6-36 零れ落ちた想いは刀を濡らして
「ジェルドー……本当に行ってしまうのですか?」
数少ない他惑星への定期便。
ジェルドーはそれに乗ってしばらく惑星外へと武者修行に出る事を決めた。
そして、今日は定期便の出立日。
発着場には綺麗なドレス姿をした姫様とその護衛という名目で付いてきた近衛四天将の面々がいた。
「あぁ、もう決めたことだからなぁ。ここの所、天使族共はどういうわけか突っかかってきやがるし、その所為で争いが増えて来てるだろ。このままじゃ、いつ本格的な戦争に発展するかも分かりゃしねぇ。それに加えて、悪魔族の王は最近体調不良が増えてきていやがる。言いたかねぇが、姫様。あんたへの代替わりもそう遠くないだろうぜぇ」
俺の言葉に表情を曇らせ俯く姫様。
姫様は馬鹿ではない。
今のデモフィリアの危うい現状を理解しているはずだ。
それを理解したうえで、姫様は顔を上げて訴えかけるような瞳で俺を見つめた。
「それは分かっています。でも、そんな状況だからこそ、ジェルドーにいて頂けると安心出来るのですが……」
「グラシオン様……カルム様の言う通りです。グラシオン様がいれば、天使族など取るに足りません。何なら、私もいますし、微力ながらアトレ、アクタ、アロンジャもいます。今一度、考え直してはどうですか?」
「……シュヴェア。お前は俺を過大評価している節があるなぁ。確かに俺は悪魔族の中でも王の次には強ぇ自信がある。だが、天使族の連中は弱くねぇぞ。正直なところ全面戦争になれば勝てるとは言い切れねぇなぁ。だから、俺はもっと強くならねぇといけねぇんだよ」
俺の頑なな言葉にいつも落ち着いて余裕のある表情をしているシュヴェアが表情を険しくする。
こいつはどうも俺に執着している所があるからなぁ。
他所に行かせたくはないんだろう。
そう考えていると、今度はアトレとアクタが前に一歩踏み出した。
相変わらずおかしな恰好をしているが……、はは、もう見慣れちまったなぁ。
「でもでも、グラシオン将軍が強くなるために外に出る必要はないでしょ? それこそ僕達だって将軍からもっと教わりたいし、強くなれば力になれるよ!」
「私も……もっと強くなるよ? 能力も使いこなせるようになってきたし……」
「……駄目だなぁ。ここにいても俺はこれ以上強くはなれねぇ。何と言っても、俺はデモフィリアで最優の騎士だからなぁ」
二人の言葉でも靡かなかった俺を見て、後ろで険しい表情をしていたアロンジャが諦めたように溜め息を吐いた。
「……皆さん。グラシオン将軍の決意は固いようです。それに、これで今生の別れというわけではありません。素直に送り出してあげた方がいいのではないですか?」
その言葉に若干険のある声色でシュヴェアが尋ねた。
「アロンジャ、貴方はグラシオン様が居なくてもいいと思っているのですか?」
「とんでもない! あなた方は近衛兵団の取り纏めが下手糞ですからね。私としてもこの後の事を考えるとなんとも頭が痛い! ……それを鑑みても、グラシオン将軍に強くなって頂くのは必要な事だと、私も考えているのです」
「……そういうわけだ。俺は必ずここに、デモフィリアに戻って来る。だからよぉ。お前等、俺の留守は任せたぞ」
俺がそう言うとしばらく沈黙が流れたが、俺が折れる事はないと悟ったのか意外なことにシュヴェアが真っ先に声を上げ、それを聞いてアロンジャが笑った。
「……仕方がありません。未来の伴侶の言う事ですもの。女の甲斐性を見せるとしましょう。ただ、帰って来ないなんてことになれば……その時は宇宙の果てにでもお迎えに上がります。うふふふふ……」
「ははははは、そうですね。帰って来ないとなれば私達の未来は明るくない。是が非でも探し出さなければいけません。なのでどうか、イジェレシアとの戦争が始まる前には必ず戻ってきて下さい。宜しく頼みますよ」
「僕は、僕はもう大人だから泣かないよ。でも、全然帰って来なかったら泣いちゃうかもしれないからさ。ちゃんと帰って来てよね。将軍!」
アトレは今にも泣きそうな感じであったが、体に力を込めて耐えているようだ。
プルプルと震えている。
「私は……将軍が戻ってくるまでにもっと、もっと強くなる……。相手が天使族でも……、他の星でも……、守ってみせるよ。将軍の帰る場所は絶対に……守るから」
アクタはいつになく決意の籠った強い眼差しを向けて来た。
アクタは内弁慶と言うか、慣れていない相手にはとことんおどおどとしてるからなぁ。不安も大きかったが、成長が感じられてよかったよ。
そして、最後に姫様が歩み寄ってきて目の前まで来ると俺の目を真正面から見つめた。
「……言いたいことは皆さんに言われてしまいましたが……一つだけ……」
そして突然、唇に柔らかい物が触れた。
あまりに突然の事に反射的に離れてしまいそうになるが、そうはさせまいと姫様に後頭部を腕で押さえられ、抱き着かれるような形になっていた。
「なっ! このっ……んんんんんんんーっ!!」
「はいはい、感動のシーンを邪魔しないでくださいね。触手は駄目ですよー」
それを見て血相を変えて飛び出そうとしたシュヴェアをアロンジャが押さえる。
無数に生えた触手も虚空から現れた刀が突き刺さって地面に縫い留められていた。
どうなるかが分かっていたかのような対応、流石と言うべきだろうなぁ。
姫様は照れたように頬を染めながらも、その頬に一筋の涙が流れた。
涙は姫様が持つ刀を濡らし……刀の先に集まると雫となって地面へと落ちた。
「待っていますから……これは餞別です。あなたなら、使いこなせますよね」
そう言って手渡されたのはデモフィリアの国宝、封印刀ケラディウス。
何でも、匠人族の刀神に依頼して打たれた業物だと言う話だ。
それに確か、王位継承の儀式に必要な物だったはずだよなぁ……。
「おい、これは姫様にこそ必要な物だろうがよぉ」
「えぇ、そうですね。これが無いと困ってしまいます」
そう言って姫様は笑って見せた。まったく、この姫様ときたら。
……ここまでされたら、帰って来ないと言う選択肢はあり得ないなぁ。
俺は必ず強くなって帰って来るぜぇ。
そう決意を新たにした俺は、刀を受け取ると守るべき皆に背を向けて定期便への一歩を踏み出した。
「あぁ、行って来る」
*****
……何が起きたぁ?
体が痛い……。
俺は、一体何をしている?
確か、俺は姫様と約束をして、デモフィリアを出て修業の旅をしていたはず……。
そうだ。
確か、吸い込まれそうなほど黒い瞳の子供に話しかけられて、それで……。
「あぁ!? くそっ!」
目の前で突然光った青い炎。
ジェルドーはそれを見るや、すぐさまその場から全力で離脱した。
背中を炎の熱に焼かれるが、大事はない。
全身は痛むが、まだ動く。
あぁ、あぁ、思い出したぜぇ。
どうしてそんな事を考えていたのかはさっぱり分からねぇが、俺はあの少年と少女を殺そうとして、何か|を目覚めさせてしまった。
くそ、何が何だか分からねぇが、俺は絶対に帰らなければならねぇ。
あいつ等の元に、カルムの元に!
「悪いがよぉ……逃げさせてもらうぜぇ!」
「ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイ、ユルサナイッ!!」
四方八方から伸びる鎖、突然空中に発生する氷の針玉、触れれば死ぬと言われずとも分かってしまう青炎の竜巻。
それらを尽く躱し、逸らし、受け流して出口を目指す。
「俺はまだ死ぬわけにはいかねぇんだよぉ! 俺は、俺は……!」
「シネ」
「……ぁ、があああああああああぁ!!」
全身から黒い霧を立ち昇らせる少女の形をした何かに頭を掴まれ、締め上げられる。
強烈な痛みに絶叫しながら、ジェルドーは指の間から見える赤く光る双眸に恐怖した。
死ぬ、死ぬのか。俺は、俺は……!
「ま、まだ、まだ死ねねぇんだよぉ!! ああああああああぁ!!」
目の前の何かは格が違う。全力で能力を使っても平然と動いていた奴だ。
だから、目の前の何かではなく自身に全力で重圧を掛けながら全身から炎を放出した。
これには流石に怯んだらしく頭を掴んでいた指が離れ、俺は地面に向かって高速で落下した。
「があぁっ! く、くはっ、離れるだけで、満身創痍かよぉ……」
奴から離れる事には成功したものの、自身の能力による速度を殺し切れず地面に激突してしまった所為で全身に激痛が走っている。
あぁ、これはもう逃げられねぇな。
そう思ったその時、ジェルドーは近くで自分を見ている二人の視線に気が付いたのだった。
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必ず帰ると誓った約束は、あまりにもあっさりと掌から零れ落ちた。
ジェルドーは例の少年から記憶操作と認識操作を受けていました。
それ故に、ジェルドー本来の強さはこれまで発揮されていなかったのですが、本来の強さをより戻して尚、暴走したフィアの方が強いんですね。
ちょっと圧倒的過ぎてホラーっぽくなっちゃいました。
勝ち目の見えない相手に追われるのって、本当に怖いですよね。
さて、次回「夢を断ち切りし者」お楽しみに!




