6-69 恩寵の巫女-3
「……そんな、こと……」
ロナルドさんは……今何と言った?
悪神を封印すると、恩寵の巫女は死ぬ?
恩寵の巫女っていうのは、つまりフィアの事で……。
その言葉を受け止められず混乱する俺を見て、ロナルドさんはそれでも目を逸らさずに続けた。
「悪神を封印すればフィアは死ぬ。少なくとも、黒の民に伝わる伝承によればそうなる」
「……それは、絶対に起きることなんですか?」
「残念ながら、この伝承は作り話じゃないんだ。これは物語ではなくて、歴史だ。それもおよそ百年に一度は起きている歴史だ。そして、ただの一度も例外はなく、恩寵の巫女は悪神の封印と同時に亡くなっている」
「……そんな、そんなのって」
嘘だ。そんなのは間違いだ。
そう言ってしまいたい衝動に駆られる。
しかし、その言葉をロナルドさんの目が否定する。
これは紛れもない事実なのだと、そう突き付けてくる。
俺は俯きながら拳を握り締めた。
世の理不尽さに救いを求めるように思考が巡る。
その時、肩に何かが触れた。
ロナルドさんが俺の肩に手を置いたのだと気付き、俺は顔を上げた。
そして見えたロナルドさんの顔は、今の俺のような理不尽に打ちひしがれている顔には見えなかった。上手く説明は出来ないが、その瞳はまだ光を失っていないように見えたのだ。
そして、ロナルドさんは言った。
「雷人君。それでも私はまだ諦めていないよ。今も尚、フィアを死なせない方法を私は探しているんだ」
「……あるんですか? フィアを救える、そんな方法が……。百年に一度は起きてるって、それだけ繰り返されても例外の一つもないんですよね?」
「これまで起きていないからといって、これからも起きないという事にはならないよ。それに、私達には一つの希望がある」
「希望?」
「あぁ、それが彼女だ」
そう言ってロナルドさんが指し示したのは、先程から黙っている小人族の少女、ディビナさんだった。ロナルドさんに指されたディビナさんはただゆっくりと頷いて見せた。
この人が希望? 一体、彼女に何があるというんだ?
その無言の言葉を察したかのようにロナルドさんは続けた。
「彼女はかつて占星の巫女と呼ばれていたんだ。というのも彼女には特別な力があってね。彼女は未来が見えるんだ」
「未来が……それは予知能力って事ですか?」
「そうだね。残念ながら自由自在に未来が見れるというわけではないけど、それでも彼女が見た未来は基本的に実現する。こんなことを言っても信じられないとは思うが、まずはこれを信じてもらわないことには話が進まない」
「予知、ですか……」
俺がちらっとディビナさんに視線を向けると、ディビナさんが徐に手に持っていた水晶玉をこちらに向けた。すると水晶玉がふわっと浮き上がり辺りに幻想的な光が立ち込めた。
「は? な、え?」
「……今、あなたの未来を占いました。ふふふ……ちょうどいい。これはきっと今日起きる未来です。あなたには衝突の災難が降り掛かるでしょう。気を付ける事ですね」
「しょ、衝突ですか?」
「……とりあえず、ロナルドの言葉が正しいという事で話を聞いて下さい。信じるかどうかは……この未来が実現した時に考えてもらえればいいでしょう」
ディビナさんの言葉にちらっとロナルドさんの方を見る。
すると彼は優しげに笑っていた。
「ごめんね。色々と唐突で混乱させるけれど、体験してもらうのが一番早いからね」
予知、俄かには信じがたい話だが……確かにとやかく言っている場合ではないか。
「分かりました。とりあえず彼女の力については信じます。それで、どんな希望なんですか?」
「ありがとう。さて、その希望というのは彼女の能力を頼りにしたものだ。だから彼女の口から詳細を語ってもらおう」
「はい。まずは私の能力、予知について説明しましょう。基本的に私は水晶玉を用いる事で特定の人に関する未来を見ることが出来ます。ですが、それがいつの未来なのかというのは正確には分かりません。未来は現在から時間が離れているほどに不確かになってしまいます。そして基本的に私が見た未来は実現しますが、これを覆す方法も存在します」
「覆す方法があるんですか? もしかして、未来は確定しているわけではないって事ですか?」
「はい、そう言えるでしょう。もっとも変えることの出来ないものもありますが、それは例外ですので置いておくとします。それで肝心の方法なのですが、私には未来とセットで見えるものがあるのです。それは、未来を変えうる者の姿です」
「未来を変えうる者の姿……ですか?」
「はい、私の見た未来は基本的に変えることは出来ず、私が見た者達が本来と違う行動をとる事によってのみ変えることが出来ます」
……なるほど、何となく話が見えて来た。
ロナルドさんの言う希望、それがこの能力だとするのならば……。
「……それって、どう行動すればいいかとか、どう行動したら駄目だとかは分かるんですか?」
「良い質問です。私に見える未来は決定的な出来事、その場面の切り取りです。例えば誰かが怪我をする。死んでしまうという未来が見えたとしても、そこに至る過程は分かりません。つまり、私の答えは分からない、です。ただ未来を変えうる者達。彼等が当事者となるのは間違いないでしょう」
「……分かりました。それで、見たんですよね? フィアの未来を」
「えぇ、見ました。フィアが光の粒となって消えてしまう未来を……。ただ、私が最後に件の未来を見たのは七年ほど前の事です。先ほども言ったように、見える未来は時間が離れるほどに正確さが欠けていきます。それがいつ起こるのかもそうですが、誰が関係するのか、それも見えないことが多いのです」
は? いや、待て待て待て。
希望って言ったよな? それは誰が関係しているかが見えていたからではないのか?
さっき、例外で変えられないものもあるって言っていたよな?
本当に大丈夫なのか?
いや待て、まずは確認だ。
事を急いては仕損じるというじゃないか。
まずは必要な情報を聞き出さなければ判断出来ない。
「……それはつまり、誰も見えなかったってことですか?」
「えぇ、そういう事になりますが、その表現は正確ではありません。誰も見えないのではなく、誰なのかが見えないのです」
「……えっと、それは何か違うんですか?」
「全然違います。何も見えないのではなくノイズが入ったような、確かに誰かではあるけれど分からない。そんな見え方でした。故にフィアの未来を変えうる者達、恐らくそれは存在します。ですがその情報は確定していないのです」
「……そういう予知はこれまでにもあったんですか? 前例とか……」
「えぇ、ありました。恐らく、未来への道筋が確定していないのが問題だったのでしょう。私が見た未来は確定していますが、そこに至るまでの道筋はきっと幾つもあるのでしょう。ですから、どの道を辿るかで関係者が変わるのではないでしょうか? あくまでこれは私の想像に過ぎませんが」
……なるほど、ロナルドさんは希望と言った。
それは助かる可能性があるという事であって、頑張れば助けられるという意味ではないという事か。
現時点で正確に分かっていることは何もなく、全てはディビナさんの能力を当てにした憶測でしかない。
ははっ、なるほどな。
何もしなければフィアが死ぬ事は確定していて、それを変えることが出来るかは不明のまま。
はっきり言って僅かな希望だ。
俺がその未来を変えうる者なのかすら分からない。もしかしたら俺が何をしても無駄な可能性すらある。
だけど、ディビナさんは言った。
未来に至る道筋は複数あって、それによって未来を変えうる者は変わる可能性がある。
それはつまり、俺の今後の行動次第で俺が未来を変えうる者になる可能性もあるという事だな?
それすらもディビナさんの想像に過ぎないという話だが、それでももう無理だと諦めるよりはずっといい。
想像以上にフィアの抱えている問題は大きかったが、それでも俺の想いは変わっていない。
俺はフィアを守りたい。
だったら、例え僅かな可能性だって賭けるに決まってる!
それが、俺の答えだ。
「良い顔だね。それじゃあ、フィアの事情を知ったうえで改めて聞こう。正直な話、フィアを取り巻くこの問題は果てしなく大きい。それこそ全宇宙規模の問題だと言ってもいい。君にはフィアでなくても良い娘は他にいるかもしれない。もしフィアが死んでしまっても、封印が成功すれば次の復活までには百年近くの猶予が出来るはずだからね。君が生きている間には宇宙に危険は訪れないだろう。こんな危険を冒さない方が君は幸せになれるかもしれない。それでも君はフィアと付き合いたいのかい?」
「はい! 俺が、フィアの運命を変えてみせます!」
「……いい答えだね。さて、それじゃあ君が今代の守り人だ」
「今代の……守り人?」
何だ? どこかで聞いたような……。
「であれば、さぁ、来るよ」
「……え?」
その時、突如として部屋の真ん中に光が発生した。
あまりの眩い光に腕で目を隠す。
そして俺は、その光の中に神々しさを身に纏う女性の姿を見たのだ。
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ディビナの能力、予知はプロローグで書かれていたあれです。
最初の時点だと何言ってんだ? って感じだったかと思いますが、今回の説明でなんとなくは分かりましたかね。
余談なのですが……ディビナの能力。
今回能力を使ったシーンで【水晶玉がふわっと浮き上がり辺りに幻想的な光が立ち込めた。】とあるのですが、これはただの演出です。
その方が気分が上がるので、ウルガスに作らせた浮いて光る水晶を使っているだけです。
水晶使っていますが予知はそこに映るわけではなく、ディビナが夢を見ているような感じの能力なので傍から見たら信じにくい。
だったら、演出があった方が信じられそうな気がしていいですよね。
それでは次回、「全てを知る者」お楽しみに!




