6-42 気付かずともそばにある
「あれ? 泣いているんですか? あなたらしくもない」
「……んぅ? あれ、今どういう状況よ?」
ようやく目を覚ましたリリアはナクスィアに背負われている状況に頭を捻った。
昔の夢を見ていた気がするが、記憶がいまいち定かではない。
……あぁ、そういえば珍妙な連中に珍妙な世界で殺されたんだったっけ。いや、殺されてはいないか、今の私は死なないし。
「何よ。あんたが助けてくれたってわけ? さんざん私に殺気を送ってたくせにどういう風の吹き回しなのかしらね?」
「何を勘違いしているんですか? スフォル様が困ると言うから拾ってあげたんですよ。そうでもなければあなたのような暴走機関車、誰が助けるものですか」
「あはは、暴走機関車って、一応私は手足の生えた蝙蝠吸血族なんだから、せめて暴走蝙蝠……ってはぁ!? 右腕と両足がないんだけど!?」
何を馬鹿なことをとばかりに笑ったリリアはボロボロな自身の体を見て目を丸くした。
それを見てナクスィアは呆れ顔で溜め息を吐いた。
「何ですか今更。普通は起きた瞬間に気付くでしょう」
確かにその通りなのだが特に痛みがあるでもない。
気付かなくても仕方ないじゃない。
「いや、動きづらいとは思ったけど、やられた後だったし疲れかと思うじゃない……スンスン。あんた、怪我でもしてるのかと思ったらその血って全部私の血じゃないの!? 助けるならしっかりと助けなさいよ!」
鼻を鳴らすや自身の怪我がナクスィアの所為だと当たりを付けたリリアが吠える。
それに対してナクスィアは片手で耳を塞ぐと顔を顰めた。
「五月蠅いですね。耳元でピーチクパーチク騒がないでもらえますか? どうせ後で生やせるんですから別にいいでしょう。拾ってあげただけ感謝の言葉はないんですか?」
そう言われてリリアは今回の事を振り返ってみる。
確かに拾ってはもらったが自身は部位欠損状態。
それに対してナクスィアは五体満足なうえ、まだまだ余裕がありそうだ。
それにナクスィアは私に向かって発砲もしていたし……これで感謝しろと?
受けた恩はあるが受けた仇の方が大きすぎる。
良くて帳消しじゃないの?
「……感謝しづらいわね」
「次は置いて行きます」
「あー! 分かった! 分かったわよ! ありがとうございました! ったく、陰険女め」
「お互い様でしょう。まぁ、あなたがスフォル様にとって利用価値があるうちは助けてあげますよ」
小声で文句を言うとナクスィアはくすっと笑った。
……何か手玉に取られているみたいで少しイラっとする。
だがナクスィアはスフォルのお気に入りだ。
あまり不評を買い過ぎるのはよろしくない。
仕方がない、このくらいは許してあげるとするわ。
そう寛大な心で怒りを収める。
「……まぁいいわ。私は世界を絶望に落とすまで止まらないんだから、スフォルが私を手放すなんてありえないわね。それよりあんた、今回手を抜いてたでしょ? あんたももっと頑張りなさいよね」
「仕事に手を抜いたわけでは無いですが……愚問ですね。……もっとも、私には世界を絶望になんていうのはどうでもいいですけどね」
……? 愚問と言うのまでは聞こえたが、その後は声が小さ過ぎて聞こえなかった。
リリアは聞こえるようにと、よりナクスィアに顔を近づける。
「ん? 今何か言った?」
「近いですよ。何でもありません。ほら着きますよ」
ナクスィアがある扉の前に立つとその扉は自動で開いた。
中は見慣れたモニターが幾つも並ぶ部屋だ。
そこでソファーに腰かけて寛いでいた少年は、私達を見ると手を挙げた。
「あ、ナクスィア、お疲れ様」
「いえ、労いの言葉など、撤退の命があるまで持たせることが出来ず申し訳ございません」
「いやいや、十分に働いてくれたよ。それに今回もちゃんと楽しめたからね。ありがとう」
「そうですか。それならば良かったです」
「リリアも、暴走したのは良くなかったけどいい負けっぷりだったよ。今回は相手が悪かったね」
こいつは……いい笑顔で私を馬鹿にしてるの?
……いや、我慢我慢。
「……そうね。でもこれで終わりじゃないんだから、リベンジの機会は用意しなさいよ。スフォル様」
「はいはい、ほら、そろそろフィナーレが始まるよ。一緒に楽しもうじゃないか」
スフォルは適当な返しをするとモニターを指差した。
……そんな事よりさっさと体を治して欲しいんだけど……放置なわけ?
そのままポイっとソファーの上に放られると、何事もないかのようにそのまま鑑賞会がスタートした。
でも、何だろう。
この感覚は……一人でいた頃には感じなかった感覚……。
絶望を見るのとも、血を飲む高揚感とも違う。
それでも、どことなく温かい……。
まぁ、いいか。考えても分からないわ。
そんな事を考えていると、ふと思い出したかのようにスフォルがこちらに掌を向けた。
「あぁ、ごめんごめん。そのままじゃ寛げないよね」
すると、一瞬にして手足が生えた。
何とも不思議な感覚だけど、それも今更な事ね。
「気遣い感謝するわ、スフォル様」
「いやいや、せっかくなんだからこのショーを一緒に楽しんでもらわないとね。ほら、一人より二人、二人より三人って言うでしょ?」
「そういう事です。幾ら勝手なあなたでも逃げたら承知しませんから」
「はいはい、逃げないわよ」
その何でもない時間こそが普通なのだと、彼女が気付くのはまだ先の話……。
「面白い」「続きが気になる」と感じたら、
下の ☆☆☆☆☆ から評価を頂きたいです!
作者のモチベーションが上がるので、応援、ブクマ、感想などもお待ちしています!
大切な普通を失ったあの日以来、初めて出来た帰る場所。
気付かないだけで、望むべきものはそこにある。
さて、次回「託されしもの」
また、雷人達の方に話が戻ります。
ちょこちょこ視点切り替えしてきましたが、
これでしばらくは視点の切り替えはないかな? ……多分。




