6-35 この触手少女の狂愛にご注意を
「あら、グラシオン様。こんな所にいらっしゃったのですね」
俺達、近衛兵師団の上役専用大浴場。
そこでジェルドーが体を洗っていると突然後ろから声が掛けられた。
正直驚いたのだが、そんな事は顔には出さない。
俺はこれでもこの国、王族を守る剣である近衛兵師団の将軍だからなぁ。
「……シュヴェアかぁ。この時間、ここは男湯になっているはずなんだがなぁ?」
「あら、そうだったでしょうか? でも、そんな事は関係ありません。私は遠くない未来、あなた様の伴侶になるのですから。少しくらい早くなっても問題ありません。そうでしょう?」
……いつも思ってたんだけどよぉ。
こいつは何を言っていやがるんだぁ?
俺は一言もこいつと将来を誓ったことはないんだけどよぉ。
どういうわけか、こいつの中では俺が未来の伴侶になってるんだよなぁ。
ジェルドーは何も言わずにスススっと肩まで湯の中に浸かる。
湯は入浴剤で濁っているため、浸かってしまえば何も見えはしない。
そのまま、後ろを振り返らないようにしながら尋ねる。
「前にも言った気がするんだがよぉ。俺はお前の伴侶になるつもりはねぇ。勝手に決めてんなよなぁ」
「あら、照れなくてもいいんですよ? 素直じゃありませんね……」
近くでトプッという音が響いた。
どうやらお湯の中に入ってきたようだ。
であれば俺と同様にお湯の濁りで見えないはず。
そう思って視線を向ける。
シュヴェアは改めて見ても綺麗な女だ。
身長は低めなわりに胸はデカいし……湯の中に入り切らずに浮いていやがる。
っと、部下に変な目線は向けちゃいけねぇなぁ。
……こいつは年齢の割に大人びてるから目の毒なんだよなぁ。
肩くらいまでの長さの紫がかった艶やかな髪が特徴的で、その外見は可愛らしいと言って相違ないがぁ。
ただ、性格がこれだからなぁ……。
こいつの伴侶になるのは遠慮したいところだぁ。
「そうです。私が体を隅々まで洗って差し上げましょう。ほら、私のこの能力も大分使いこなせるようになってきたのです。今なら、クッキーを割らずに持ち上げることだって難しくはありません……」
シュヴェアがそう言うと湯の中から無数の触手が顔を出した。
そう、こいつの能力は触手を生やすのだ。
あの一本一本がかなり強靭でその上大量に生やせるので戦闘では強いのだが、正直気持ち悪い。
触手の先端からトロ―ッと何かの粘液らしきものが垂れる。
駄目だぁ。体裁とかを気にしている場合じゃないなぁ。
どうにかしてこの場から逃げなければ、そんな事を考えた時、誰かが大浴場の中に入って来る気配があった。
「あら、無粋な誰かさんがいらしたみたいですね……?」
「はぁ、またあなたですか、シュヴェア。あなたがグラシオン将軍に好意を寄せているのは存じていますが、今ここは男湯です。規律はしっかりと守って頂きたい」
入って来たのは近衛四天将最後の一人、アロンジャ・ディスカリツだ。
こいつは俺達の中で一番しっかりしていやがるからなぁ。
なんだかんだで頼りになるぜぇ。
「そうは言いますが、貴方も必要ならば規律なんて守らないでしょう? 目的は何としてでも遂行する。この前も、シュロスト卿を密かに暗殺したのでしょう?」
「おや、まさかそのような事をご存じだとは、完璧にやり切ったと思ったのですが下手をうってしまいましたねぇ。それで、このことはご内密に頂けるのでしょうか?」
……そうなのかぁ?
あのおっさん、確かに突然死んだとは思っていたが……。
まぁ、黒い噂の絶えない奴だったからなぁ……。
あれ? とはいえ俺の周りってよぉ。
もしかして、まともな奴が一人もいないのかぁ?
「あー、俺は何も聞いちゃいねぇよ。難しいことはさっぱりだからなぁ」
「……グラシオン様がそう仰るのでしたら私から言う事は何もありません。……残念ですが、イチャイチャ出来るような雰囲気ではなくなってしまいました。今日の所は引き上げるとしましょう」
そう言うと、ちゃぷっという音を響かせながらシュヴェアが立ち上がり、ひたひたと歩いて外に出て行った。それと入れ替わるようにしてアロンジャが湯の中に入って来る。
「すまねぇなぁ。助かったぜぇ」
「いえいえ、将軍様も気苦労が絶えませんね。シュヴェアも、アトレも、アクタも、確かに強いですが、皆を率いるのに向いているとはとても思えません。結果として、私や将軍に負担が集中している。本当、女性陣はどうにかしてもらいたいものですね」
「あぁ、確かに今はそうだが……。シュヴェアはともかく、アトレとアクタはこれからだろうがよぉ。あいつらはまだまだ子供だからなぁ。しっかり教え込んでやればどうにかなるだろ」
「ふふふ、子供が上役だなんて、近衛兵師団も末期なのですかね?」
「そう思うなら、他の連中をあいつ等よりも強く育てる事だなぁ。お前の部下達も良い線いってるんだろうがよぉ」
「耳の痛い話ですが、どうも彼女達には敵いそうもありませんね。なんだかんだ言っても彼女達は強いですから……いいでしょう。私も将軍に賛同します。二人をしっかりと育てて、国の癌は排斥して、デモフィリアをよりよくしていくとしましょう」
「あぁ、そうだなぁ。……俺はもう出る。ゆっくりしていけよぉ」
「えぇ、それはもう。あ、でも気を付けられますよう。恐らく……あぁ、もう行ってしまいましたか」
「……はぁ? ちょっ、おまっ、何して! おいいいいいいぃ!?」
その後、脱衣所に待機していたシュヴェアにジェルドーの悲鳴が響き渡ったのだった。
うーん、ジェルドーの回想は作者としては、ちょっと感動出来るような方向に持っていきたかったのですが、いかんせん悪魔族勢のキャラが濃すぎて、コメディ風味になってしまいました。
ジェルドーさん、あんたどこのラノベの主人公ですか?
それでは次回、「零れ落ちた想いは刀を濡らして」
色々考えましたが、この回のタイトルはこれが相応しい。




