6-52 白き虎は最速を示す-2
「な!? 赤城さん!」
「はっはっは! 上等だ! おらあっ!」
空中でもはや回避することの出来ない赤城さんを狙った幾本もの閃光。
俺からは数十メートルは離れており今からでは援護も間に合わない。
放たれた熱線が赤城さんの体を焼き、その手に握られた剣と衝突する。
目の前で憧れの存在が散る。
そんな光景を想起し、足が全力で地面を蹴る。
だが、届かない。
カナムを必死に操作するが、それでも届かない。
また俺は大切な人のために何も出来ないのか?
俺はただ、叫ぶことしか出来ない。
「赤城さん!」
最後の一撃を赤城さんに任せきりにせず、無理矢理にでも反転していつでも援護出来るようにするべきだった。
俺なら雷盾で熱線を幾らか負担出来たはずだ。
足場を作って、赤城さんが逃げられるようにも出来たはずだ。
だけど、俺はそうしなかった。
想定が甘かったのだ。
どうして、どうして俺はいつもこうなんだ!
そんな風に自身の力不足を嘆き、運命を恨み、ただ叫ぶことしか出来ない。
またあの感覚、フィアや空が死んでしまうと思った時の体の内で沸々と煮えたぎるあの感覚。それが俺を頭を占めようとする。
これは、この感情は、憎しみか?
駄目だ。この感情に吞まれてはいけない。
そう頭は叫んでいるが、感情があいつを殺せと叫び出す。
そして、ケラディウスを握る手に、地を踏みしめる足に力が籠る。
その瞬間、声が聞こえた。
「俺は! 死なねぇ!」
その叫びに、沈もうとしていた意識が戻って来る。
顔を上げる。
視線の先に、憧れを見る。
腹を、足を、腕を熱線が焼き、剣すらもはや溶けている。
だというのに赤城さんの表情は諦めていなかった。
生きるという意思を、必ず倒すという決意を感じさせた。
熱線の網を無理矢理に突破した赤城さん、その手に握られた剣が溶けた刃をまるで時間が巻き戻ったかのように復活させる。
そして、赤城さんはそれを両手で握り上段に構えた。
誰もがもう駄目だと思うような状況にも臆することなく、ただ真直ぐに突き進む。
あぁ、そうだ。
これが、これこそが俺がかつて憧れた。
赤城竜司なんだ。
「ドラゴン…スパイトオオオオォ!!」
「ぬおおおおおおおお!?」
赤城さんが剣を振り下ろす。
機体を破壊する爆発の如き大音が、衝撃が大部屋中に伝播する。
その渾身の一撃を背に受けた白虎の胴体が、その体をバラバラに散らしながら地面に雪崩れ込む。
その様はまるで隕石でも落ちたかのようであり、切るというよりは砕くと言った方が正しいその一撃は、白虎の胴体を完全に二分していた。
辺りはすぐさま砂煙が満ちて見えなくなったが、最早白虎は完全に大破。
こうなってしまってはいくらロボットでも戦闘の継続は不可能だろう。
俺はカナムで砂煙を避けつつ赤城さんの元へ向かって走り出した。
砂煙が晴れて視線を上げると、完全に分断された白虎の機体の上、そこには剣を肩に乗せ悠然と佇む赤城さんの姿があった。
凄い。土に汚れ、服は焼け焦げて虫食い状態。
それでも、彼はおよそ無傷でそこに佇んでいた。
特殊治安部隊始まって以来の革命児。
英雄とは、まさにこの人の事を言うのだろう。
それは、そう思うに相応しい光景として俺の目に映っていた。
いつの間にか足が止まりただ茫然とその姿を見上げていると、こちらに気付いた赤城さんがヒョイっと気軽な様子で飛び降り目の前に着地した。
それを見てようやく我に返った俺は赤城さんの元に駆け寄った。
「赤城さん! やっぱり赤城さんは凄いですね! 攻撃を食らっているのを見た時は心臓が止まるかと思いましたけど、まさか無傷だなんて! 」
「……あぁ、俺に掛かればどうってことはなかったな! しかし、神機だか何だか知らないが、存外大したことなかったな。確か、本物が作った物じゃないって話だったか? 案外あれはただのガラクタだったのかもな」
憧れの存在の活躍にテンションが上がって忘れていたが、そういえばあれって宇宙を支配出来るとかいうほどにとんでもない機体だったはずなんだよな?
確かに、凄く頑丈だったし火力もあった。
とはいえあれで終わりでは呆気ないにもほどがある。
幾ら赤城さんがとんでもなく強いとは言っても所詮は人間だ。
それほどの機体であれば一撃でどうこう出来るとも思えないが……。
「……そういえばそうですね。スピード重視形態とか言ってた割には何とか対応出来る程度の速さでしたし、過大広告もいいとこって感じですね」
「ん? スピード重視形態なんて言ってたか?」
「言ってましたよ……って、スピード重視形態ってまるで他の形態があるみたいな言い方ですね」
「確かにそうだな。もっとも、ああなっちゃもう関係ないが……」
俺達がそう言って白虎に視線を向けようとした時、不意に影が差した。
そして、そこにはどういうわけかこちらを見下ろす青色が視界一杯にあったのだ。
「やってくれたな……。この虫けら共がぁ!」
「……は?」
「赤城さん! 失礼します!」
「おわっ!?」
咄嗟に危険を感じ取った俺は赤城さんを肩に担ぐと体への負荷はお構いなしに雷輪を全力で回してその場からの離脱を図った。
視界の端を照らす橙色の閃光。
背後からの強烈な熱波に後押しされるように俺は跳び、そして地面を転がった。
途中で赤城さんから手が離れてしまい二人で転がり、数十メートルを転がったところで何とか止まった。
あちこちを打ったことで全身が痛い。
しかし、寝転がっている場合じゃない。
情報が、情報が足りない。
何だ、何が起こった?
それを把握するため、無理矢理に顔を上げる。
体を起こす。
その視線の先には、最早白虎の姿はなかった。
そこにいたのは明らかに長大な、百メートルはありそうな体をくねくねと動かす青色の巨体。
口から煙を吐き、うねうねと細い髭のような物を伸ばしたその顔は、その姿は、かの有名な伝説の存在を想起させた。
「あれは……龍」
さっきのを白虎とするのなら、それは青龍。
四神として挙げられるものの一つ。
頑強そうな鱗に包まれた体を持ち、細長い体躯にそれを支える二対の足を持つそれは、鰐の様に巨大な口を大きく広げ、その中に潜む巨大な砲筒をこちらに向けていた。
はい、白虎の時点で気付いていた人もいますよね。
そうです。実は四神モチーフの機体だったんです。
味方が強すぎて白虎はわりとあっさりとやられてしまいましたけど……。
やはり筋肉、筋肉は全てを解決する。
と冗談はこの辺で、次回、「青き龍は遠きを砕く」お楽しみに!




