6-62 告白
「はぁ、はぁ、はぁ、……お待たせ。待ったか?」
最近の俺はトレーニングの成果もあって随分と体力はついていたはずなのだが、目的の場所に着く頃には肩で息をする程に呼吸は乱れていた。
そこは、見覚えのある浜辺だった。
ざく、ざくと砂を踏みながら進む。
その先には夏真っ盛りだというのに真っ黒なローブを着てマフラーをなびかせている季節外れな恰好をした少女が一人、水平線に沈もうとしている夕日を眺めていた。
「全然待ってないわ。ちょうど今来た所よ」
少女は照れているかのようにマフラーを摘まみ上げて口元を隠しながら振り向いた。夕日の所為か、その頬はどことなく赤く染まって見えた。
「いきなり呼び出すなんて、一体何の用事なんだ?」
フィアの隣に並び、一緒に夕日を眺める。
わざわざこんな場所に呼び出されたんだ。要件なんてあれしか思い当たらない。
多少なりとも自信はあるが、いざとなるとやっぱり怖いな。
緊張で手に汗が滲んできた。
「……綺麗ね。ここの夕日、前来た時はもう日が落ちてたからよく見えなかったけど、今日は水平線がはっきり見える」
「……そうだな。あの時は月明かりに照らされて綺麗だったけど、夕日も綺麗だな」
「……私、楽しいの。この星に来る前まではパパ達の手伝いがしたくて、少しでも助けになれるようにって頑張ってたわ。この星に来たのは私の初めての我儘。目的はアニメとかそのグッズだったけど、初めて我儘を言ってこの仕事をさせてもらったの。その頃はフォレオとも上手くいってなくて、皆仕事で忙しかったからなかなか遊びにも行けなかったわ。だから、私には同年代の子達と一緒に笑ったり、怒ったり、泣いたり、そんな日常は縁遠いものだったの。それこそ、アニメの中にしかない架空のものだった」
「そういえばフォレオやマリエルさんも、フィアには同年代の友達が少なかったって言ってたな」
そう言うとフィアは苦笑いを浮かべたけれど、何というか、あまり嫌そうではない。そんな風に感じた。
「そうね。私には友達が少なかったわ。マリエル姉さん達はもちろん、ノインやルー達も友達っていうよりはお姉さんって感じなの。そう思っちゃうのは私がそういう風に思い込んでる所為なのかもしれないけど、やっぱり家族のほうがしっくりくるのよね」
「……そうだな。友達って感じではないか。でも、それはフィアの事をそれだけ大切に想ってるってことだと思うよ」
「そうね。それは間違いないわ。私は大切に育てられた。でも、それでもこの星に来てからの日々はとても色鮮やかな日々だった。見るもの聞くもの色々なものが新鮮で、毎日毎日が楽しいの。訓練するのが嫌だったわけじゃないけど、あなた達との日々はアニメを見てる時みたいに興奮して、ときめいてて、目まぐるしい日々だった。特に、皆で行った遊園地、ライブ、試行錯誤して成功させた学園祭。どれもこれも、あなた達と出会わなかったら一生経験する事のなかったかけがえのない思い出よ」
「……そんなの俺もそうだよ。ずっと俺は燻って生きてた。俺はヒーローに憧れて、でもヒーローにはなれなくて、そんなもやもやを抱えて生きてた。周りにあるかけがえのないものにも気付かずに、遠くにある見たこともないものに幻想を抱いてた。フィア達に会わなかったら、俺は未だに憧れっていう幻想ばかりを追い掛けて、近くにある本当に大切なものを拾い上げることが出来てなかったと思うんだ。だから、俺もあの日フィアに会えたからかけがえのない思い出を作れたんだよ」
「……雷人」
視界に夕日が眩しい。
それももうすぐ沈んで、暗闇が浜辺を覆い尽くすだろう。
俺は緊張を紛らわせるため、俯いて足元の砂を眺める。
……言いたい事は言えた。
これは、あれじゃないか?
もう一度告白するチャンスなんじゃないか?
っていうか、この流れは間違いなくそうだろ。
大丈夫、問題ないはずだ。動け、俺!
勢い込んで顔を上げると、そこには柔らかく微笑むフィアがいた。
最後の力を振り絞って輝く夕日が海面をキラキラと照らし、一方でそれは空に散らばった雲の陰影を強調させていた。
それをバックに微笑むフィアの姿はまるで映画のワンシーンのようで……。
「私、あなたの事が好き。大好きよ」
鮮烈な印象を俺に与えた。
嬉しいやらほっとするやら、胸の内が一杯で、俺は呆然としたまますぐには動けなかった。ただ、その姿を目に焼き付けていた。
するとそれを不満に思ったのかフィアが心配そうな顔で近付いてきた。
「ちょっと、大丈夫? 呆けちゃって、私の一世一代の告白、ちゃんと聞こえてたの?」
「あぁ、聞こえてるよ。ただ、やっぱりどうしても不安だったからさ。ちょっと安心して」
「そうよね。返事を待たせちゃってごめんなさい。でも、これで私達両想いだわ。とっても幸せな気分ね」
「あぁ、そうだな。本当に、夢みたいだ。……悪い、ちょっといいか?」
「え? 何……きゃっ!」
俺は夢じゃないと確かめたくて、その温もりを感じたくて、フィアを思いっ切り抱きしめた。指に触れる髪がさらさらと揺れ、熱い吐息が首筋を撫でる。
「夢じゃないんだな」
「もう、しょうがないわね。ちょっと乱暴だったけど、今だけは許してあげるわ。ん」
そう言ってフィアは俺の背に手を回し、俺の首元に顔を埋める。するとふわっと甘い香りが漂ってきた。
そうして、しばらくの間俺達はそのまま抱き合っていた。
気付くと辺りはすっかり日が落ちて暗くなっており、さざ波の音がただ静かに響いていた。
離れるタイミングが分からずどうしようかと考えていると、フィアが俺の背から手を放し胸を押してきたのでそのまま離れた。
「ふふ、ちょっとくっつき過ぎちゃったわね」
「悪い、嬉し過ぎて……ちょっと調子に乗った」
「……顔が赤いわよ。あんまり恥ずかしがらないでよ。私まで恥ずかしくなるじゃない」
「ちょっとそれは無理だな。落ち着くまで待っててもらっていいか?」
「ふふ、それじゃあ前みたいに少し歩きましょうか? 今日もエスコート、お願い出来る?」
フィアは手を差し出しながら、無邪気に笑った。
今日のフィアは随分と大人らしい。
いつもならフィアだってもっと取り乱している所なのに、俺ばっかりこれじゃ格好悪いな。
……気恥ずかしいけど、ちょっと仕返ししてやるか。
俺は差し出された手をスッと下から支えながらフィアの前に膝をつき、その手の甲にキスをした。
「え、な、へ? ひゃあ、な、何で!?」
「俺も好きだ、フィア。俺と付き合って欲しい」
「わ、わわわわわ! な、何なのよー!」
一瞬にして仮面が剥がれてフィアの顔が真っ赤に染まった。
ふふふ、仕返しは成功だな。
「何って、付き合おうってちゃんと言ってなかったなと思ってさ」
「な、なぁ! それは言わなくても分かるじゃないの!」
「でもせっかくだしさ。ちゃんと言葉にしたいだろ?」
「んむぅ、せっかくここまでちゃんとやれてたのに……。雷人ってば、結構意地悪よね」
そう言いながら不貞腐れたように頬を膨らませて上目遣いで睨んでくる。ちょっとやり過ぎただろうか?
「悪い。でも落ち着いてるフィアもいいけど、そうやって慌ててるフィアも可愛いからさ。ってちょっ!」
いきなりフィアに胸元を掴まれたかと思うとグイッと引き寄せられた。そ、そんなに怒ったのか!?
飛んでくるのは拳骨か頭か。
来るだろう衝撃に備えて咄嗟に目を瞑る。すると、ほっぺに何やら柔らかい感触が……。
「……ん」
「なぁ! おまっ!」
「ふふっ」
俺が目を開けながら飛び退くと、フィアはしてやったりという表情をしていた。
や、やり返された! でも耳が真っ赤になっている辺り本人も恥ずかしいらしい。
そしてフィアは間髪入れずに手をパンパンと叩いた。
「はいっ! お互い慌てた姿も見れたことだし、仕切り直し!」
そう言って再び手が差し出された。
ははは本当、フィアには敵わないな。
「はは、そうだな。喜んで」
「よろしい」
俺が素直にその手を取るとフィアは満足気に歩き出す。
月明かりの照らす砂浜、そこに俺達は足跡だけを残していく。
思い出は残さず、心の中にしまいこんで。
……ようやく、ここまで来た。
告白がうやむやになった遊覧潜水艦のシーンから結構経ちましたが、晴れて二人は付き合う事となりました!
うん、やっぱり告白シーンはムードがあるのがいいですよね。
しかも、この浜辺は雷人がフィアが好きだと自覚した場所、ちょっとロマンチック過ぎますか?
さて、次回「小人族の女性-1」、一応既に登場してますが紹介とかなかったので……新キャラって事でいいのかな?




