6-40 願いの呪縛-2
改めて……。
気分を害する可能性がある内容となっています。
読まれる場合はご注意を!
「へ、へへ、じゃあこいつは俺の独り占めか。ラッキーだぜ」
「……?」
そして、男が顔を近付けて来た。
う、不快な臭いがする。
そして、そのまま鼻にぬちゃっという感触と生暖かさが感じられた。
「ひ……ぁ……」
「ふひ、ひひひひ、その顔もいいなぁ。殴られる前ならもっと良かったんだが、まぁ、それくらいは我慢するか」
舐められた! 舐められた!
臭い、気持ち悪い!
あまりの不快感と悪寒に体が震え、涙が溢れた。
今にも叫びたいのに、どういうわけか声は出ない。
もっとも、声を出したところで助けてくれる者などいない。意味はない。
私は必死にその場から逃げようと手を、足を動かした。
しかし、すぐさまその細い腕に押さえつけられ身動きを封じられた。
「や……ぁ……、やぁ……」
「はぁ、はぁ、少し泥臭いけど柔らかいな。あぁ、さすが畜生だぜ。短いけど尻尾も生えてる。ふひ、こっちはどうなんだ?」
「ひぁ、い……やぁ……さわら……ない……で……」
「ん? 少し声が出るようになってきたか? か細くていい声だ。そそるなぁ。ん? その表情……ここか?」
「ひっ!」
指が肌を撫でる。
その指が蠢いて、悪寒が全身を駆け巡る。
体も心も全力で拒否しているのに、抗えない、力が足りない。
そして、どうにも出来ないまま時間が過ぎ、どのくらい経っただろうか?
全身からぬちゃっとした嫌な感触が感じられる。
その不快感は止むことがなく。
私には抗う術もない。
そんな絶望を感じていた時、男が徐に私から手を放し、何やら私の下腹部に顔をうずめ始めた。
相変わらずの不快感に意図せず声が出る。
その時ふと隣を見ると、そこにはお母さんの死体が転がっていた。
その手元にはどうにか抗おうとしたのか小ぶりなナイフが転がっていた。
私はあの時、一体何を考えていたのか。
多分、この状況から解放されたい。
その一心で腕を伸ばし、気が付くと目の前の男の脇腹にナイフを突き刺していた。
「ひぁ、が……! 何しやが、このガキ……! あ、ああああああああ! 俺の、血ぃ! 血、血がぁ!」
夢中で私をまさぐっていたその痩せぎすの男は飛び起きると脇腹に手を当て、そこから噴き出す血を見て顔を歪めた。
何だろう?
さっきまでは凄く臭かったのに、なんだか良い匂いがしてきた。
「ひ、ひぃ、来るな。来るなぁ!」
どうしたのか。
男は座ったままずりずりと後ろに下がっていく。
私がそれを見て立ち上がり近付くと、さらにその顔を歪めていった。
「ば、化け物、やっぱり、化け物だったんだ……。おい、おいいいぃ! お前ら! たす、助け!」
気が付くと男に突き刺したはずの小ぶりなナイフが手に握られていた。
あれ? こんなに赤かったかな?
なんだか、この男が顔を歪めているのを見ると襲ってくる絶望感が少し和らいだ。
もう全身汚れ切ってしまったけれど、目の前の男の表情を見ているとなんだか自分だけが不幸なんじゃないって、そんな気がした。
お父さんもお母さんも死んでしまった。
幸せな普通の生活、それがもう戻ってこないのは子供ながらになんとなく分かる。
だけど、お母さんは幸せに生きなさいと言っていた。
だから私は幸せに生きないといけない。幸せになろうとしないといけない。
つまり私は……普通じゃないといけないんだ。
だけど……普通って何? ありふれた? 当たり前? ……分からないよ。
……普通だったはずの、あの生活にはもう戻れない。
じゃあ、私はもう普通にはなれないの?
……分からない、分からないけれど、普通になれればきっと私は幸せになれる。
だって、お母さんは普通な事は幸せな事だと言っていた。
私は不幸じゃいけない、普通であろうとしないといけないんだ。
「ありふれた、当たり前……そうだよ。私は不幸じゃ駄目なんだ。私が知らないだけで、きっとこんなのはよくある事なんだ。平穏な時間は突然壊れるもので、こんな風に絶望するのも当たり前の事なんだ。だから、私のこの気持ちも普通な事なんだよね?」
「こいつ……な、何を言って……」
「そうじゃないとおかしいよね。うん、うん、きっとそう。絶対そう。あは、あはははははは! その顔、もう一回刺せばもっと見せてくれる?」
普通を見つけた私は笑ってナイフを構えたのだった。
リリアのキャラクター故の重たい過去。
悪意に晒されたが故に、願いとは裏腹な方向に一歩を踏み出してしまいます。
次回、「願いの呪縛-3」もう少し続きます。




