6-66 暗き情動に挑む決意-2
「その能力は危険過ぎる。分かるね?」
そうだ。情報量の多さで忘れかけていたが、ロナルドさんはこの力を危険なものだと言っていた。
確か……黒き力だったか?
負の感情を元にしたエネルギーなんて危険じゃないわけがないだろう。
少なくとも、あの時のフィアは完全に暴走して我を忘れていたし、普段よりも格段に強くなっていた。
あのジェルドーをあっさりと倒してしまうほどだからな。
となれば話の流れは何となく想像がつく。
「……言いたいことは分かるわ。パパはこの力を使うなって言うのよね」
「もちろんだよ。黒の民は黒き力を体内に溜め込み、それが許容値を超えると暴走する特徴を持っていた。フィアも身をもって知っているだろう? ……そんな姿を私は何度も見た。幸い暴走する事で黒き力を消費出来るみたいだから、しばらくすれば暴走状態からは回復出来る。だけど暴走状態になると普段よりも数段強力になってしまうからね。それを止めるためには少なからず周りに犠牲が出るだろう。フィア、私はお前に親しい者を傷つけてしまう悲しみを味わわせたくないんだよ」
なるほど、ロナルドさんの言う事はもっともだ。
実際のところ俺はどうにかフィアの元まで辿り着くことが出来たが、あの時の熱風は凄まじかった。
全方位に向けて放たれていたからあんなもので済んだが、もしあれが自分の方に収束されていたらと思うと俺は辿り着けた自信はない。
フィアはロナルドさんの言葉を聞くと耳に触れ、視線をロナルドさんから逸らした。その表情からは不安が感じられた。
「……もう耳飾りは壊れちゃったのよね。どうやってこの力を抑えればいいのかしら?」
「それについては問題ない。あの耳飾りを作ったのは私の知り合いだ。また頼むとしよう。ただ、今回みたいにまた壊れるといけないからもっと丈夫なのを頼まないとね」
フィアは優しい性格だ。
きっと周りの誰かが死んでしまうような事になれば、悲しみ、戸惑い、苦しんでしまうだろう。
そんな事は誰も望んでいないのだ。
だから、俺はフィアがその提案を受け入れると思っていた。
でもフィアは何かを迷っている様子だった。
自身の耳に触れながら、視線を床に落として黙っている。
一体何を迷っているんだ?
そう考えたその時、フィアがバッと顔を上げた。
その瞳は、その真剣な瞳は、僅かに揺れながらも真直ぐにロナルドさんを捉えていた。
「パパ、私はこの力を使えるようにしたい!」
「……何を言っているんだフィア。今の話を聞いていなかったのかい? その力は危険だ。封じるべきものなんだよ。それが分からないのかい?」
突然のフィアの言葉にその場に居た全員が息を呑んだ。
きっとフィアのこの言葉は誰も想像していなかったに違いない。
やや剣呑の籠った声が仮面の向こうから響く。
仮面故に表情は分からないが、静かに怒っている。
そう感じさせる声色だった。
だが、それでもフィアは目を逸らさなかった。
「パパ、さっき言ったわよね。黒の民は黒き力を体内に溜め込んで、それが許容値を超えると暴走するって。その耳飾りがどういうものなのかは分からないけど、きっと今回みたいに限界が来てまた暴走するわ」
「……それならそれで、また対策を講じればいい。だけど、対策を講じるにも時間は掛かる。今の何の枷もない状態はとても危険なんだよ」
「それは私も同感よ。でもそれは問題を先送りにしているのと変わらないわ。それだったら、私がこの力を扱えるようになって溜め込まないように適宜発散すればいい。そうでしょ?」
なるほど、フィアの意見は一理ある。
あの耳飾りが無理矢理にフィアの力を抑え込んでいたのだとすれば、強化したところでいずれ限界が来るだろう。
今回壊れたことがそれを純然たる事実として示している。
ロナルドさんはフィアの意見を直立不動で聞いていた。
わずかな沈黙が非常に長く感じられた。
「……駄目だ。前例がない。私はそれが出来ていた黒の民を知らない。仮に出来るとしても簡単な事ではないはずだ。それにフィア、君は今回暴走したね? その時の意識は? 記憶はあるかい?」
「う……、ぼんやりとだけど意識はあったわ。ただ、あの男を許さない、殺してやるって感情に突き動かされて、いざあの男を殺したら体の中に渦巻いてた力が行き場を無くして荒れ狂っていたわ。ただ、ただ私はそれが苦しくて、手当たり次第に周りに力をばら撒いてた」
「フィア、君はそれを御せると思っているのかい?」
ロナルドさんの鋭い問い。
現状ではフィアに出来るという根拠は何もない。
俺としてはフィアの気持ちを尊重したい。
だけど、フィアがまた暴走してしまえば今度はどうなるか分からない。
この気持ちだけで賛成するには、この決断はあまりに重い。
俺は、何も出来ない。
自分の好きな女性のために俺がとるべき行動は何だ?
フィアのために、出来る事は……。
しかし、良い考えは思いつかない。
フィアを苦しめたくない。その思いが俺を泥の中に沈めていく。
それは俺の足に纏わりついて、俺の自由を奪っていく。
ただフィアを見つめることしか出来ない。
俺はひどく頼りない男だ。
だというのに、フィアは俺を振り返り視線が合うと柔らかく笑った。
「……雷人が来た時、それを見た時、私はあの荒れ狂う力の渦から引き上げられた。私は私の意思を取り戻したの。だから、私は雷人と一緒ならきっとこの力だって制御出来るわ。いや、制御するのよ!」
その瞳は、もう揺れていなかった。
フィアは真直ぐにロナルドさんを見つめた。
あぁ、フィア。
俺はこんなに頼りない男なのに、そんな俺を頼りにしてくれるのか?
俺は、君の力になれているのか?
……だったら俺にもう迷いはない。
その時、俺はいつの間にか俺の足に纏わりついていた泥が無くなっている事に気が付いた。
大丈夫だ。俺はもう、進める。
俺は歩み出てフィアの隣に立ち、一緒にロナルドさんを見つめた。
「ロナルドさん、俺からもお願いします! 俺も協力してフィアがもう暴走しないように努めます! だから、どうかチャンスを下さい!」
目を逸らさない俺達と仮面をつけたロナルドさんの間にしばらくの沈黙。
それを破ったのは小人族の少女、ディビナさんだった。
「ロナルド、あなたが心配しているのは分かりますが、こうもやる気を出しているのです。やらせてみては如何ですか?」
「……はぁ、仕方がないね」
「! ありがとうパパ!」
「ありがとうございます!」
喜ぶフィアを見て俺は頭を下げた。
ロナルドさんは悩まし気に腕を組んでいて、やはり乗り気というわけではなさそうだ。
だが、それでも許可をくれた。チャンスをくれた。
だったら俺達はそれを裏切らないように頑張るだけだ。
そして、俺が頭を上げるとロナルドさんは言った。
「ただし、条件がある」
「……何かしら?」
「耳飾りは着けてもらうよ」
「……それは、訓練の時だけ外すっていう事?」
「ちゃんとオンオフが出来るようにしてもらうさ。その条件を吞むのなら私からは何も言わないよ。娘の選択を尊重したいからね」
「うん。分かったわ。ありがとう、パパ!」
どうやら何とか話は纏まったな。
これからしばらく色々と大変だろうけど、俺はフィアを支えてみせよう。
それが俺のするべきことだからな。
「そうだ。雷人君」
そして俺達が帰ろうとしたその時、ロナルドさんから声が掛けられた。
何か用だろうか?
はっもしかして、やっぱり付き合う事になったのがバレていたのか?
いや、まさかな……。
そんな不安を顔に出さないように注意しつつ振り返る。
「はい、何でしょうか?」
「ちょっと君に話があるんだ。君だけ、残ってくれないかな?」
「……分かりました」
はい、バレてました―!
仮面の向こうに目の笑っていない笑顔を幻視しながら、心の中で叫ぶのであった。
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お疲れ様です!
今回は黒の民の種族特性についてとフィアの決意の話でした。
案の定説明が多くなってしまいました。
読み辛かったですかね? どうだろ。
結構、横文字ワードなルビも増えてきましたが、読み辛かったら和名の方で読んで下さい。
ちなみにネーミングですが、作者は読み上げた時の語感重視で読み方を決めてるので、一貫性の無さは気にしないでもらえると嬉しいです……。(若干の中二病持ち)
それでは次回「恩寵の巫女」、お楽しみに!




