そう、彼女が手に持っている物がそれ等の特徴を消し去るほどの印象を与えていたからだ。
クロフィは手に持っていたそれを口元に近付け、ゆっくりと噛みついた。
それはどこからどう見ても人間の腕であった。
少ししてクロフィは口を離すと甘美に震えるような声を上げた。
「はあぁぁ、おいしいぃぃ。うん、やっぱり血はおいしいですよね! 何で皆が避けてるのか全然分かりませんよ!」
クロフィの口から八重歯が覗く。
何を隠そう、クロフィは吸血鬼族。一般的に言うと吸血鬼の種族なのだ。
手に持っていた人間の腕はもちろん本物ではなく腕型のボトルだ。
ニアベルが吸血がしたいというクロフィのために用意してくれたのだ。
吸血を終えたクロフィは満足そうに微笑むと足をブラブラとさせる。
「こんなにおいしいんだからお姉ちゃんも吸えばいいのに、分からず屋だからなぁ。……うーん、思えば遠くまで来たものですね。お姉ちゃん、どうしてるんだろ」
クロフィは呟きながら明るく光を撒き散らす天井を見つめた。
そして、故郷を思い出す。そこは息苦しく、しかし、暖かな場所だった。
*****
そこは大きな城だった。石造りの西洋風な城。
その城の一室に大きな声で叫ぶ少女がいた。その少女は厚い生地、軍服のような服を袖を通さずに羽織っており、反対にその下は様々なところにスリットの入った露出の高い服を着ていた。
髪は金色のセミロングであり、背中からは小さな翼が生えている。
どうやら少女は怒っているらしく、本来ならば可愛らしいであろうその目はつり上がって般若のようになっていた。
「クロフィ! お前は何度言えば分かるのだ! あれほど口を酸っぱくして言ったというのに、また城下の民を襲ったそうじゃないか!」
「ひゃん! ……襲っただなんて人聞きが悪いですね! 相手の人だってちょっと気持ちよさそうでしたよ? あたしも気持ち良いですし、これってWinWinってやつじゃないですかね?」
「ななな、何が気持ちいいだ、馬鹿! 恥を知れ恥を!!」
金髪の少女は顔を真っ赤にして怒るが、対するクロフィはどこ吹く風といった様子だ。
金髪の少女の名前はラミア・ウプイーリ。
名前から分かる通りクロフィとは姉妹であり、姉である。
その顔立ちは非常に似ており、髪型、髪色が一緒であれば恐らく彼女達を区別出来る者はいないだろう。あくまで見た目では、だが。
見た目に反して二人の性格は全く異なっていた。
姉であるラミアが非常に真面目であるのに対して、クロフィは何とも自由人なのだった。
「まぁまぁ、お姉ちゃんもやってみればこの気持ち良さが分かりますって。ほらほら、強情にならずに」
「うるさい、黙れ! 私に腕を近付けて来るなぁ! そんなことしてもやらないからな!」
姉の強情っぷりにクロフィは溜め息をつく。
「はぁ、どうして皆そんなに拒否するんですかね? あたし達吸血鬼族が他の星の人達になんて言われてるか、お姉ちゃんも知ってますよね? 吸血鬼ですよ、吸血鬼! 血を吸わなくてどうするんですか!」
妹の言い草に姉であるラミアはやはり顔を赤くして叫ぶ。
「ばばば、馬鹿!! そんなの言わなくともお前だって分かってるだろう! 破廉恥だからだ!! お前がやってる行為はなぁ、相手が大目に見てくれているから何とかなっているが、本来なら厳罰なんだからな!」
「むぅ」
クロフィはラミアの言葉に頬を膨らませてむくれる。
お姉ちゃんの言うことは理解出来なくもないけど、理解することと納得することは別の話ですよね!
そもそもあたしは自身の住む国でむやみな吸血が禁止されていることに納得してないんです!
以前、他の星の人が話しているのを聞いたことがあります。
曰く、吸血鬼に血を吸われると自身も吸血鬼になってしまうそうですね。
なるほど、確かにそんな理由なら禁止するのも分かります。
そんなに簡単に種族が変わっちゃうなら、色んな種族があっさり絶滅しかねないですからね。
でも、実際の理由はそんな絵空事じゃなくて、お姉ちゃんの言うように破廉恥だから、なんです。あたしはそんな理由じゃ納得できません!
そもそも、どうして吸血行為が破廉恥だと言われるのかといえば、これは吸血鬼族の慣習の問題じゃないですか!
吸血鬼族の吸血行為はそもそも栄養摂取が目的です。別にやましいものじゃないんです!
なのに、慣習の所為で吸血行為はあまり行われないんですよね!
それこそ、一度も吸血することなく死んでいく人もいるし、一般的にも生涯で十回も無いくらいなんですから!
吸血鬼族にとって吸血がどんな時にする行為なのかと言えば、端的に言って子作りする時にしたくなる行為だった。
別にしなくても子供は出来るが、本能的にしたくなるらしい。
そんな行為だから一般的に破廉恥な行為だと言われていた。
まぁ? あたしも破廉恥だって言われる理由は理解してますけど、あたしからすれば吸血はキスと大差ないんですよ!
他人の血はおいしくて、吸血行為はほんのり気持ちいい。恐らく本能的に行うものだからなんでしょうけど。
だからと言って別にそういう時だけしかしちゃいけないなんて、そんなことはないと思います!
そういうものだって風潮でむやみにするのを禁止なんてするから、皆がなかなか出来なくなってまるでそういう時にしかしちゃいけない行為みたいになってるだけじゃないですか!
禁止なんてするからますます破廉恥なことだと思われて、あたしみたいな吸血したい人が窮屈な思いをさせられるんです! 横暴ですよね!
……はっ、ふと思ったんですけど、もしかして他の星の人が吸血されると吸血鬼になるって言っていたのはこれが理由じゃないですか!?
一般的には子作りする時にする行為ですからね!
吸血をするような相手とは凡そ家族になるといっても過言ではないんじゃないでしょうか!?
そこから吸血をされることと吸血鬼になるということが結び付けられて噂になったのでは!? ……うん、ありそうですね!
「おいクロフィ、むくれたかと思ったら今度はニヤニヤして……一体何を考えているんだ」
「はっ、しまった! えへへ、つい思考が逸れちゃいました」
「……なぁ、クロフィ。そろそろ真面目に考えてくれないか? あまり問題を起こすと……」
「ふん、何度言われてもあたしは止めないですからね! 話はそれだけですか? それならもう行きますから!」
「待てっ!」
姉には何を言っても無駄なことはよく分かっていた。
だからクロフィは無理やり話を切ると部屋から出ていこうとした。
しかし、手を掴まれて引っ張られ部屋の中へと引き戻される。
ラミアがクロフィの腕を強く握っていた。
「痛い痛い! 痛いです! お姉ちゃん! 痛いですってば! 離してよもー!!」
「勝手に話を終わらせようとするんじゃない! 今日は……大事な話があるんだ」
クロフィを見るラミアの目は真剣そのものだった。
こうなれば流石のクロフィもふざけて流したりは出来なかった。
嫌な予感はしたが、聞かないわけにもいかなかった。
「ん……何ですか?」
そして、ラミアは言いにくそうに下を向きながらそれを告げた。
その目はどこか悲しい目をしていた。
「クロフィ、お前の星間留学が決定した」
吸血大好き少女爆誕!
作品によって設定はまちまちですが、吸血行為がそういう事と結び付けられてる作品ってたまにありますよね。私もそれに倣ってみました。
だから吸血行為はえ……おっと、誰かが来たようですね。うわなにするやめr
……次回「クロフィ・ウプイーリ2」、お楽しみに……がくっ。




