6-32 深紅の双眸
フィアは目の前で自身の大切な人が切られるのを見た。
その瞬間、フィアの頭の中は真っ白になり、縋りつくように言葉を漏らしていた。
「……あ……雷人? 嘘、よね? 嘘、嘘よ。こんなの。だって、雷人はどんなにぎりぎりの時だって、最後には何とかしてきたじゃないの。だから、今回だって……だって……」
絶対なんてありえない。
むしろこれまで大丈夫だったことの方が奇跡だったんだ。
そんな、口から漏れる言葉とは裏腹な言葉が頭を過る。
だが同時に、違う、雷人はまだ大丈夫なはずだという正反対の言葉が真っ白だった頭を埋め尽くしていく。
自身を襲っていた重圧が消えたことにも気付かないままに、少女はひょこひょことした足取りで少年のもとに向かう。
そして、崩れ落ちるように座り込んだ少女は肩から切り裂かれて力なく垂れているその手を両手で包み、虚ろな目をした少年の顔を覗き込む。
何かを言いたげだが、ひゅーひゅーという空気の音が響くばかりで何を言いたいのかはさっぱり分からない。
「雷人、雷人ぉ。ねぇ、返事しなさいよ。まだ私言ってないじゃない。返事してないじゃない。死ぬのは絶対に許さないって、言ったじゃない……。まだ、まだよ。まだ死なせないんだから、応急手当、応急手当、応急手当、応急手当!」
段々と雷人の体が冷たくなっていくのを感じる。
それは命が失われていっているという事。
私の応急手当じゃ間に合わない。
それが分かっていても、その手は止められなかった。
「応急手当、応急手当、応急手当、応急手当、応急手当……雷人、雷人、雷……あ、あぁ、ああああああああぁ!」
でも、雷人の握り返してくる力はどんどん弱くなっていき、それは雷人の死をありありと私に叩きつけた。
すると、どういうわけか心の奥底から何かが溢れて来た。
そして、パリンッという小さな音が耳もとで響く。
それと同時に頭を言葉が、感情が埋め尽くしていく。
憎い、恨めしい、悲しい、辛い、死にたい、殺してやる、許さない。
そして内側にあった何かが爆発的に広がり、私の意識を埋め尽くした。
*****
「な、なんだぁ? これは……!」
突如として少年に縋りつくようにしていた少女から噴き出した謎の黒い霧。
それはジェルドーに本能的な嫌悪感を与えた。
あれが何かは全く分からないのに、あれは危険だ、逃げろと本能が警笛を鳴らしている。
どういう事だ? 何が起きた?
もはや負ける可能性など微塵も無く、後はこいつをそこに倒れているガキと同じように切り捨てるだけだったはずだ。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァ!!」
「何……が!?」
その時、不意に少女が言葉にならない叫びを止め、スッと顔を上げた。
ジェルドーはその顔を見た途端に体が震え始めた。
この世の物とは思えない生理的な嫌悪感を叩きつけてくる黒い霧を体から立ち上らせ、その瞳を真っ赤に染めた少女。
その、ただ見るだけで恐怖を与えてくる深紅の双眸がこちらを見ていた。
「く、くそ、何だよ。何だってんだよぉ! その目をこっちに向けるなぁ!」
もはや戦いなどどうでもいい、強さの証明なんていらない。
ただ、目の前の悍ましい何かを取り除きたくて、ジェルドーは全力で能力を使っていた。
広範囲に放ついつものそれではない。
一点に集中させた、文字通りジェルドーの全力の重圧だ。
これまでこれを食らって立てた者は一人もいない。
それどころかその全員が骨が砕け、血を噴き出して死んだほどの重圧だ。
これで、この女は死ぬ。
その目は俺に向けられな……い……?
「……ど、どういうことだ。どうして、どうして立っていられるんだぁ!?」
誰もを地に伏せさせ、体を粉々にしたその重圧を受けて尚、その少女は何も起きてないかのように平然と立ってこちらを見つめていた。
そして、その口がゆっくりと開かれる。
「ユル……サナイ。オマエ……ダケハッ……!」
「なっ、くそっ! ば、化け物がぁ!」
もはや勝ち目はない。
そう悟ったジェルドーは悔しさを感じながらも、それを遥かに上回る恐怖に背中を押され、わき目もふらずに走り出す。
そして翼を広げて空を飛び、まともに食らえば即死であろう一撃を数度防ぎ、受け流しながら出口を目指す。
そして、その広大な空間の出口に辿り着くというその瞬間、僅か数センチ、その距離に突然赤色に輝く双眸が現れた。
瞬間移動したのかと思うほどの速さ。
全く見えなかった。
ジェルドーは反射的に頭を後ろに逃がすように仰け反り、少しでもその悍ましい双眸から離れようとするが、逃れられるはずも無かった。
「ひぃ! ごっぁっ!」
そして、意識は闇の中へと消えた。
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突然のホラー展開? 失礼します!
フィアが暴走状態に陥り、ジェルドーを追い詰めていますね。
というわけで、次回は走馬灯的ジェルドーの過去回です。
次回、「悪魔将軍に一輪の花を」、お楽しみに!




