6-56 いつも通りの朝にそれぞれの想いを抱えて
「……んー、いてっ! ――っ!」
若干寝苦しくはあるもののどことなく心地よい微睡みの中、ごろりと寝返りを打った瞬間に突然の浮遊感。
頭に衝撃と共に痛みを覚えた雷人は頭を押さえて足をバタバタとさせていた。
少しして痛みが治まったところでムクりと起き上がる。
先ほどの痛みで冴えているはずの頭もどことなくボーっとしていた。
こんなに気が抜けている原因は分かっている。
俺のやるべき事、やらなければならないことであった邦桜を巡る一件が昨日遂に片付いたためだ。
その後はなんだかんだでバタバタとしていてフィア達と碌に話すことも出来ず、疲れていたこともあって家に帰るなり眠ってしまったのだった。
「朝か……朝だな。朝が来たんだなー……」
何気なくくるりと自身のベッドを振り返る。
そこには当然というか、想いを寄せる彼女の姿はない。
今日はこっちに来なかったのか……。
何となく落胆している自分がいる。
こういう日は、朝から幸福感が足りなくていけない。
もっとも、そんな事を本人には言えるわけもないのだが。
何となくガチャに外れたような、そんな残念感を引きずりながらも俺は着替えてキッチンに向かい、朝食の準備を始める。
「この後は……どうなるんだろうな」
とりあえず、俺は当初の目的を達成した。
邦桜を襲う宇宙からの脅威を排除する事には成功したのだ。
これで俺がホーリークレイドルに協力する対外的な理由は無くなってしまった。
やらなければならないこと、という意味では未だ例の黒い少年の件が残っている。
しかしそれは特殊治安部隊や宇宙警察には関係あっても、ホーリークレイドルには関係のないことだろう。
フィア達はこれからどうするのだろうか?
以前ならいざ知らず、今となってはここもフィア達の家だ。
アニメ好きなフィアの事だしわざわざ手放す事もしないだろう。
フィアは義理堅いし、俺への返事もしない内に出ていくという事もないはずだ。
……とはいえ邦桜での仕事が終わった今、俺達との関係はどうなる?
もしOKを貰えたとして、いわゆる遠距離恋愛みたいな感じになるのだろうか?
転移を使えるのだから一般的なそれとはまた異なるだろうが、少なくとも今よりは一緒の時間を過ごせなくなるのは間違いないだろう。
それを加味したうえで、フィアはOKしてくれるだろうか?
「フィアを困らせたいわけでもないし、返事を急かすっていうのもな。……考えても仕方のない事か」
これからはこれまでとは関係も少なからず変わっていくだろう。
でも、それで俺のこの気持ちが変わるとは思わない。
既に気持ちは伝えた。
後はフィアがどう考えるかだけだ。
「うー、悩んでも仕方ないと分かっていても……この……うー!」
俺は悩みを吹き飛ばすかのように頭を抱えてぶんぶんと振った。
俺はフィアの気持ちを尊重したい。
勢いで押し切る気も、無理に付き合う気も毛頭ないのだ。
だったら俺に出来る事は待つ事だけ、なんだよなぁ。
「はぁ……よし、とりあえず起こしに行くか」
俺は湯気を上げるトーストにジャムを塗りたくると、フィアの部屋に向かった。
ドアの前に立つと一つ深呼吸を挟み、ドアの前に拳を持っていく。
どことない緊張感に生唾を飲み込む。
何を緊張してるんだ。ただノックするだけだろ、俺。よし、いくぞ!
「あたっ!」
いざノックをしようとしたちょうどその瞬間、突然開いたドアが顔にぶつかり、ゴンっ! という鈍い音が響いた。
するとびっくりしたようにフィアがひょこっと顔を覗かせた。
「あっ! ごめんね。大丈夫? 今応急手当を……」
「ふくっ、あはははは」
「へ、え? どうしたの? 変なところぶったの? え?」
顔を手で押さえながらも込み上げてきた笑いを抑えることが出来なかった。
フィアはそんな俺を見て困惑したように上半身ごと手を右往左往させている。
「いや、前にもこんなことがあったなと思ってさ」
「……そういえばあったわね。ほら、見せて」
「あぁ、頼む」
「うん、応急手当」
前髪を掻き分け、フィアの柔らかな手がおでこに触れる。
そしておでこに当てられた手から温かさが広がった。
手が除けられたのでフィアの顔を見ると、フィアは真剣な瞳でこちらを見つめ返してきていた。
「……あ、そうだ。朝ご飯出来たから……」
「雷人」
何だろうか?
こちらを見つめるその真剣な瞳に、嫌でも緊張してしまう。
「……えっと、何?」
「この前の件なんだけど、もう少し時間をもらってもいいかしら? ……ちょっと、考えたいの」
「へ? あ、別に、大丈夫だけど……」
「うん、ありがと。それだけだから、じゃあ私はフォレオとシルフェを呼んで来るわね」
「あぁ、頼む……」
そう言って歩いていくフィア。
……びっくりしたー!
何となくフィアも俺の事を好きでいてくれてるんじゃないかとか、そんな妄想をしていたんだけれど、やはり勘違いだったのだろうか?
いやでも、少なくとも大切だとは思ってくれてるはず……。
友達としてかもしれないけど……。
駄目だ。考えてると気持ちが沈んで来る。
とりあえず空を起こしてくるとしよう。
そして俺は空の部屋に飛び込み、声を掛けると同時に八つ当たり気味に布団を引っぺがすのであった。
今回はお馴染みの朝のシーンですね。
果たして、フィアの返事はどうなるんでしょうか。
気になるところではありますが、この辺りで次回予告です。
次回、「失恋の慟哭は箱の内に-1」、タ、タイトル―!




