6-29 最速のヒーロー・イン・ドリームワールド-3
驚愕の表情で固まるシルフェ、ようやく体を起こすも放心したように動かないリリア。
慣れているとばかりに仁王立ちで阿門が立つ中、恐らく先程の女性、夢姫とかいう女性が説明を始めた。
「二人とも初めまして、私は水瀬夢姫。阿門ちゃんの幼馴染で特殊治安部隊は七剣聖の一人よ。あっ、七剣聖って言っても六人しかいないのは秘密ね?」
いや、じゃあ何で言ったの? という言葉をシルフェは飲み込んだ。
そう、シルフェは大人になったのだ。
きっと、この星に来た頃のシルフェなら言っていただろう。
でも、そんな事で話の腰を折りたくない。
今はとにかく説明が欲しかったのだ。
「それでここの事なんだけど、実はここは夢の世界なの!」
「あ、はは? あんた何言ってるの? いやでも、え?」
さっきまでの恐ろしい彼女はどこへやら、理解の及ばない状況にようやく共感を抱けたシルフェはリリアにどことなく親近感を抱き始めていた。
うんうん、よく分からないよね。
ナニコレ?
「ここは私の能力、夢姫の楽園によって出来た夢の世界よ。この世界は私の思った通りに作り替わるわ。そこの蝙蝠さん」
「……あ、私の事?」
「そうよ。あなたは能力でくらぁい世界を作ろうとしてるわね? でも、私は暗い世界は嫌いなの」
「……それはつまり、あんたが干渉して私の世界を、闇を取り除こうとしてるってわけ?」
「多分そういうことね。私の夢世界は他人の能力も弱められるし、動きだって阻害出来るみたいなの。あ、阿門ちゃんの能力は私が強化してるから、阿門ちゃんが光っている限りあなたの闇は意味がなさそうね」
「はっはっは! 私の輝きは抑えられんという事だ!」
「そう、そう……私の世界はここにはないってわけ? その上、私は常に動きづらいと……ふふ、うふふ、あはははははは! 説明ご苦労様。だったらそれでいいわ! 妨害だろうが何だろうが関係ない! 真正面から切り裂いてあげる!」
疑問符が頭を飛び交ってたけど、今の話で状況はなんとなく把握出来た。
それじゃあ後はこの二人を守りながらリリアを倒せばいいってことだね!
「二人とも! 私はホーリークレイドルのシルフェ! 助けてくれてありがとう! 私も加勢するよ!」
「うむ、それは心強い。夢姫は直接戦闘は苦手なのでな。安全な場所に避難していてくれ」
「うん、分かったわ。気を付けてね阿門ちゃん。それとそっちの子もね」
「さて、そこな女よ。私の動きに付いて来られるかな?」
「あは! 何が付いて来られるかなよ。田舎の星の自警団風情が! 私を捉えられると思ってるんじゃないわよ! あたしは宇宙中を混乱に陥れた史上最悪の殺人鬼! 蝙蝠吸血族のリリア・ニュクテリスよ! 妨害されてたってたった三人くらい! 八つ裂きにしてやろうじゃないの!」
叫ぶと同時、これまでにないほどの速さで迫るリリア。
速い! やっぱりさっきまでは本気じゃなかったんだ!
でも、見えるならさっきよりもずっとマシ! 私だってやってやるんだからね!
「行くよ!」
「韋駄天!」
全力で駆けだした瞬間、シルフェは自身の体に異変を感じ取った。
体が軽い? もしかして、これって身体強化の感覚ってやつかな?
でも体は思い通りに動く。これってもしかして夢姫さんの強化が私にも? これなら!
「はぁっ!」
「ぐぬぅ、ああああああぁ!」
言うまでもなく絶好調な体。
イメージ通りに寸分の狂いもなく体が動く。
その感覚は心地よく、両手に握った天剣がリリアの持つ短剣を叩く。
ギリギリといった感じでリリアはそれを受け流すが、その表情には余裕は感じられない。
いける! そう思った次の瞬間。
上から降って来たヒーロースーツの男、阿門がリリアをそのまま踏み潰した。
「もらったぞ! このまま押し潰す!」
「がっ、あああああぁ! 舐めるなぁああああ!」
しかし、リリアはまるで腕立てでもするかのようにそのまま力づくで体を持ち上げるとくるりと体を回転させて上に乗っかっている阿門を殴り飛ばそうとする。
しかし、それはシルフェから見たら隙だらけだった。
今、リリアはきっと頭に血が上って阿門しか見えていない。
ここだ!
「りゃあっ!」
なんてことはないただの一閃。
しかし、それで充分だった。
阿門に攻撃を加えようとしていたその手が切断され、血を撒き散らしながら宙を舞った。
「あ、ああああああぁぁぁ! 私の、腕があぁ! ……あ、あはははははは! どいつもこいつも……死になさいよ!」
その時、宙に舞った鮮血がぐにゃりと形を変えていくのが見えた。
あ、しまった。
私はともかく、阿門はリリアの血液操作を知らない。
このままじゃやられる!
これは私の失態。
私は知っていたのに、不用心に腕を切った。
だからこれは、私が止めないと!
「間に合えええええぇ!」
叫びに呼応するように、髪が急速に伸びる。
そして、シルフェ自身を、阿門を包み込んだ。
次の瞬間、宙を舞う大量の血液が全方位を貫くように爆ぜた。
しかし、それらはシルフェの守りを貫くことが出来ずに止まった。
「なるほど、血液操作か。ならばこれでどうだ!」
瞬間、雷の如き轟音が響く。
いや、それは正しく雷だった。
突如として放たれた電流は、一瞬でトゲトゲボールの様になった血の塊を蒸発させると、シルフェの髪を半分近くも一緒に焼き尽くした。
「あちっ! あちっ!」
「あ、すまない! 君の髪を焼いてしまった!」
「だ、大丈夫! それよりも、前!」
「ぬ? うおっ!」
リリアが血で作り出した腕と残った腕で体を支え、足を突きさすように振るっていた。
それを阿門が紙一重で躱すと、リリアはそのままの勢いで跳ねるようにして跳び起きた。
その表情は酷いもので、痛みに耐えているのか苦悶の表情を浮かべていた。
「ふむ、夢姫の世界でここまでやるとは、君はとんでもない逸材だな。夢姫の助力が無ければ私に勝ちはなかっただろう。その力は尊敬に値する。だがその技、それは人殺しの技であり、自身を傷つける技。とてもではないが褒められたものではないな」
「は、はは、何よ? 私にお説教? この星は良いわよね。ぬくぬくと幸せに育って、何もしなくたっておいしい物を食べて寝られるような環境が揃ってる。そんな、そんな恵まれた連中に、私を叱る権利なんてないのよ! ふ、うふふふふ。いいわ、やってやろうじゃないの。今だから出来る最っ高の一撃をお見舞いしてあげるわ!」
「ふむ、何やら辛い過去があったようだが……自身が辛いからといって他人も不幸にしようというのはよろしくないな」
「そうだよ! やってやり返されてじゃいつまで経っても終わらないんだから!」
「……正論なんて聞き飽きたわ。そんなものじゃ私は止まれない。この憎悪を、この恨みを、あの快楽で塗り潰すの! 苦痛を! 絶望を! もっと! もっと!」
「え? な、何それ?」
「いかん、そのままでは死ぬぞ! いいのか!」
血液がどんどんと垂れ流され、みるみるうちに干からびたようになっていくリリア。
なぜその状態で生きているのか分からないそれは、そんな状態でも笑っていた。
悍ましいというのがふさわしいその光景は再びシルフェの心に恐怖を与え、一瞬、僅かな時間であったがその体の動きを完全に停止させた。
そして……、
「恐怖しなさい! ブラッディ・デスペラード!」
そして、周囲一帯は血槍で埋め尽くされたのだ。
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また個性的な二人組が現れました。
水瀬夢姫が夢の世界へ引きずり込んで場を整え、韋駄天阿門が敵を仕留める。
ふざけているようで、なかなか強力なコンビです。
それにしても、ヒーロースーツですよ、ヒーロースーツ。
ここまでヒーローだのなんだのと言ってきましたが、ヒーロースーツを着ているようなキャラは出てきませんでしたからね。一人くらいはいてもいいでしょう。
実際、韋駄天阿門は本当にヒーロー向きの性格ですしね。
何だかネタキャラみたいに見えますが、作者的には雷人がフィア達と出会わなかったIFストーリーがあったとすれば、目指すヒーローとしてのスタンスが一番近かったのかなと思ったりしています。
さて、どこもかしこも盛り上がってきましたが今度はフォレオ側の話になります。
それでは次回「氷炎集いて世界は歪む-1」
お楽しみに!




