5-58 夢の記憶を心に刻み、色付く世界への一歩を踏み出せ 2
エメラルドグリーンに輝く海の中を俺達は進んでいる。
窓から上を見上げれば太陽(実際には違う恒星だろうが)の光が海の中をキラキラと輝かせている。
周りには見たことのない魚達が悠々と泳ぎ回っており、本当に綺麗としか言いようのない光景だった。こんな機会でもなければ、きっと一生見る事のなかった光景だろう。
「見て見て! あっちのはスターライトフィッシュ! 星形の模様がキラキラと輝いてるわ! 夜に見られたらきっともっと綺麗だったでしょうね! あ、あっちのはママンタよ! 大きな体だけど平べったいのが特徴的よね。穏やかな気性の生物で滅多なことでは襲ってこないって話よ! 一回くらいは一緒に泳いでみたいわねぇ」
「へぇ、そうなのか。フィアは魚にも詳しいんだな」
「え? こ、これくらい当然だわ! 楽しみ過ぎて予習して来たとか、そんなんじゃないんだから!」
そっか、そういえばこれってアトラクションなんだもんな。
ここの魚達もきっとここの園が飼育している魚に違いない。
ともすれば、事前に調べていればどんな魚がいるかも知っていて当然なのか。
それにしても、分かりやすい墓穴の掘り方だな。お約束、お約束。
「それじゃあ、あれとかは何なんだ? 随分と長い体をしているな」
「あ、あれはドラゴンフィッシュね。背びれが大きく立っててちょっとカッコいいわよね。顔も結構厳ついけど、主食は海藻らしいわよ? 意外よね」
「そうなのか。案外見かけによらないものなんだな」
「そうね。きっと外敵に襲われないためのものなんじゃないかしら? 基本的に大きなものってそれだけで威圧感があるものね」
そんな感じでフィアから説明を受けながら綺麗な海と特徴的な魚達を堪能していると突然窓の外が暗くなった。
船内は明かりが点いているので問題ないが、ちょっと驚いた。
「何だ? どうしたんだ?」
「これって……、やったわね雷人! 間に合ったみたいよ!」
「あ、もしかしてこれが、ゴールデンタイム……」
そう呟いた次の瞬間。
窓の外に光が溢れ始め、それと同時に船内がほの暗い明るさになっていく。
外に輝くのはゆらゆらと揺れる無数の星型の光。
スターライトフィッシュの群れだ。
そう、これこそが時間限定で見られる特別なもの。
終了時に通過する洞窟はスターライトフィッシュの餌場となっており、スターライトフィッシュの餌の時間だけ無数の星が煌めくというものだ。
この現象が見られる時間はあまり長くないので、こればかりは運が良かったと言わざるを得ない。周りを漂う無数の星の輝きは何とも綺麗で、ロマンチックな体験だった。
「綺麗……私、これを雷人と一緒に見られて良かったわ」
「……そうだな。俺も嬉しいよ。これは一生の思い出になる」
願わくば将来フィアと一緒にこの光景を思い出したいものだ。
……将来、そうだ!
「フィア、せっかくだし、この光景を映像に残そう。……と思ったけどカメラは持ってきてないんだよな。何かなかったかな?」
「映像……いいわね! それならちょうどいい物があるわよ」
そう言ってフィアが取り出したのは何やら青色の丸い結晶のようなものだった。
「……何これ?」
「記録結晶よ。綺麗だからお土産で買ってたの。一~二分程度の映像を記録して後で見ることが出来るわ。高い物じゃないしおまけみたいな機能ではあるんだけど、これでも十分よね。ほら、撮るわよ」
「わ、分かった。どうやって使うんだこれ?」
「えーっと、ここが押せるようになってて押したら周囲の映像を記録するわ。ほら、一、二の三!」
「ちょっ!」
前置きも無しにいきなりカウントダウンを始められ、慌てて止めようとするが時すでに遅し、フィアが録画のボタンを押してしまった。
こうなってしまえばもう仕方がない。
とりあえず何かを喋らないと!
「や、やぁ! 未来の俺達! 今日は惑星テオリアにある水の遊園地に来てるんだけど、今は遊覧潜水艦に乗ってるんだ! それで、ほら! 外には一杯のスターライトフィッシュが……」
「ふふっ、あはははは!」
「って、な、何だよ、フィア!」
「ふふ、うふふふ、ご、ごめんなさい。いきなり雷人がやぁ、とか普段しない喋り方を始めたからつい……」
堪えられないとばかりに腹を抱えて笑うフィア。
こっちは精一杯やってるんだから笑わないでもらいたい。
「ちょっ、いや、言いだしたのは俺だけど、こういうのは慣れてないって言うか」
「はー、ふー、……ふふ、別にそんなに肩肘張らなくてもいいのに、普通の私達で良いのよ。ほらほら、珍しい光景だから残したくなったのよ。これは本当に貴重な体験なのよ? ちゃんと覚えているかしら? でもまだまだ、これからもっともっと思い出を増やすはずだから、もしかしたらこの思い出も霞んじゃってるかもしれないわね」
「……そうだな。もっともっと色んな所に行って、色んな思い出を増やせたらいいな」
「あ、やっぱりちょっと尺が足りなかったかしら? そろそろ録画時間がギリギリみたいね。それじゃあ、またね!」
そう言ってフィアが結晶のボタンを押すと録画が終わったようで淡く光っていたのが消える。……それにしても、またね、か。
俺はいつまでフィアと一緒にいられるだろうか?
いつまでこうしていられるだろうか?
最後の時は、結構近くまで迫っているんじゃないのか?
迷宮で唯の話を聞いたからだろうか? そんな考えがふと頭を過る。
だったら、俺は……。
「フィア、あのさ……」
「ん? どうしたの?」
「……」
あの空ですら覚悟を決めようとしている。
俺も、気持ちを伝えるべきじゃないのか?
ちょうどスターライトフィッシュの光のおかげで船内はロマンチックな感じになっている。告白するには絶好の機会だろう。
そんな風に思ったのだが、いざ口にしようとすると言葉が出ない。
胸の鼓動が早く、大きくなるのを感じる。
顔が熱い。口の中だってからからだ。
想いを告げるっていうのは、こんなにも怖くて緊張するものだったのか。
拒絶されるのが怖い。
離れて行ってしまうのが怖い。
今の関係が壊れてしまうのが……怖い。
空は、シルフェは、こんな感情を乗り越えて言葉を口にしたのか。
あぁ、強いな。いや、俺が弱いのか?
「……ちょっと、本当にどうしたのよ?」
何も言わずにただ口をパクパクと動かす俺を不審そうに見上げるフィア。
それを見て、俺は咄嗟に手をブンブンと振っていた。
「いや! 何でもないんだ! ただ……そう。ちょっと名残惜しいなって思ってさ」
そんな、あり得そうな言い訳はすぐに口を出るのに、肝心な言葉は隠れたまま。
大丈夫。まだ、時間はあるはずだ。
もう少し、もう少しだけ、覚悟を決めるための時間を……。
そんな誰にともない言い訳がただ頭の中をぐるぐると回った。
すると、何を思ったのかフィアが一瞬だけニヤッとしてパッと後ろを向いた。
一体何かと思っていると突然フィアが語り始めた。
「そうね。今のこの時は夢のような時間。いつまでもこのままでって、そう思っちゃいそう。それでも、夢の時間はいつか終わるものだわ。普通の夢は目覚めると薄れて思い出せなくなっちゃうけど、それでも、この夢の記憶は絶対に壊れて消えたりなんかしない。だから、一緒に私達の世界に戻りましょ? あなたと一緒なら、夢の終わりだって全然怖くないわ。だってあなたと見る世界は、こんなにも鮮やかに色付いているんだから!」
適当に言った言い訳にそんな芝居がかった返事をされ、さっきまで考えていたことが吹っ飛んで呆然とする。
夢がどうこうは分かるが、世界が色付いてるとかいきなりどうしたんだ?
いや待て、何か既視感がある気が……、あ。
「それってもしかして……クレデビ劇場版のセリフか?」
「当たり! このラストシーンを飾った感動の名ゼリフ、一度くらいは言ってみたかったのよね。いやぁ、チャンスを見逃さないなんてさすが私よね」
「くふっ、はははははは!」
実にフィアらしい、そう思うと同時にうちから笑いが込み上げ、抑えられずに声を上げて笑った。今のはただのフィアのお茶目なセリフだったが、でもそうだな。
この夢はそう遠くない内に終わる。
でも、この夢の記憶は決してなくなりはしない。
それほどに、俺の心に鮮明に刻まれているのだ。
もし想いが届かなかったら多分、いや、間違いなく俺は凹むけれど、言わなかったら俺はそれ以上に後悔するはずだ。これは断言出来る。
だから、鮮やかに色付いてる世界に一歩を踏み出す勇気を……。
「ちょっ! 何よ! 笑わなくてもいいでしょ!? あ、もしかしてさっき私が笑った事の仕返しのつもり? あなた……」
「好きだ」
「ねぇ……へ?」
笑ったおかげだろうか?
さっきまでどうしたって出て来なかったその言葉は思いの外するっと出て来た。




