6-33 この悪魔近衛兵に一輪の花を
「あら、ジェルドー様。今日も鍛錬をされているのですか?」
突然後ろから掛けられた声に素振りをしていた手を止めて声のした方向を見ると、そこにはいかにも高級そうな質の良い服に身を包み、雰囲気は大人びているもののどこかあどけない表情を浮かべた少女が立っていた。
「……あぁ、誰かと思えば姫様ですか。俺みたいな平民上がりの無礼者に何の用ですかぁ?」
「もう、姫様なんて堅苦しいです。あなたと私の仲ではありませんか。誰も見ていませんし、カルムと呼んで頂いていいんですよ?」
ゆっくりとこちらに歩きながら優しく微笑む少女。
まるで恋人であるかのような口ぶりだが、俺と姫様の関係は主君と兵隊。
それ以上でもそれ以下でもない。
「……そんな風に言われるような関係じゃなかったはずですけどねぇ? 俺はあんた達王族の近衛兵の一人に過ぎねぇ……です。俺みたいな荒くれ者を特別扱いしてるとよぉ。姫様の評判も下がるってもんじゃねぇですか?」
「うふふ、私の事を気にかけて下さっているんですか? でも大丈夫ですよ。私はそんな事は気にしません。それに、あなたはただ仕事をしているだけかもしれませんが、私はもう何回もあなたに助けられているんです。だから私はあなたに恩義を感じています。ほら、誰も見ていない時くらい立場を忘れて気軽に話してもいいと思いませんか?」
この姫様は王族だがまだ若い。
どうやら王族としての自覚が足りていないみたいだなぁ。
俺はたまたま近衛兵長に拾ってもらったから兵隊をしているだけの幸運なだけの男で、他の近衛兵やお偉方からの評判はすこぶる悪い。
その上、敬語も上手く使えねぇし粗暴だからなぁ。
平民出身だってのに平民からの評判も悪いんだぞぉ?
ったく、誰かに見られて変な噂でも立てられた日には近衛兵達だけでなく、最悪民達からも不興を買うとどうして分からないんだぁ?
「……姫様を助ける事くらい、他の兵だってやってるだろぉ……です。それに、あんたの言う通り仕事だからやってるだけだ。俺は別にあんたと仲良くしたいわけじゃねぇ……です。もし他の兵達に馴染めてない俺を憐れんでいるんなら、お門違いって奴だなぁ……です。俺はそんなこと何とも思ってないからよぉ。ほら、こんな所で油を売ってないで、早く帰った方がいいぞぉ……です」
「ふふ、その取って付けたような話し方、いつ聞いてもなんだか面白いですね。無理しているのが丸分かりです。でも、そうですね。私があなたに話しかけるのは憐れみというわけではありませんが、もう少し周りと上手くやって欲しいとは思っていますよ? 時々ジェルドー様の鍛錬は見させて頂いていますが、私は素振りばかりでは強くなるのは難しいと思うのです。やっぱり、他の兵達との稽古もした方がいいと思いますよ」
「……見てたのか。姫様も人が悪いなぁ……です。でも、余計なお世話だぁ。俺はこれまでもよぉ。こうして強くなって、近衛兵にまでなったんだからよぉ……です」
「もう! いけませんよ! ジェルドー様が人一倍……いえ、二倍も三倍も努力されていることを私は知っています。ですが、努力の方法が間違っていては他の兵士達よりも強くなることは出来ませんよ? 近衛兵長が言っていました。ジェルドー様は愚直に頑張れる人ですが、技術が足りていないと。素振りを頑張っていらっしゃいますので振りの切れはいいし、力も皆さんよりもあります。なのに、兵士同士の稽古をあまりしないから対人戦に慣れておらず、なかなか模擬戦でも勝てていないのだと。ジェルドー様のこれまでの努力は決して無駄ではありません。近衛兵長もそれを認めて下さっていました。なので、あと一歩を踏み出してみませんか? 私も応援しますので!」
憐れみじゃなくて、あくまで俺のためだってかぁ?
ちっ、まったくこの姫様は。
それにしても、近衛兵長……親父がそんな事を言ってるなんてなぁ。
直接言えってんだよなぁ、ったく。
「……ちっ、聞き分けのねぇ姫様だなぁ。分かった。やってやるよぉ。姫様は危なっかしいからなぁ。もっと強くならないと守れなさそうだぁ……です」
「わ、私がドジなのは申し訳ないと思っていますよ。本当に……。あ、そうでした。えっと、これをどうぞ」
そう言って姫様が何かを差し出してきた。
「ん? 何だぁ? これ。この花は……」
「はい、その花はいつもジェルドー様が見ていらっしゃったものですよね? 枯れてしまいそうになっていましたが、何とか頑張ってお世話をしたら立ち直って下さいました。だから、これはジェルドー様に差し上げます。折れそうになってもめげない様に、この花みたいに頑張って欲しいんです」
俺がこの花を見ていた事、バレていたのかぁ?
それにしても、枯れそうになってたからって何でこの花を……。
ん? ちょっと待てよ?
「……そういえば、姫様は物の記憶を見れるんだったかぁ」
「あ、不快にさせてしまったでしょうか? 偶然枯れてしまいそうなその花に触れた時、悲しそうに見つめていらっしゃるジェルドー様のお顔が見えたので、何とかしてあげたいなと思いまして。すみません、勝手にプライベートな時間を覗かれるのはお嫌でしたよね」
なるほどなぁ。
俺がこの花を見ている記憶を見たわけかぁ。
それは少し恥ずかしいが、でも……。
「いや、いい……です。姫様のそれはよぉ、物に込められた誰かの想いってやつを見られる。そういうものだろ? だからこそ、王族の立場でもあんたは人の思いやりを人一倍知ってるよなぁ。それは、間違いなく良い事だろぉ。……ありがとう。この花、ありがたく受け取るぜぇ……です」
俺がそう言うと、姫様は嬉しそうに顔を赤らめながら頬を緩めた。
「じゃ、じゃあ頑張って下さいね? 逃げたら駄目ですよ? ジェルドー様!」
「……本当、変わった姫様だなぁ」
悪役にも過去がある。
ジェルドー周りの過去話をもう数話続けていきますので、どうぞお付き合い下さいませ!
次回、「この自覚なきコスプレ少女に拳骨を」
えぇ、はい。某有名作品のタイトルをもじっています。




