―シュタント―
ホーリークレイドルにある訓練室の一つ。そこで愚直に大剣を振り続ける一人の男がいた。
男の名前はシュタント。筋骨隆々で大柄な男で一回一回大剣を振り下ろすたびに凄まじい風が巻き起こっていた。
「ふぅ……」
ズンッと大剣を地面に突き立て重い音を響かせる。そして、六メートルほど離れた位置にある壁まで下がると腰を下ろした。
シュタントは流れる汗をタオルで拭いながら天井を見上げる。
「あれからもう一月か、早いものだ」
*****
とある星の辺境の村、俺はそこで生まれた。
生まれつき体は大きく、十五歳のころにはもう身長も百八十になっていた。
シュタントの村は辺境にあるためあまり栄えておらず、村民が百人ほどいるのみだったが、農業をして暮らすのどかな暮らしは村民にとって満足するのに十分なものだった。
近隣の村を統括している領主に支払わなければならない税もあったが、何とかそれも払うことが出来ていたし、たまに来る行商の者との交易で必要なものは手に入り満たされた生活を送っていた。
問題だったのは一つだけ、村の周辺に現れる凶暴な獣である。
特に稀に現れる甲羅熊は村民のみで対処するのは難しく、出現すれば領主に依頼し兵が派遣されるのを待つしかなかった。
俺はその巨体もあって村ではすごく慕われていた。
見た目に劣らず力持ちであり、獣にも一度も負けたことが無かった。
ある時、俺は一匹の甲羅熊を発見した。
村では見つけたらすぐに逃げるように言われていたが、幼馴染の少女が襲われようとしていることに気付き足を止めた。
シュタントは強かった。しかし、一方でシュタントは足が遅かった。
間に合わない。そう思った時、俺は強く願った。
少女を守ることの出来る力が欲しい。
その時、俺は瞬時に敵との距離を詰める力を手に入れた。
そして、激闘の末になんとか甲羅熊を倒す事に成功した。
領主の派遣する兵達でさえ十人は必要な甲羅熊退治を一人で行った俺は村の英雄となった。
その時に助けた幼馴染の少女と結婚し、順風満帆な生活を送っていた。
その頃は全てが上手くいっていたし、俺は幸せだった。
だが、その幸せは長くは続かなかった。
またもや甲羅熊が発見されたのだ。
それも、その数は五十頭にも上った。その話を俺はすぐに理解出来なかった。
村長はすぐに領主に助けを求めたが断られてしまったらしい。
流石に五十頭が相手では被害が大きすぎると判断されたのだろう。
俺達の村は見捨てられ、このまま村に残るか逃げるかの選択を迫られた。
しかし、農業で生計を立てていた村人たちは逃げた所で生きていくのが難しいことは分かっていた。
皆が絶望に暮れる中、村長は十年ほど前に訪れた旅人から貰ったという指輪を使い、その旅人に助けを求めるといった。意味が分からなかった。
領主でもどうにも出来ないというのに旅人に助けを求めてどうなるというのか。俺は村長は気が触れたのだと思った。
甲羅熊の群れはすぐそこまで迫っていた。
もはや助けを待つ余裕もない。俺がやるしかない、そう思い俺は腹を括った。
「女、子供、老人はすぐに大きな町に向かって逃げろ! ここで震えているだけよりはマシだ! 戦える者は皆俺に付いてこい! 一匹でも多く殺して、一人でも多く逃げさせるんだ!」
そして、戦いの準備をする俺の服の裾を握る者がいた。
それは涙を一杯に溜めた妻だった。
「シュタント。私も戦う! あなたを置いてはいけないわ!」
俺は彼女を無言で見つめた。
彼女のお腹の中にはすでに一つの命が宿っていた。
戦いに赴けば、まず間違いなく自分も妻もその小さな命も失ってしまうだろう。俺は頷くことが出来なかった。
「駄目だ。俺はお前に生きていて欲しいんだ。分かってくれ。大丈夫だ。俺は死にに行くわけじゃない」
妻は泣いていた。その言葉が嘘であることを分かっているのだろう。
しかし、俺も諦めたわけではない。何としてでもやらなければならない。
村長は助けが来るのを待てと言ったが、そんなものを待っていたら手遅れになってしまう。それに本当に来るかも分からない。もし来たとしても戦力になるかも分からないのだ。
俺は村長達の制止を振り切り男達を引き連れて森へと入っていった。
すると甲羅熊の群れはすぐに見つかった。
三メートルほどもある巨体を持つ熊が亀のように甲羅を背負っている。
その中には恐らくリーダーなのだろう。四メートル程の巨体を持つ熊もいた。
しかし、それでも俺達は引くわけにはいかなかった。
「いくぞおおおおおぉぉぉ!!」
「うおおおおおぉぉぉぉぉ!!」
村の男衆、総勢三十一人。
一人一人の力でも負け、数でも負けていたが男達は諦めなかった。
槍で眼を突き、剣で首を刺し、誘い出して谷へと落とした。
しかし、やはり劣勢なのは間違いなかった。
「おおおおおおおおぉぉぉぉ!!」
ゴシャッっという音を響かせ、シュタントが村にあった唯一の大剣を甲羅熊の甲羅に叩きつけて砕く。
何度も何度も何度も大剣を振り下ろし、反撃を食らい血塗れになりながらも戦った。しかし、甲羅熊の群れにはほとんど怯んだ様子が無かった。
二十頭ほど殺した時にはもう俺以外に立っている者はいなかった。
分かっていたことだ。勝てはしない。しかし、十分に時間は稼げただろう。
俺は無意識に呟いた。すまない。
倒れ伏す男衆に小さく掻き消えそうな声で謝った。
死ぬと分かっている戦いに連れ出してしまった。俺がもっと強ければ死なせる必要などなかったのに。
俺はもう力が入らない体を大剣を支えにしてギリギリで立っていた。
目の前に影が差す。顔を上げると甲羅熊が見降ろしていた。
俺はここで死ぬのだと思った。
しかし次の瞬間、光と轟音が走った。
それと同時、目の前の甲羅熊が頭から血を噴き出してひっくり返った。
何が起きたのか理解が出来ずに呆然とその光景を眺めていると、そこに一つの声が響いた。
「くそっ、間に合わなかったか! 貴様等! 助けを求めておいて先行するでないわ! ニア!」
「はい、私は生存者の救助に回りますわ!」
「獣共! 生きて帰れると思うなよ!!」
叫びと共に轟音が鳴り響き、瞬く間に一体また一体と甲羅熊が倒れていく。シュタントはその光景をただ呆然と見ていた。
「馬鹿な……甲羅熊があんなに簡単に……。あいつは一体……」
ふと現れた金髪の男の方を振り返ろうとすると、ストッと隣に何者かが着地した。
隣に現れた金髪の男は奇妙な武器を放ると、どこからともなく一本の剣を取り出した。
少し反り返っている片刃の妙な剣だ。
男はそれを肩に担ぐと言った。
「貴様がリーダーか? ……すまなかった。俺達がもう少し早く着いておればな」
「まさか……あんたが村長の言っていた旅人か?」
金髪の男は目の前に立ち塞がるリーダー熊に剣を向けながら言った。
「それは違うが……まぁその関係者よ。さぁ待たせたな獣よ! この俺が相手になってやろうではないか!」
そう言うと一閃。ただそれだけであの硬かった甲羅があっさりと切れ、甲羅熊が悲鳴のような叫びと共に崩れ落ちた。
「あの甲羅を容易く!? 俺は……助かるのか? ……しかし、多くの者が死んだ。俺の判断で死んだ。俺が生き残ってもいいのか?」
「……さっきはああ言ったがな。貴様達が戦わなければ俺達が間に合っていたかは分からん。貴様達の戦いにも意味があったはずだ。だから今は……生きることのみを考えよ」
男はそう言って軽く拳を俺の胸にぶつけると残りの熊を目指して走り出した。
俺は自分の弱さが悔しかった。どうしようもない、ただ立ち尽くしているだけの自分が悔しかった。
しかし、今自分が出て行っても邪魔をしてしまうだけだ。
だから、ただ立ち尽くす事しか出来なかった。
*****
ニアベルの尽力によっておよそ十名の男が生き残り、二十名が死んだ。
俺は自分の所為だと言って皆に謝罪したが、責める者は誰もいなかった。俺は金髪の男に尋ねた。
「あんたはどうして強いんだ? 俺は弱い。これでは村の皆を守れない。俺は、俺は強くなりたい! 教えてくれ! 頼む!」
俺は頭を下げた。地面に頭をつけて懇願した。
ただ、皆を守れるだけの力が欲しかった。すると金髪の男は言った。
「貴様は村人達を守るために強くなりたいのか?」
「あぁ、そうだ! 村を、村の皆を守りたい! この村の住人は皆、俺の家族なんだ!」
必死に叫ぶ俺に男は問う。
「貴様の命を捨てることになってもか?」
「もちろんだ! 俺は……、俺は家族を守るためなら、この命など惜しくはない!」
男の問いにシュタントは間を開けずに答える。その声には覚悟が籠っていた。
男は土下座するシュタントを見降ろしながらその答えを聞くと、剣を地面に突き立てた。
「ふん、即答か」
男は小さく呟くと大きく息を吸い込んだ。そして叫ぶ。
「貴様は駄目駄目だっ!!」
その声に俺はバッと勢いよく顔を上げた。
男は腕を組んで仁王立ちをしていた。
「何が……何が駄目なんだ。俺の決意は、間違っているのか?」
男が無言で俺を見つめる。その目は真っすぐでブレない。
言外に俺が間違っていると言いたいのだと悟った。
シュタントの顔が不安に歪んだ。
今回の騒動は偶然起こったのだと思いたいが、例え本当に偶然だとして再び起きないとどうして言えるだろう?
これから先、偶然にも今回のような事態になった時、俺は皆を守れるだろうか?
分からない、分からないことが怖い。俺はその不安に耐え切れず叫んだ。
「俺はどうすればいい? 教えてくれ! 頼む!」
目から涙が溢れた。目の前の男は強い。それを見ると自分の不甲斐なさがどんどんと膨らんでいき重くのしかかる。そして男は言った。
「貴様は先ほど命は惜しくないと言ったな? では問うが、貴様が家族だというその者達は本当にそれを望んでいると思うのか?」
その言葉にシュタントは滲む視界で後ろを振り返った。
妻が、村長が、皆が俺を見つめていた。
「貴様が思うように、その者達も貴様に死んで欲しくないと、そう思っておるのではないのか?」
男はそう言った。そんなのは当たり前だ。
俺達は家族だ。誰が死んで欲しいなどと思うものか。
「では、ではどうすればいい!? 俺は、俺は……!」
「決まっておろう! 貴様は生きて強くなれ! 命を捨てる覚悟? 甘えるでないわ! 貴様も男ならば自分も丸ごと救ってみせろ!! 自分の考えを押し付けるのではなく、愛する者のために全力を尽くせ!! ……それが、良い男というものだろう?」
その言葉に俺はハッとした。
涙がとめどなく溢れて来る。
「俺は……良い男になれるだろうか」
「ふはは、当たり前だ。俺が鍛えてやろう。だが万が一、万が一だ! それでも駄目だったならば……俺を頼れ! 一人で背負う必要もないであろう?」
「その時は私も手伝わせて頂きますわ。一人で出来ないことは仲間とすればいいんですの。そうすれば、不可能なんてありませんわ!」
それを聞いて俺は再び頭を地面に着けた。
地面が涙に濡れ、震える声を絞り出した。
「……ありがとう。ありがとうっ!!」
*****
あれから一月が経ったが、まだ確かな自信は得られていない。
しかし、ここには自分よりも強い者が多くいる。
助け合うこと、それは常に自分が助ける側だと考えてきた俺にとって、とても新鮮なものだった。
新しく増えた仲間達、彼等とならば、きっと自分はより強くなることが出来る。
何が来ても村の皆を守ることが出来る。今の自分は独りではないのだから。
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愚直で不器用な大男。
こういう人ってなんだか応援したくなりますね。
頑張って欲しいものです。
さて、次回「クロフィ・ウプイーリ1」こちらも新キャラの話です。
今度は女の子ですよ!
普通の、ではありませんが……。




