5-54 氷鏡の迷宮
さて、俺達はあの後も引き続き春精霊の案内に従ってアトラクションを突き進んでいった。
体重検知で罠が作動するとかで、唯を背負って平均台の様に細長い道を渡らされたり、高いところにある解除スイッチを押すために肩車をさせられたり(ご丁寧に能力が使えないようにされていた)、大きな氷が転がって来るのを避けるために狭い隙間に入らさせられたりと、何だかやたらとこっちをくっつけようとするような内容が多かった。
どうやら唯もそれを感じ取っていたらしく、恥ずかしそうに顔を背けながら呟いた。
「何というかこのアトラクション、ちょっと、その……い、意識させられるような内容が多いですね。水着だというのに……まるで触れ合わせたいかのような意図を感じます」
「それは……正直俺も思ってた。これ、かなり仲のいい二人じゃないと結構キツイ内容だよな」
もしこれが空と二人だったらと思うと……うっ、少し想像してしまった。
唯には悪いが、相手が唯で良かった。欲を言えばフィアが良かったが……いや、止めよう。
こんなことを考えるのは唯にもフィアにも失礼だ。
「一体、これはいつまで続くんでしょうか? そろそろ心がもたないのですが」
「……悪いな。俺じゃなくて他の誰かなら女子同士で気を遣う事もなかったのにな」
「い、いえ、そんなことはありません。私は別に、その、雷人君が嫌と言いたいわけではなくて……」
唯が何やらごにょごにょと言っているが最後の方は聞き取れない。
気にしなくていいと言ってくれているのだろうが、気にするなって方が無理だよな。
俺からしたら役得でも、唯からしたら友達とはいえ好きでもない相手と触れ合うなんて気持ち悪いだけだろうしな。
それに俺はフィアのことが好きなんだ。不可抗力とはいえ喜んでいては不誠実が過ぎる。
とはいえ、この状況で何も考えないのは本当に難しいんだよな……。頼むからそろそろ終わりであってくれ……。
俺達の少し前方をふわふわと浮いている春精霊を見ながらそう祈っていると、その祈りが届いたのか春精霊が告げた。
「やったぁ! ようやく最後の関門に辿り着いたよ! この氷鏡の迷宮を攻略出来ればここから脱出できるよ! あと一息頑張ろう!」
縦横三メートルくらいの氷で出来た穴を進んで来たのだが、氷の壁で出来た行き止まりに、何やら幾何学的な模様の刻まれた扉が付いていた。
どうやらここから氷鏡の迷宮とやらに入るみたいだな。
それにしてもようやく最後か、思ったよりも長かったな。
「唯、あと少しみたいだから頑張れそうか?」
「はい、大丈夫です。行きましょう」
俺達は二人で一緒に両開きのその扉を押し開けた。
どうやら中は真っ暗でわずかに照らされた入り口付近がうっすらと見えるのみ。
俺達が恐る恐る中に入ると氷の扉は音を立てながら自動で閉まってしまった。
「うわっ! ……この自動で締まるやつってなんか不穏に感じちゃうよな。アトラクション的には戻られても困るだろうから一方通行なのは分かるけどさ」
「あはは、そうですね。ちょっとびっくりしちゃいます。うん、やっぱり開きそうにはありません。先に進むしかないですね」
「といっても、うっすらと灯りはあるけどこう暗いと何が何やら、ってうわ!」
その時、突然回りがパッと明るくなった。そして、その光景に俺達は歓声を上げた。
「お、おおおおぉ。これ、凄いな」
「わぁ、本当に凄いですね。まるで無限に続いているみたいです」
そこは氷鏡の迷宮という名前の通り氷の鏡で出来た迷宮だった。
その部屋、通路? の全面に配置された氷鏡はお互いにその姿を映し合い、鏡に映った鏡にはさらに鏡が映って……という風にまるで無限に続くかのように見せていた。
そこには当然俺と唯も映り込んでいるため、どこを見てもどこまでも、まるで吸い込まれるかのような錯覚をさせられる光景だった。
「しかし、感動的ではあるがこれだと完全に方向感覚が狂うな。迷宮って言うだけの事はあるか」
「そうですね。とはいってもあくまでこれは鏡ですから、壁伝いに触って行けば踏破自体は問題なく出来るはずです」
「あぁ、そっか。あくまで視覚的なものだもんな。よし、じゃあとりあえず壁伝いに進んでみるか。それと、ほら」
俺は壁に触れると唯に向かって手を差し出した。
「……えっと、これはエスコートしてくれると思っていいのでしょうか?」
「エスコートって、そんなロマンチックなのじゃなくて……ほら、こんな場所だと逸れたらまずいだろ?」
「ふふ、雷人君。顔が赤いですよ?」
「……慣れてないんだ。仕方ないだろ」
こんな感じの冗談混じりのやり取りはフィアともしたが、唯にエスコートと言われるとどことなく本気っぽくて少し照れてしまう。
何というか、唯って言葉遣いも丁寧だし本当にお姫様っぽいからだな。うん、多分そうだ。
「そうですね。私も、何だか初々しくて本当に……いえ、何でもないです。それじゃあ、進みましょうか」
そうして俺達は歩き出した。氷鏡の迷宮にはいくつかの部屋と通路があるようで、それぞれの部屋は恐らくホログラムで様々な光景を見せられた。
それは無限に続く砂漠で、星の海で、透き通る水の中で、データの海の中で、草の揺れる草原で、うっそうと茂るジャングルで、終わりの見えない図書館で、マグマの流れる火山地帯だった。
そんな、バリエーションに富んだ光景に俺達は息を呑んだ。
「本当に凄いな。こんな光景を見せられてると氷の城にいる事なんて忘れそうになるな」
「わぁ、気温もシチュエーションに合わせて調整されています! まるで、世界中を旅行してるかのような気分を味わえますね!」
どうやらこの演出には唯も相当テンションが上がっているみたいだ。目をキラキラと輝かせて辺りを見回している。邦桜じゃこんな体験は出来ないからな。こうなるのも当然か。
そして、再び壁伝いに進んでいると何やら最初の氷鏡の部屋に似た部屋に出た。
「ん? ここは……」
「あ、あれ? もしかして最初の部屋に戻ってきてしまいましたか?」
「いや、そうでもないみたいだぞ」
俺はそう言って奥にある台座を指差した。氷で出来た台座の上には紫色の怪しい輝きを放つ巨大な宝石が浮いていた。
「宝石……ですか? でも何か鎖が巻き付いていますね」
「まるで封印されているみたいだな。何だこれ?」
俺と唯が首を傾げていると、いつの間にかいなくなり案内を放棄していた春精霊がふわふわと現れて言った。
「やっと辿り着いたね! あれは魔女がこの迷宮を機能させるために使っている動力源なんだ! あれを台座から取り外せば迷宮は力を失って出られるようになるはずだよ!」
「台座から外す、か。とりあえず鎖を外せばいいのか?」
「そうですね。鎖を外さない事には動かせなさそうです」
「……あ! この感じ……まずいよ! 魔女がもうすぐそこまで近付いてる! この部屋にくるよ!」
俺と唯が台座に近付き紫色の宝石を調べていると春精霊が声を上げた。
それと同時に目の前にパズルを解いた時の様に赤色に光る数字が出現する。
「え! 魔女が来たんですか?」
「また時間制限かよ! 唯! 急いでこの鎖を外すぞ!」
「は、はいっ! 手伝います!」
急いで鎖を取り外していると、春精霊の報告通り魔女が部屋に入って来た。
「いっひっひっ! この忌々しい春精霊め! まさかこんな所まで入り込んで来るなんてね! さぁ、観念して……ちょっと待ちな! あんた達、そのクリスタルを台座から外すんじゃないよ!」
そう叫びながら魔女が駆け寄って来るがそれと同時に俺は鎖を外し終えて放り投げた。
時間ピッタリ、これでクリアだ!
「唯、外せ!」
「はい! よい……しょ!」
「ひひっ! 遅かったね! おい、あんたら! そこから離れな!」
「は? 何を言っ……て!? ちょっ!?」
「え? え、え! きゃあ!?」
唯が台座から巨大な宝石、クリスタルを外した直後、その台座から大量の水が噴き出して俺と唯は部屋の入口に向かって流された。
わけも分からず藻掻いていると誰かに手を掴まれて持ち上げられた。
「ぷはっ! わ、悪い唯。助かっ、た……え?」
「はぁ、はぁ、雷人君、ありがとうござい、ま……え?」
てっきり唯が引き上げてくれたものだと思っていたのだが、俺の手を掴むそれを見てきっと俺は間抜けな顔をしていた事だろう。
その、俺と唯を掴み上げ、宙に浮く魔女は言った。
「いっひっひっ! 全く、忌々しい春精霊なんかに騙されるなんてね。本当に愚かなお客様だよ」
「そっちかよ!?」
あぁ、うん。俺は叫ばずにはいられなかった。
まさかまさかの味方でした!
仲間だと思っていた奴が敵で、敵だと思っていた奴が味方。
ありふれたトリックではありますが、なかなか見破り辛いものですよね。
それっぽいというのが特に重要でしょう。
魔女って、悪役ぽいですもんね。




