6-58 失恋の慟哭は箱の内に-2
「うちが、雷人の事が好き? あはは、どうしてそんなことになるんですか? ……どうして、そんな風に思ったんですか?」
突然の衝撃からすぐに立ち直ることが出来ず、上手く思考が纏まらない。
そんな状況でうちはただただ疑問を口から垂れ流していた。
それを聞いたフィアは胸に手を当てながら、真剣な表情でうちを見つめていた。
「フォレオが私達の所に来たからよ。私がシルフェの研修に付き合ってた時に何があったのかは知らないけれど……。フォレオはそれまで私を避けてたのに、無理矢理に合流しようとしたじゃない? あれは、雷人と一緒にいる為だったんでしょ? フォレオは私と一緒にはいたくなかったかもしれないけど、私はフォレオと仲良くしたかったからそれでいいと思ったわ。でも、もし私が雷人と付き合う事になったらフォレオが離れて行っちゃう。私はフォレオの事が大切だから、フォレオの気持ちを無視出来ない」
……それって、うちが雷人と一緒にいるためにフィアといるのを我慢する事にしたと思ってるって事ですか?
あぁ、なるほど。そりゃそうですよね。
うちは、今まで一度もフィアに話してないですから。
どうしてフィアから離れようとしたのか、どうしてフィアに近付こうとしたのか。
何も知らないフィアからしたら、そっちの方が幾分も説得力があります。
全部、うちが逃げていたのが原因です。
……フィアはうちに嫌われていると思いながらも、うちの気持ちを考えてくれていたんですね。
雷人が好きであろううちに、必要もない確認をするために。
……フィアはいつも逃げなかった。逃げていたのはいつもうちの方です。
……また、また逃げるんですか?
ここで、それはフィアの勘違いだと言うのは簡単です。
邦桜に来たのは気紛れだって、そう言うのは。
でも、それではフィアはただうちが本音を隠して遠慮しただけだと思うんじゃないですか?
そうやってフィアは、またうちに気を遣ってしまうんじゃないですか?
それは駄目です。もう、逃げ続けるのは終わりです。
うちは、うちの言葉で、伝えないといけないんです!
「あは、あはははは、フィアがOKしたら雷人と付き合えなくなるからうちが離れて行くって? それで、うちが雷人を好きだって言ったらどうするつもりなんですか? まさか自分は手を引くとでも言うつもりなのですか?」
「……それは……出来ない。そうよね。そう……。自分でも分かってるの。私のしてることは矛盾してる。これはただ、そうあって欲しくないっていう私の願望でしかない。それを確認しようとしているに過ぎないのよね。私は、雷人とフォレオを選べない。どっちも手放したくない。そんな、優柔不断で自分勝手で、最低な女なの。こんなことをしてもフォレオを傷つけるだけだなんて、そんなこと……分かってたのに、私は、私は……どうしたらいいのかが、分からないの」
あぁ、似ています。
優柔不断で、その想いは矛盾していて、どうしたらいいのか分からなくて、正解も見えずに藻掻いている。
今のフィアは、あの時のうちと同じです。
フィアと仲良くある事とフィアと対等でいること。
その両立が出来ずに、それでも諦められずに藻掻いてたうちと似ています。
でもあの時のうちとは決定的に異なっている点があります。
フィアは一人で抱え込まずにうちにその悩みを打ち明けてくれました。
うちはこれまでその選択が出来ずにフィアに嫌な思いをさせてしまいました。
ですが今回、フィアの幸せはうちの選択で確実に得られます。
うちは雷人の事が好きか嫌いかで言えば、間違いなく好きです。
でも、それが恋愛的な意味で好きかどうかと聞かれれば正直なところよく分かりません。
ここでうちが雷人のことが好きだと言ってもフィアを、そして雷人を困らせるだけ。その先には幸せの未来はないんです。
それが分かっているから、うちは迷いません。
うちはフィアの幸せを、うちの幸せを掴み取るんです。
一歩、また一歩とゆっくりフィアに近付いていく。
手をゆっくりと伸ばし、その小さく感じられる肩に触れる。腰に触れる。
フィアの体がびくっと震えるのが分かる。
そして、そのまま背に手を回した。
「大丈夫ですよ。フィアが考えているような、そんな事は起きません」
「でも、フォレオは……」
「フィア、ごめんなさい。全部うちが悪いんです」
「え? そんな、フォレオが悪いなんて、そんなこと……」
「うちの話、このまま……聞いてくれますか? うちの、本当の気持ちを」
「……うん」
「ありがとうございます。覚えていますか? 今では模擬戦をしてもフィアに負けてしまいますが……昔はうちの方がフィアよりも強かったんですよ」
「……うん、覚えてる。指輪が無かった頃、フォレオは私の目標だったから」
「そうですか。それは、嬉しいですね。でも、指輪を貰って少しするとうちはほとんどフィアに勝てなくなりましたよね。うち、それまでは自分がフィアを守るんだって、意気込んでいたんですよ? だからうちはフィアに対抗意識を燃やしていたんです」
「……それって、フォレオが私に対して壁を作り始めた頃?」
「はい、そうです。うちはただ、フィアを守りたい、守られる側じゃなくて守る側でいたい。そんな風に考えていたのに、力が足りないから守ることが出来ません。それが嫌で、変な意地を張ってフィアを困らせていたんです。矛盾していますよね」
「……それって、もしかして私の事を嫌ってないって事?」
「そうですよ。うちはフィアと対等でいたいがために、対抗心を燃やして仲良くする事が出来なかった。我儘で意地っ張りな女なんです。だから雷人の事は関係ありません。うちは、フィアと一緒にいたかったから邦桜に来たんです」
「本当に? ……これ、夢じゃないわよね?」
「……うちはフィアを困らせるだけだと分かっていながら、自分の我儘を止められなかった最低の女です。フィアはこんなうちをどう思いますか?」
「……そんなの、大好きに決まってるじゃないの! もっと早く言ってよ。馬鹿……」
「そうですね。もっと早く、こうして話が出来ていたら良かったです。時間が経つにつれてどんどん話辛くなってしまって、気が付けばこんなに遠回りをしてしまいました」
「えぇ、えぇ、全くよ。第一、模擬戦で私が勝ってるからって私がフォレオに守られてないと思ってるの? そんなの向き不向きの問題なのよ。フォレオの事はいつだって頼りにしてるし、私がフォレオに負けないのは私がフォレオよりも強いからじゃなくて、それだけフォレオの事を知っているからよ」
フィアはうちの体をやんわりと押すと目から零れていた涙を拭いた。
そして、うちの目を真っすぐに見据えて胸を張る。
その瞳には、もうさっきまでのような不安さは残っていなかった。
「私は姉として、まだまだ妹に負けるわけにはいかないんだから」
「……あは、あはははは。何ですかそれ。……でも、そっか。そうですね。うちは見ているつもりで、フィアの事をちゃんと見れていなかったのかもしれません。フィア、また模擬戦をやりましょう。それまでに対策をこれでもかと考えて、絶対に負かしてあげますから」
「いいわよ。でも、まだ負けてあげるつもりはないけどね」
「約束ですよ。それと、また遊びましょう。これまでの時間を一気に取り戻すくらいに」
「えぇ、そうね。でも私達二人だけじゃもったいないわ。皆で、もっと、もーっとたくさんの思い出を作りましょ」
「……はい、これも約束です」
うちとフィアは自然と小指を差し出して絡め、指切りをした。
そして、フィアはやる事があるからと会議室から出て行った。
その後ろ姿を見つめ、その姿が見えなくなると同時に抑え込んでいたはずの感情が溢れる感覚がうちを襲った。
そして、うちは一つの事実を悟ったのだった。
「あぁ、何だ。うち、なんだかんだで雷人の事好きだったんですね。……今、今だけは、うああぁっ、あっ、あああぁっ……」
拭いても拭いても溢れてくる涙を両手で拭いながら、うちの最初で最後の失恋の慟哭は、誰にも知られることなくただその部屋の中に響き渡ったのだ。
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遂にフォレオは長年の悩みを打ち明けることが出来ました。
一方で、淡い恋心に気付くと同時に失恋、なかなかきついですね。
家族愛か、恋愛か、フォレオが気付かないうちに選択出来たのはある意味救いだったのかもしれません。
さて、次回「これからを見つめて」
諸行無常、変わらないものはなく。さぁ、選択の時だ。




