1-35 実戦訓練開始
この一ヵ月、雷人達は以前と比べて相当強くなった。
雷人が行った修行は動体視力と身体能力の強化。そして、イメージを具体化させる訓練だった。
前者は主にフィアとの組手や険しい地形を動き回る事による体作りの修行だったが、後者がどんなものかというと、いわゆる技の開発であった。
「能力はイメージの強さで全然変わるわ。つまり、より強力な力を正確にイメージすることで出力が飛躍的に向上するの。その為に手っ取り早い方法は何だと思う? それはね……必殺技よっ!」
フィアは嬉々とした表情で言い放った。
とはいえ、別に実際に必殺である必要はなく奥義である必要もないらしい。
ともかく名前の付いた技であることが重要なのだとか。
「技を使う時に名前を口にすることで、より正確に、速くイメージを出来るようになるわ。だから、技の威力が安定するのよ。アニメや漫画のキャラクターが技名を叫ぶのにもちゃんと意味があったのね」
理屈は分かったが、漫画とかは関係ないだろう。
とりあえず半信半疑ながら実際にやってみたところ、確かに能力の威力は向上したし、咄嗟に使ったような場合でも威力の減衰は少なかった。
まさか技名を叫ぶのにそのような理由があったとは……。ただのカッコつけだと思っていた。
それを実感して以来というもの、戦闘で使える技を考え即座に使えるまでに定着させる事を目指したのである。
加えてもう一つ大きく変化した事があった。それは唯の能力だ。
訓練を開始して一週間程が経った頃のことだ。
唯の能力はこれまで使い物にならない程度の出力しかなかったらしいのだが、訓練をある程度行った後に試してみたところ、実戦で使える程度の出力になっていたと言い出したのだ。
*****
実戦形式の訓練を行う事にした四人は仮想訓練室にやって来ていた。
体を実際に鍛えないといけないという理由で、普段の訓練は現実の訓練室で行っていたため、ここに来るのは入社試験以来だった。
「何か懐かしいな」
「私は初めて来ました。ここが話に聞いていた仮想訓練室なんですね」
「僕も初めてだよ。ここでフィアさんと雷人が戦ったんだね」
四人が仮想訓練室に入っていくと目の前に匠人族の女性、サリアさんがいた。
サリアさんは椅子に腰掛けて目の前の大きなキーボードを叩いていた。
彼女は俺達に気が付くと椅子を回転させ、こちらに向き直った。
「久しぶりじゃないか、フィア。それにそっちの奴は前にフィアと一戦した奴だね」
「久しぶり、サリア」
「お久しぶりです、俺の事を覚えてるんですか?」
「あぁ、覚えてるよ。なかなかに珍しかったからねぇ。それで、今日はその二人のテストをするのかい?」
サリアさんが品定めでもするかのように空と唯をじろじろと見るので、フィアが軽く手を振った。
「あぁ違うわ。二人はもう仮入社済みなの。こっちが空で、こっちが唯」
「常盤空です。宜しくお願いします」
「朝賀唯です。宜しくお願い致します」
フィアの紹介に合わせて二人は挨拶をしながら頭を下げた。
それを見てサリアさんが頷く。
「そうかい。あたしはサリア、ここの管理人だよ。ここを使う時は顔を合わせる事になるからよろしく頼むよ。それで、今日は戦闘訓練って事でいいのかい?」
「えぇ、私と空、唯と雷人のペアでお願いね」
「分かったよ。じゃあ十三番から十六番のカプセルに順に入りな」
フィアが指差しながらペアを指定するとサリアさんはキーボードに向き直る。
フィアはサリアさんの側へと歩いて行き、何やら耳元に顔を近付けた。
何か耳打ちしているのか、サリアさんが頷く。
その後、ようやくカプセルに向かって中に入った。
何を話していたんだろうか?
まぁ、向こうから言って来ないなら聞かない方が良いのだろう。
そんな事を考えていると空と唯が恐る恐るカプセルに入っていたので、それに続いて一番奥にあるカプセルに入った。
カプセルの中は柔らかい布に包まれており、結構居心地がいい。
目を瞑って、始まるのを待つ。
「それじゃあ始めるよ。頑張りな」
その一声と共に一瞬意識が暗転し、続いて光に包まれた。
目を開けると十メートルほど先に唯が立っており、周りは前回とは異なり大小様々な岩石の転がる岩石地帯となっていた。
少し離れた所には高さ十メートルはありそうな岩壁もあり、さらに遠くには巨大な山が見えた。先端付近から煙が上がっている事を見るに恐らく活火山なのであろう。
「凄いな。無駄に作り込まれてる」
目の前に立つ唯も辺りをキョロキョロと見渡すと感嘆の声を漏らした。
「わぁ、現実と見分けがつきませんよ! 確かに仮想空間とは思えない程の出来ですね!」
うーん、普段はしっかりとしてるから、時々見せる子供っぽい反応が一層際立って可愛いな。
唯は仮想空間の出来をひとしきり確かめると満足したのか、コホンと一つ咳払いをして背筋を伸ばした。
「すみません、あまりの技術に少しはしゃいじゃいました。それじゃあ雷人君。宜しくお願いしますね」
そう言うと唯は右手を水平に胸の前に持ち上げ、呟いた。
「換装」
その言葉と共に唯の着けていた腕時計型端末が光りだし、彼女の体を光が包み込んだ。
そして、徐々に光が晴れると彼女の姿が露わになった。
頭には可愛らしい薄ピンクのカチューシャ、側面に着けられたブドウを模した髪飾りが何とも可愛らしい。
服はカチューシャ同様の薄ピンクで花柄の和服で、下は黒色の袴を着ている。
なぜか肩が出ているのに袖は付いている辺りはやっぱりコスプレ感があるな。
可愛らしく凛としている様は非常に似合っており素晴らしいのだが……。
「……相変わらず動き辛そうな服だな」
つい口に出してしまった言葉に唯はふるふると首を横に振る。
「そうですよね。私も最初はこれはさすがにどうなんだろう? と思いましたけど、思いの外邪魔にならないんですよね。むしろ動きやすいくらいで、不思議ですね」
「まぁ、俺のもそうだから分かってはいるんだけどな。この技術には脱帽するよ」
フィアや空の服もどっこいどっこいな感じで動き辛そうに見えるが,かなり俊敏に動いているあたり邪魔にはならないのだろう。宇宙の技術は俺達の常識では測れないらしい。
「換装」
同様に光に包まれ、雷人は白と青色を基調としたきれいな和服姿になった。
「そういえば、雷人君も空君も和服なんですよね。フィアさんやマリエルさんは違いますが、結構和服の方が多いように感じます」
「そうだな。多分、社長の趣味なんだろ」
空の服は羽織姿で、黒と赤の色が入り乱れたカッコいい感じなのだが……正直、俺も空も服に着られているのでは? と思ってしまう。
和服を着慣れていないからなのだろうか? 何にしても、唯の言うように動きやすい事には違いない。
それにフィアの話だと、耐火性や防刃性が高いらしいからな。機能性は充分にあるのだから着ない手はないだろう。
「それじゃ、始めるか」
言うや否や、唯は前方向に水平に右腕を持ち上げ、呟いた。
「輝ける五振りの聖剣」
唯が呟くと、彼女の背後にまるで星を表すかのように五本の輝く聖剣が現れた。




