5-55 巨悪を封じる紫宝の光
「ふふ、ふふふふふ、あはははははは! やった、やったよ! 馬鹿な二人のおかげで結界は消えた! これでこの氷の城は僕のものだ! 出でよ、春解けの水! 邪魔な魔女共を押し流せぇ!」
「……なぁ唯、これって」
「えぇと、あはは、そういうことみたいですね」
春精霊の案内で悪い魔女から逃げるアトラクションだと思ってたのに、まさかの悪い春精霊に騙されて利用されるストーリーだったらしい。
魔女は持ち上げていた俺達を何やら透明な足場に下ろした。
うん、見えないし遊びなので能力も使ってないが、確かに下に見えない足場がある。
結構しっかりした足場だな。無駄に凝ってやがる。
「ってことは……」
「いっひっひっ! 騙されただけとはいえ、こうなったのはあんた達の所為でもあるからねぇ。あのくそ精霊を封印する手伝いをしてもらうよ!」
「やっぱりこっちが味方キャラかよ!」
「これは完全に予想外ですね。見た目で判断するなという教訓を学ばせる目的なんでしょうか?」
いや、絶対違うと思う。意表を突く事が目的だとは思うが、何で一般向けの脱出ゲームでこんな奇をてらった設定なんだよ! 分かるわけないだろ!
……いや、いうほど一般向けでもなかったかな。
と、今はそんな事はどうでもいい。こうなったら最後までストーリーに従ってやろうじゃないか!
「それで……魔女さんでいいのか? 俺達は何をすればいいんだ?」
「何でもやります! 任せて下さい!」
結構唯もノリノリだな。よし、流石にそんなに難しい事は要求しないだろうし、さっさとクリアしてやろうじゃないか。
「いっひっひっ! いい返事だねぇ。あのくそ精霊を二度とこんなことが出来ないようにするにはね。このクリスタルに封印する必要があるんだよ。あたしが動きを封じるから、あんた達はクリスタルをくそ精霊のケツにぶち込んでやりな!」
「け、ケツって」
「この魔女口悪いなっ!」
唯が顔を手で覆っていたのでクリスタルは俺が受け取った。女子にやらせることでもないしな。
「しかし、肝心の春精霊はどこに行ったんだ?」
相変わらず台座のあった場所から水は噴き出しているが、春精霊の姿はどこにも見えない。姿が見えなきゃケツにぶち込むも何もないんだが……。
そんな事を考えていると魔女が叫んだ。
「ひひっ! 来るよ、気をつけな!」
「来るって、まぁそうだよな!」
「きゃあっ!」
案の定というか、水が盛り上がったかと思うと巨大なクジラ跳び上がり、空中で尾を振り回すと部屋を形作っていた氷壁が次々と砕かれてより大きな部屋へと姿を変えた。
辺りには豪雨の様に水が降り注ぎ、尾の一振りに暴風が巻き起こる。
「おおおおおおおおぉ!? でっか! いや、クジラならこんなものなのか? よく分からん!」
「全長二十メートルくらいでしょうか? クジラは大きいものだと三十メートルは超えると言いますから、多分このくらいならおかしくないかと思います。でも、こんな近くで見るのは初めてです! 感動ですね!」
「解説ありがとう! 確かにこんなに近くで見る機会はないね! あって欲しくもなかった!」
「あははははは! 君達には感謝してるよ! おかげで僕はこの結界の中に入ることが出来た。そのお礼に、魔女もろとも殺してあげるね!」
「いや、だから物騒過ぎるって!」
「いっひっひっ! 来るよ! 衝撃に備えなぁ!」
春精霊こと空飛ぶクジラが尾を振り回すと水が津波の様に押し寄せる。
しかし、恐らく魔女の力で防がれ強烈な風と水飛沫だけが俺達に届いた。
「わぁ! 凄い迫力です!」
「4Dどころじゃないからな! よし、さっさと決めるぞ! 魔女さん、拘束は頼んだからな!」
「いっひっひっ! 任せな! しくじるんじゃないよ!」
俺は叫ぶと走り出し、魔女に拘束を掛けられているクジラの真下を駆け抜ける。
クジラのケツって言うのがどこかは知らないが、どうせ魚みたいなものだろう。それなら恐らく……!
「腹の下ぁ!」
それっぽい場所に向けて跳び上がり、思いっ切りクリスタルを叩きつけた。
よし、これでゲームクリ……ア? あれ?
「何か手応えが……何、この弾力?」
「何、するのかなぁ!」
「うぇ!? おわっ!?」
言われた通りにやったはずなのに元気一杯に拘束を解いたクジラ精霊に尻尾で思いっ切り殴られる。
尾が当たる瞬間と水面に叩きつけられる瞬間に何やらシャボン玉のような透明な膜が出現し、ふわっと受け止められたが飛ばされた速度はなかなかのものだ。
俺は普段の戦闘の経験があるからこのくらいなら全然問題ないが、一般人だったら気を失うんじゃないのかこれ? ゲーム設定合ってます?
「ちょっ、魔女さん! 言われた通りやったはずだろ!?」
「いっひっひっ! どうやらクリスタルのエネルギーが足りなかったみたいだねぇ!」
「エネルギーが足りないって何だよ! おわっ! また来たぁ!」
話している間もクジラは暴れ続け、容赦なく津波が襲って来る。
魔女の力で当たる前に霧散しているが、その迫力は半端ではない。
ほんと、他のアトラクションに比べて客に求める要求スペックぶっとび過ぎだろ!
これ作ったの誰だよ!
「えっと、そのエネルギーというのはどうやったら溜まるのでしょうか?」
津波は直撃しないものの、衝撃はあるし水飛沫もかかる。
だというのにそれを気にした様子もなく魔女の方を向いて尋ねる唯。
いや、唯の胆力凄いな。
ほんと、ここぞという時のその精神力には本当に驚かされる。
「いっひっひっ! こういう精霊に効くような神秘的なエネルギーの源は愛の力と相場が決まっているね」
「ん?」
「あ、愛ですか? えっとそれはどういう?」
「いっひっひっ! 二人の共同作業って奴だよ! 二人で一緒にそのクリスタルを持って、あのくそ精霊にぶち込んでやりなぁ!」
「……」
なるほど、なんとなく分かってきた。やたらと参加者をくっつけたがる仕掛け、色んな景色を見れる迷宮、ペアと協力しないと倒せない敵。このアトラクション……カップル向けかよ!
それにしては難易度おかしいし、魔女の口は悪いし色々と突っ込みたいところは多いが、そう考えれば分からないでもない内容だ。
だとすれば、このことに唯が気付いてやり辛くなる前に早急に片付けなければ!
「唯! とりあえず難しい話は置いといて、まずはこのゲームをクリアするぞ! クジラに向かって走ってくれ!」
「あ、はい! そうですね! 行きます!」
「いっひっひっ! 準備は良いみたいだねぇ! もう長くはもたないからね、決めてきなぁ!」
魔女の叫びと共に再びクジラの動きが止まり、俺と唯はクジラに向かって走りだす。
空中で硬直したクジラは痺れているのか、身体から電流のようなものを度々走らせながら叫ぶ。
「こっ、の! 死にぞこないの魔女め! この世界を水で一杯にしてやるから、大人しくこの城をよこせぇ!」
設定はよく分からないが、この城を使って世界を水没させようとしてたとかそういう感じか? もしそうだとすれば、やらせるわけにはいかないよな。
「行くぞ、唯!」
「はい、一、二の、三!」
前方から走り込んで来る唯に合図を送り、タイミングを合わせてクジラ目掛けて跳び上がる。そして、二人で手を重ねてクリスタルを掴んだ。
「これで!」
「終わりです!」
それをクジラの腹の下へ目掛けて叩きつけた。
すると、春精霊こと空飛ぶクジラは身をよじりながらも叫びをあげた。
「うぁ!? ぬあああああああぁ! この、力は! また、阻まれるのか! 愛の力に! くそ、くそおおおおおおおぉ!」
そして、紫色の光が輝き辺りを埋め尽くしたのだった。




