6-39 願いの呪縛-1
「幸せな事が一番、あなたは幸せに生きるのよ」
それがお母さんの口癖だった。
幸せって何? って聞いたら、普通でいられることかなと言っていた。
生きていれば辛いこともあるけれど。
普通でいられるように努力するのが大切なんだって。
普通って、どうだったら普通なの?
今の生活は普通じゃないの?
そうやって聞くと、お母さんは少し困ったような表情をして言った。
「言葉にしようと思うと……うーん、ありふれた……当たり前の……生活? 難しいけどそんな感じかしら」
そんなお母さんを見てお父さんは十分幸せだよと言って笑っていた。
結局何が普通なのかはよく分からなかったけれど、あの生活は幸せな時間だったんだ。
だからきっと、私は普通な生活を送っていたし、そんな時間が私は好きだった。
でも私が十五歳のある日、突然にその時はやって来た。
「な、何? どうして、どうしてこんなことをするの? お父さん、お母さん……? いや、いやぁああああ!!」
ランプの光が仄かに照らす、山奥にあった木製の家。
私の目の前に転がるのは体から大量の血を流して倒れているお父さんとお母さんの姿。
そして、手に持った斧で二人を切りつけた三人組の男達だった。
その男達はずかずかと家の中に入って来ると、縋るようにお母さんの体に抱き着いていた私の髪を掴み、もう動くことのないそれから引き剝がした。
「痛い! 痛い!」
「はっ! どうしてこんなことをするのかって言ったか? ガキ。決まってんだろ。こいつ等が化け物で、お前みたいな混ざりものの怪物を育ててたからだよ。ったく、洞窟に引き籠っているから見逃されていただけの畜生が、血を吸うなんていう噂の怪物とのガキをこさえてるなんてよ。反吐が出るぜ」
その男が何を言っているのか分からなかった。
でも、こいつ等の事はお母さんから聞いた事がある。
山の麓に住んでいるっていう人間だ。
お母さんは危険だからこいつ等に会ったら逃げろって言ってた。
逃げなきゃ……逃げなきゃ!
「離して! 離しっ……!」
「うるせぇ! 喚くんじゃねぇ! このクソガキが!」
「痛い! お母さん! お父さん!」
叩かれた頬がジンジンと痛む。
助けを求めるが倒れた二人はピクリとも動かない。
そのまま叫んでいると何度も何度も叩かれた。
痛みで頭がぼーっとして来た。
声ももう満足に出せない。
その間もお母さんとお父さんは動かなかった。
何も知らなかった私にもさすがに分かった。
二人は死んでしまったのだ。
その事実に、襲い来る痛みに、涙が溢れた。
「ちっ、やっと大人しくなったか。さて、こいつどうするよ? 怪物とはいえ、腕の下に付いてるこの膜以外は見た目も悪くねぇ。珍しい物好きの好事家なら買い手もつくか?」
「あぁ、そうだな。確か、少し離れた町に物好きなお貴族様がいたはずだぜ。畜生はともかく、血を吸う化け物は珍しいからな。大人の方は危ないから殺すしかなかったが……このガキでも十分珍しい。買ってくれるかもな」
「はん、その血を吸うってのがこのガキにも当てはまるかは分からねぇがな」
男達が何かを話している。
すると突然口の中に指を突っ込まれ、指で横に引っ張られた。
「もがっ……! あ、あぅ……」
「……でもまぁ、見た感じほら、一際尖った牙がある。少なくともこれは畜生共にはない特徴だ。最悪血は吸わなくても大丈夫だろ」
「おい、うかつに口に手を入れるんじゃねぇよ。その牙で怪我したらどうするんだ。変な病気をもらっても知らないからな」
「おっと、そいつはおっかねぇ。まぁいいや。今日はもう暗い。明日連れて行くとするか」
男はパッと指を引き抜くとそのまま私の頬を引っ叩いた。
痛いが、さっきまでと比べたらどうってことない痛みだった。
ひりひりと続く痛みの方がよっぽど痛い。
その時、ずっと黙っていた痩せぎすの男が声を上げた。
「……なぁ、怪物って言ってもこいつ見た目は悪くねぇ。売っぱらうならその前によ。味見、しねぇか?」
「はぁ? 物好きだなお前。俺はパスだ。変な病気もらっても知らねぇぞ」
「俺もパスだ。ったく、程々にしとけよ。おい、あっちで飯でも食ってようぜ。最近ご無沙汰だからな。こんなんでも聞けば気の毒だ」
「こんなんでも? お前も物好きだなぁ。俺は全くそんな気にはならねぇが……音を聞くのは気分が悪いな。そうするか……」
ようやく髪を掴んでいた手が開かれ、私は地面にそのまま崩れ落ちる。
すると痩せぎすの男が何やら息を荒げながら近寄って来た。
幸せでいて欲しい。
そんな願いを踏みにじるように魔の手が伸びる。
次回、「願いの呪縛-2」
読み飛ばし推奨です!
気分を害する可能性がある内容となっています。
出来る限り抑えめにはしたつもりですが……




