6-43 託されしもの
体がふわふわする。
感覚が薄くなっているのか、そんな浮遊感に似たような感覚だ。
俺は一体何をしている?
頭がぼーっとする。
確か、確か俺は……ジェルドーと戦って……。
その時ふと耳に爆発するような音が入り、俺の意識は一気に覚醒した。
「はっ! ったあ!?」
「ぎゃっ!? ――っ!」
「いったぁ……」
戦闘中だったのを思い出して跳ね上がるように起き上がった俺は突然の頭への痛みに悶絶して転がった。
おでこを擦っていると痛みが和らいできたので何にぶつかったのかと見てみると、そこには銀髪の少年が自分と同じようにおでこを押さえてひっくり返っていた。
「……あれ? 空か?」
「――もうっ! 空か? じゃないよ! 雷人はまた無茶をして!」
「いや、え、あれ? そうか確か俺……切られて」
バッ、バッと急いで確認するが肩から腰にかけての傷は綺麗さっぱり消えていた。
この手際、間違いなく空によるものだろう。
うっすらと残る記憶、それから考えると自分が相当危ない状況にあったのは間違いないはずだ。であれば、俺はまずしなければならないことがある。
「悪い、助かった!」
俺はそれに気付くや空に土下座する。
空がいなかったら俺はもう死んでいたはずだ。
「本当だよ全く。シンシアさんがすぐに知らせて転送してくれたから良かったけど、送られるや雷人が血だらけで倒れててびっくりしたんだからね! ……あと、もう一つびっくりしてるんだけど……何あれ?」
「あれ? ……は?」
空に言われて上を見上げる。
いや、さっきから激しい戦闘音がしているのは確かに気になっていたのだが、あれは……。
「戦ってるのはジェルドーと、フィア……なのか?」
戦っているというよりは完全に逃げに徹している様子のジェルドー。
その動きからして出口に向かっている様子なので脱出を図っているのは間違いないと思うが……あのフィアは何だ?
見た目は完全にフィアそのものなのだが、どす黒い濁っているような黒い霧を体中から立ち上らせている。
その感じ、それはまるでバルザックを殺した時に現れたあの少年から感じた感覚に似ていた。
何だか目も赤く光っているし、間違いなくあれはいつものフィアじゃない。
よく分からないが、そういう確信があった。
「何だあれ。一体何があったんだ?」
「僕に聞かないでよ。僕が来た時には雷人は死にかけてたし、フィアさんはもうあんな感じだったよ。ねぇ、あれってもしかしなくてもヤバいんじゃないの?」
フィアは何やらぶつぶつと言いながらジェルドーを追い掛けているが、間違いなくいつもよりも強くなっている。
放つ炎は何か青いし、見るからに威力が段違いだし、壁に大穴をも穿っている。
動く速さは普段の比じゃないし、あのジェルドーが逃げるだけで精一杯なのも納得だ。
洞窟が崩れないかと不安になったが、穿ったそばから凍らせて崩落しないように配慮はしているようだ。
暴走しているみたいに見えるが、一応意識はあるのだろうか?
「確かにヤバいかもしれないな……。でも最低限の自制は出来てそうだし、あの中に俺達が入っていっても邪魔になる未来しか見えないんだよなぁ」
「……ごもっとも。あっ、ジェルドーがそろそろ出口に着いちゃうよ!」
「……逃げられるか。あれでも倒し切れないなら、どれだけ強くなれば……あ」
その時、フィアが目で捉えられる速さを超え、次に見えた時にはジェルドーにアイアンクローを決めていた。
そうかと思うとジェルドーが突然燃え上がり、凄い速さで落下して来た。
落ちてきたジェルドーはバウンドしながら近くまで転がって来るとすぐそばに止まった。
恐る恐る近付いてみるがどうやらかなりの重症のようでもう戦えそうには見えない。
それを見て安心したその時、ジェルドーが声を掛けて来た。
「おい、聞こえるか……おい」
これまでの粗雑な印象とは違う小さく苦しそうな声。
これがあのジェルドーか。殺されかけた相手とはいえ、こうなってしまうともう怖くもないな。とはいえ警戒はするが……。
「何だよ。今更命乞いか?」
「いや……俺はもう、駄目だなぁ。……俺のしたことは分かってる。だからよぉ、こんなことを頼める立場じゃねぇけどよぉ。これを、これを悪魔族の姫様に」
頼み事だって? 何でこいつがそんな事を……いや、待てよ。
「……もしかして、洗脳が解けたのか。それにしても、姫様? 王族って事だよな。俺なんかが会えるとも思えないが」
「あぁ、じゃあ会えたらでいい。これをよぉ、ジェルドーからだって伝えれば、分かるはずだぁ。だから、頼む」
「……雷人、どうするの?」
「……分かった。とりあえず、預かるだけだからな」
俺は差し出された刀を受け取った。
「くは、感謝するぜぇ」
「いや、感謝は後に取っておけよ。洗脳が解けたんならもう俺達を襲う気もないんだろ? これはお前が自分で持っていけ。空、今からでもジェルドーを治療してやってくれないか?」
「え、いいの?」
「そりゃ因縁はあるけど、そう仕向けられてたならシルフェや花蓮の時と同じだろ」
「うーん、分かったよ。けど動ける程度までだからね」
「あぁ、それでいい。頼むよ」
空がゆっくりと近付いていく。重症ではあるが空の治療なら間に合わないレベルじゃないはずだ。しかし、それを聞いたジェルドーは気の抜けたような顔で笑った。
「くは、治療だって? 甘ちゃんだなぁ。もう間に合わねぇよ」
「そう思うのも無理はないが、よく見てみろよ。お前にやられて死ぬまで秒読みだった俺が生きてるんだぞ。ちょっとは信用しろ」
「うん、これならいけそうかな。じゃあ治療するからジッとしててね」
そう言って手を伸ばす空の腹にジェルドーがそっと手を添えた。
「え? うわっ!?」
思わぬ動きに頭に疑問符を浮かべた次の瞬間、空が勢いよく後ろに吹っ飛んだ。
まさかこれは、重力の能力か!
「おい、何を!」
「くはっ、じゃあな。後は頼んだぞ」
「は? 何、を……!?」
次の瞬間、目の前で突然青炎が吹き荒れた。
自身の死期を悟ったジェルドーは国宝の刀を雷人に託した。
その刀に、自身の想いも込めて……。
次回、「例え火の中であろうとも-1」、まだ一件落着とはいきません。




