6-70 全てを知る者
「っ……! 一体、何が?」
「やぁ、久しぶりじゃないか。ロナルド」
「来ると思ったよ。全てを知る者、世界の創造者。創世の唯一神、クレア」
「んー、そう言われるとなんだか君に召喚でもされたみたいで微妙な気分だなぁ」
そこにはそんな言葉、あどけない声というまるで神らしくない態度だというのに、なぜだかこれは神様なのだと思わされてしまう。そんな神秘を纏う女性がいた。
まるで振袖の様に長い袖をゆらゆらと揺らし、しかしそれは和服ではなく白と黒の生地が対照的なローブであった。
その瞳は怪し気に紫色の光を帯び、白銀のウェーブの掛かった髪が吹いてもいない風に舞う。
何とも形容しがたいが、一言で言ってしまえば神秘的。
輝かんばかりの、いや実際に僅かに輝いている美しい女性の姿でその神は現れたのだ。
「クレアって……この女性が、善神クレア?」
「うん? 善神というのは私の事かい? いやぁ、気分がいいね」
その神々しい見た目とは裏腹に、実に人間的な反応を見せる神様。得意気な顔をしてふわふわと浮いている。
「ははは、善神っていうのは悪神アートルムとの対比でそう言われていただけだよ、雷人君。この神は言葉から想像するような善であるわけじゃないんだ。私達にただ善でもって益をもたらすような都合のいい存在というわけではないんだよ」
「えぇ? そんな言い方はひどいじゃないか。私は昔から人々の困っている声に手を差し伸べて来たっていうのに」
ロナルドさんの言葉に明らかに不服そうな顔をする神様。
なぜだろう。神様というのは信じられるし神々しいとは思うのに、尊敬する気はさっぱり起きない。
そんな神様からこちらに視線を移すと、ロナルドさんは僅かに口の端を上げた。
「いい機会だね。雷人君、それじゃあ善なる神様のしてきたことを聞かせてもらうとしよう」
ロナルドさんの言葉に自信満々といった様子で胸を叩く神様。
何だか鼻が伸びている様子を想像してしまうな。
「いいとも。まず最初にとある願いを口にした者がいた。そいつは何者でもない何かに縋るように助けを乞うたのさ。だから私はそれに応えてやろうとした。私は大抵のことは出来るからね。でも、ただ願いを叶えてあげたんじゃつまらないだろう? だから、私は願いに応じてそれを実現する粒子を作って世界中にばら撒いたのさ」
そう言ってクレアが手を翳すとそこには、とげとげになったり丸くなったり、うねうねと形を変える何かが投影された。
もしやこれがその粒子というやつか? 動いてると何か生きてるみたいで嫌だな。
「この粒子はそこに住む人の体に変化を与えて、彼等の願いに応じた特別な力を与えたのさ。彼等の願いに沿うような力をね。例えば水を欲する者は水を出せるようになった。例えば離れた物を動かしたいと願った者は思いのままに物を動かせるようになった。とはいえ、皆が力を自由自在に使えたんじゃ面白くないだろう? だから、その力の強さは想いの強さに応じるようにしたのさ。ほら、私って善い神だろう?」
「え? それって……」
「分かったかな? 雷人君。要するに私達に能力を与えたのはこの神様というわけだ」
「そういうことさ。もっとも、私の思っていたのとはすこーしばかりずれて、この粒子と親和性の高い者とそうでない者が生まれたみたいだけど、そんなのは誤差みたいなものだよね。実際、私を信仰している者達がいるそうじゃないか。うんうん、私は善い神だな」
能力がこの神様の影響?
……確かに、能力は本来なら無い方が自然に思える現象だ。
自然に発生したと言われるよりは、何某かの思惑があったと言われた方が納得は出来るが……。
「それで、その他には何かしたのかい?」
「え? 何もしてないよ。だってあんまり私が手を出したら面白くないじゃないか。私が思うようにしか動かなくなったり、逆に私に頼って全く動かなくなってしまうだろう?」
「面白い? それが、神様が能力を世にばら撒いた理由なのか?」
「あぁ、そうとも。願いが表に現れるようになったら、君達は思いのままに変わっていくだろう? 私はその変化が見たいのさ」
「要するにこの神様は自分の退屈を紛らわしたいんだ。決して、私達のためにやっているわけじゃない」
ロナルドさんの言はなんとなくしっくりきた。
神様というくらいだし、この神々しさだ。このクレアという神様はいやに人間味があるので勘違いしそうになるが、俺達とは全く異なる別次元の存在なのだろう。
だとすれば俺達に寄り添った考えでないのも頷ける。
ちょっと違うが人間が生物を観察してその生態を面白がっているようなものなのだろう。
生物をどう思うかというのは人それぞれだが、そういう見方をする人もいる。
クレアもそういう類の考えの持ち主なのだろうという程度だが……。
「ふむ、君達はそう言うが私の立場になって考えてみて欲しいね。私がこの世界に生まれた時はただ一人でいたんだ。何もすることはなく、こうして話す相手すらもいない。だから私は君達生物を、それらが住む世界を作ったんだ。どうやって生きていくのか、それを観察するためにね。なのに、私の思い通りになってしまったら意味がないだろう? だから干渉し過ぎないくらいがちょうどいいのさ」
この世界に生まれた時一人だった? 生物を、世界を作っただって?
そういえばクレアが出て来た時にロナルドさんが言っていたな。
「なるほど、全てを知る者で、世界の創造者。創世の唯一神。……いや、待てよ。クレアが唯一神なら悪神アートルムっていうのは一体何なんだ?」
「あーそうだね。その話をしに来たんだった。すっかり忘れていたよ。何せこうして人前に出る事なんか滅多にないからね。二人も私が人と話すのが久しぶりで、楽しかった所為で本題を忘れていたのは仕方のない話だと思うだろう? 本当はもっと普段からこうしていたいんだけどね。私が神々し過ぎる所為なのか、人前に出るとどうも崇められてしまうんだ。悪い気はしないんだが、どうも話すのには向かない。皆、自分の願いだのなんだのを話すだけでこっちの話を聞こうとしないのさ」
「クレア、また脱線しているよ」
いつまでも話し続けていそうなクレアの言葉をロナルドさんが遮る。
すると、クレアは思い出したとばかりに人差し指を立てた。
名前だけ登場したことのある唯一神、クレアが登場です!
これまで能力の説明はウルガスの研究でーーとか言われていましたが、
それは対外的な理由付けで、クレアから話を聞いて知っていたから確信を持って話していた……というのが実際の所だったりします。
神様から聞いたとか、神と知り合いだとか言ってたら頭おかしい奴と思われるか、
聖人認定されてヤバい奴らに追われそうですからね。仕方ないですね。
それでは次回、「小さな希望を胸に踏み出す一歩-1」、お楽しみに!




