1-28 言ったじゃないですか
「待って下さい」
放課後、雷人と空が教室を出て帰ろうとしていると朝賀さんが声を掛けてきた。
「……朝賀さん」
「今から少し、付き合ってもらえませんか?」
「……分かった」
雷人と空は頷くと朝賀さんの後について空き教室に入った。
雷人は後ろ手にドアを閉めた。
なぜこんな事をするのかは聞くまでもない。当然ホーリークレイドルの件だろう。
フィアに連れていかれて、それっきりだったからな。
後回しにするのが良くない事なのは分かっている。
だが、どう話すべきか、雷人は未だに決めかねていた。
俺達が沈黙を貫く中、朝賀さんが深呼吸をしてから振り返った。
「あの後何があったのか、話してもらえませんか?」
朝賀さんはとても真剣な表情をしている。
本気で俺達のことを心配してくれているのだろう。優しい子だ。
しかし、だからこそ俺は彼女を巻き込みたくなかった。
「……何も無かったよ。あの日はちょっとおかしな子に絡まれただけで、今日疲れてたのは週末に空と二人で運動をしてたからだ。柄にもなく少しはしゃぎ過ぎたんだよ」
「そうそう、いやぁ年甲斐もなくはしゃいじゃったよ。あっ、何か今の言い方おじさんみたいだったかな? あはははは」
空も話を合わせてくれたが、やはり朝賀さんの顔は晴れない。
真剣に俺達を見つめるその瞳は、残念そうに伏せられた。
「二人とも、嘘が下手過ぎます。私を巻き込まないようにしてくれているんですよね? あの後、夕凪先生に聞いても何も教えてくれませんでしたし、あの異常な事態を見れば何か事件に巻き込まれた事くらいは分かりますよ……」
静寂が部屋に満ちる。空気が体を地面に強く押さえつけているかのような錯覚を覚える。
俺はそんな重たい口を気力を振り絞ってようやく開いた。
「だったら、分かるだろ? この件には深入りするべきじゃない。知り合ったばかりの俺達を気にして、危険に飛び込む必要なんてないんだよ。俺達はただの友達だ。学校で会えば楽しく話して、予定が合えば遊びに行く。学校の友達なんてそのぐらいの関係だ。だから、朝賀さんは関わるべきじゃないんだよ。……これからも友達として、仲良くしよう。嫌だったら、無視してくれても構わないからさ」
空は俯き、俺も朝賀さんの目を直視出来ずに視線を逸らす。
朝賀さんが小さな声で「どうしてですか」と言い、ゆっくり近付いて来た。
そのまま手を掴まれて息遣いが感じられるほどに顔を近づけられる。
「え、ちょっ」
突然の事に驚いた俺は一歩後ろに下がった。
こちらを真直ぐに見つめる彼女の目には涙が溜まっていた。
「成神君」
「は、はい」
「確かに私達は知り合って間もありません。普通なら距離を置くのかもしれません。でもっ……それでも私は友人になりました! 一般的な「友人」の事なんて、私は知りません。私は友人を見捨てるような、そんな事はしたくないんです。私は、そうありたくないんです……」
「朝賀さん……」
「……変な事を言っているのは分かっています。共に過ごした時間は一日にも満たない。何か特別な思い出がある訳でも無いのにこんな事を言うなんて、おかしいですよね? でも、それでも私は、この学校に来て初めて友人になったあなた達を、あなた達との関係を! そんな風に終わらせたくない! 大切にしたいと……思っているんです」
感情の籠ったその瞳、胸の前で組まれた手に力が籠められるのが分かる。
朝賀さんのその言葉、仕草、それらは雷人の心を強く揺さぶった。
「私は……危険から私を守ろうとしてくれる、そんな優しいあなた達から目を背けたくない。あなた達が危険な事に巻き込まれていると知りながら見ないふりをするような、そんな人間には……なりたくないんです」
その言葉に、その想いに、俺の頭の中に疑問の言葉が駆け巡る。
俺は朝賀さんをこの件に巻き込みたくないと思った。
だけどそれは、俺の勝手な願いだったのか?
俺がそうであったように、朝賀さんにも理想の自分があるんじゃないのか?
それを俺が勝手に決めてしまうのは、果たして正しい事なのか?
疑問に答えが出せないまま、雷人は沈黙を続けた。
朝賀さんの瞳が、涙で潤んだその瞳が俺を真っすぐに見つめた。
「……先週の金曜日、あの後、私がどれだけ心配したか分かりますか? 学校に来ても何も話してくれませんし……。何も知らないで待つのは嫌なんです。ひっぐ、危険な事に巻き込まれたのなら……私も一緒に巻き込んで下さい……。お願い、ですから」
俺は泣きながらも懸命に語る朝賀さんを呆然と見ていた。
今日一日どのように話すべきかを考えていたのだが、この展開は全く想像していなかった。
いやどうしたって想像なんか出来なかっただろう。
当たり前だ。俺は朝賀さんの事をよく知らないのだから。
しかし、ここまで俺達の事を考えてくれている。小さな関わりを大切にしたいと、そう言ってくれている。それを無視する事は本当に正しい事なのか?
……いや、そうだな。誠実に想いを口にしてくれたのだから、誠実に話すべきだろうな。
「……空」
空の方を見ると空もかなり驚いていたようだが、俺の言いたい事を察したのだろう。無言で頷いた。それを確認して一歩前に進み、朝賀さんの頬を伝う涙を拭った。
「分かったよ。そこまで俺達の事を考えてくれたんだな。だったら、誠実に答えるべきだよな」
素直に話すとは思っていなかったのか一瞬びっくりしていたようだったが、朝賀さんは優しく微笑んだ。
「ありがとう、ございます……」
その後三人で椅子に座り、あの後何があったのかを朝賀さんに話した。
やはりかなり驚いているようだったが、彼女は信じると、そう言ってくれた。
話し終わると外はもう夕暮れになっていた。
朝賀さんにはこれからどうするのかを一日考えてもらうことにした。
これは彼女の人生においても重大な決断になるはずだ。勢いで決めるべきじゃないだろう。
「んー」
空が両手を組んで、手の平を上に向けて伸びをする。
今日は色々な事があってちょっと長く感じた。
朝賀さんに話した事には責任を持つべきだと思うし、彼女の選択は尊重したい。
これから考えないといけない事がたくさんありそうだ。
でも、とりあえず次の襲撃に備えて訓練を怠らないようにしないとな。
「結構遅くなっちゃったし、そろそろ帰るか」
「そうだね。じゃあ朝賀さん、途中まで送っていくから一緒に帰ろうよ」
「ありがとうございます。私を心配してくれた事、私を信じて事情を話してくれた事、とても嬉しかったです。今夜はじっくりと考えてみようと思いますが、どうあったとしても私は二人の力になりたいと、そう思ってます。だから、これからも宜しくお願いしますね?」
朝賀さんは優しい笑みを浮かべ、そう言い切った。
それにしても朝賀さんはころころと印象が変わるな。
最初はしっかりしていると思ったけど、頑張っていただけで少し人見知りな子だった。
そして、慣れてきたかと思えば心に強い芯を持っていることが分かった。
まぁ変わった子ではあるが、良い子である事に間違いは無いだろう。
「あぁ、こちらこそよろしく」
「よろしくね!」
雷人は頭を触りながら答え、空は満面の笑みでそう返した。
「ところでなんですが。こうしてさらに仲良くなれた事ですし、二人の事を名前で呼んでもいいですか? 出来れば……私の事も名前で」
朝賀さんは顔を赤くして、もじもじした感じで聞いてくる。
多少気恥ずかしくはあるが、その申し出を断る理由などない。
「もちろんだよ、よろしくね。唯ちゃん」
「そうだな。少し気恥ずかしいけど、よろしくな。唯」
二人がそう答えると唯は少し恥ずかしそうに、はにかみながら答えた。
「はい、宜しくお願いします。空君、雷人君」
なんだか優しい空気が流れた気がした。
もうしばらくこうしていたい気もするが、そういうわけにもいかないだろう。
「このままだと遅くなる。そろそろ行くか」
そして歩き出そうとした時、腕時計型端末が振動して声が響いた。
「もしもし、雷人さん、空さん、聞こえますか?」
その声はシンシアさんのものだった。
彼女から連絡が入るってことは……。
「はい、聞こえます。何かあったんですか?」
「例の区画にホーリークレイドル管理外の転移ホールが開きました! 襲撃とみて間違いないと思います。転送しますが準備は大丈夫ですか?」
雷人と空は顔を見合わせて頷いた。
「大丈夫です。いつでも行けます!」
「オッケーです!」
「分かりました。それでは行きますね? 転送!」
シンシアさんの言葉と共に雷人と空の体が光に包まれる。
「唯、送れなくなって悪い、また明日……」
しかし、言い切る前に唯が抱き着いてきた。
突然の出来事に雷人は頭がパニックになる。
「は?」
「言ったじゃないですか。私も、巻き込んで下さいって」
「ちょっ!?」
次の瞬間には情けない声を残して光は消え、それと共に三人の姿も消え失せていた。
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