5-53 突然の絶叫アトラクション
「おわっ、え、分断された? あ、いつの間にか後ろも塞がれてるぞ!」
「え? わ、本当ですね。私の方も壁は消えていませんし……もしかして閉じ込められてしまいました?」
氷の壁はかなり透明度が高いので、壁の向こうの唯も割とはっきり見える。
通路が狭いので唯は首だけを動かしてこちらを確認しているみたいだ。
うーん、アトラクションだから問題ないと思えるが、もしこういう施設でもなければなかなか危機的な状況だ。想像以上に本格的だな。
そんな事を考えていると、目の前の壁に何やら模様の入った複数枚の板とそれを囲う枠が現れた。
「あ、何かこっちにもパズルが出て来たぞ」
「本当ですか? あ、私の方に出て来たやつと同じタイプのものですね。その板を動かして特定の形を作るみたいです。かなり簡単なものだったので、雷人君も問題なく解けるはずですよ」
そう言われて目の前の板に手を近づけると、俺の手の動きに合せて氷板が動いた。
どうやら5×5の枠のうち一つが欠けていて、板を動かして模様を完成させるタイプのもののようだ。
「なるほどな。何となく分かった。因みに唯の方はどんな絵柄だったんだ?」
「私の方は手を繋いでいるような絵でした。少し複雑ではありましたが、結構特徴的なので分かりやすかったですね」
「なるほど、俺の方は……」
ん? 何か、何も書かれていない板すらあるぞ? 唯のとは違ってそんなスペースが出来るほど単純な形状なのか。
他は斜めの直線とか緩やかな曲線とか、Ⅴ字の形とかあるな。って、これ多分あれだろ。
「どうですか? 何とかなりそうでしょうか?」
「あぁ、何となく作るべき形は分かった。後は形を作るだけだな」
えーと、これはこっち、これはこっちのはず。あれ? 何でこの形状がこんな方に……。
これを移動させるとなると……あぁ! 出来かけてた形状が崩れていくぞ!
「い、意外と難しいな」
「大丈夫ですか? うーん、私も協力できれば良かったのですが」
「いや、まだ大丈夫……ん?」
その時、春精霊が周りを忙しなく飛び回り始めた。
おい、集中出来なくなるから視界から出たり入ったりしないでくれ。
少しイラっとしたその時、突然目の前の氷壁の端に真っ赤な数字が表れた。
「……は?」
現れた数字はどんどん小さくなっていく。
おい、まさかこれって……。
「大変だ! 魔女の気配が近付いてるよ! 急いで結界を解かないと捕まっちゃうよ!」
「だああぁ! やっぱり時間制限付きなのかよ!」
「ら、雷人君! 時間が! あと三十秒しかありませんよ!?」
「分かってる! 分かってる! ええと、これをこうして、こっちをこうして!」
「わあ! 魔女がもうすぐそこまで来てるよ! もう駄目だぁ!」
「助けるつもりがあるなら焦らせるなよ! よし、これでどうだ!」
俺が最後の板を弾いた瞬間、氷板の上でハートの形が完成して輝いた。
そして真っ赤な数字が残り一秒でピタッと止まり、それと同時に例の魔女の声が響いた。
「いっひっひ、見つけたよぉ! ほぅら、こっちに来な! 怖くないからねぇ!」
顔だけで後ろを見ると、背後の氷壁がどろりと溶けてしわくちゃで鼻の高い典型的な魔女が俺の足に手を伸ばしていた。
「ちょっ! 間に合ったんじゃないのか、よぉ!?」
捕まると思った次の瞬間、突然床が抜けて俺は落下した。
周りの壁から水が流れ出し、氷の穴で出来たウォータースライダーと化したそれを滑る。
「おわああああああぁ! そういう仕掛けなのかよぉ!」
上の方からは魔女の忌々し気な叫びが響き、それが徐々に聞こえなくなってきた時、突然俺の上に何かが降って来た。
「ぐえっ!」
「きゃっ! へぁ? ら、雷人君!?」
「な、何かと思ったら唯か! このスライダー繋がってたのかよ!」
このアトラクション思ったより危険だな!? ってか、水着なのに思いっ切り密着してしまってるんだが!? 肌の温もりとか柔らかさがダイレクトアタックなんだが!?
「ご、ごめんなさい、雷人君。重たいですよね?」
「重くないし、そんなこと言ってる場合じゃないし、このスライダーかなり長いし! って、カーブ多いな! 悪い、唯! 許してくれよ!」
「ひあぁ!? ら、雷人君!? そこはぁ! 素肌に直は駄目ですぅ!?」
俺は離れないように唯を抱きしめるようにして捕まえた。
それと同時に唯が悲鳴のような声をあげるが、離すわけにはいかない。
最初に落下した勢いのままにカーブを何回も曲がり、多分上下に一回転すらしている。
こいつ! ウォータースライダーの癖にジェットコースタ―してるんじゃねぇ! 捕まえとかないと唯が放り出されて危ないだろうが!
口では駄目と言っていたものの流石に危ないと分かっているのだろう、唯は俺を突き放す事もなく俺の腕にぎゅっと掴まっていた。
そして、何倍にも思えるような時間の中、俺達はいきなり宙に投げ出された。
「ひゃあああああああぁ!」
「いや、だから、危な過ぎるだろおおおおおおぉ!」
十メートルほど下に水面が見える。どうやらそこに着水するという事らしい。
くるくると空中を回りながらも俺は唯を放さず、クランで膜を作って衝撃に備えながら俺達は着水した。
そのまま水中に沈んでいくと、何やらイルカの亜種みたいな見た目の動物が寄って来て、俺達を抱えると水面まで引っ張られた。
「ぷはっ! あぁ、くそ、唯、大丈夫か? 唯!」
「は、はい、何とか」
「はぁ、無事か、良かった。しかし、まさか突然こんな絶叫アトラクションに早変わりするとはな。生きた心地がしなかったぞ」
「あはは、そうですね。でも、この水なんだか不思議な感じです。これ普通の水じゃないですよね?」
「それはまぁ、確かに」
言われてみれば着水した時、結構な高さから勢いよく落ちたというのにふんわりと包み込まれるような妙な感覚があった。
それに、今も何もしなくても浮いているし……衝撃へのクッション性がとんでもなく高く、浮力が凄い水? それはもはや水ではない気がするが……。
「凄い技術力を感じますね。はぁ、興味深いです」
唯はそんな事を言いながら、その水? を何度も手で掬ってみたり、匂いを嗅いだりしていた。
「……まぁ、一応危険性への配慮はあったという事にしておこう」
色々と文句はあったが、まぁ絶叫アトラクションとしては確かに面白かったし、この唯の興味津々な感じを見ていると怒る気も失せてくる。
それに、高速で滑っている時はそんな余裕はなかったが、唯を思いっ切り抱きしめてしまった時の感触が何となく思い起こされる。うん、役得だったな。
そんな事を考えていると、唯が少し頬を染めながらもこちらをジトーっとした目で見ていることに気付いた。まさか、唯にこんな目を向けられる日が来るなんて考えもしなかった。
「雷人君、何を考えているんですか?」
「いや、何も考えてなんてないぞ? 気の所為じゃないか?」
「……仕方がないことだと、雷人君の優しさ故だと分かっていますので、あれは事故だと割り切ります。……それでも、お、男の子に体を直に触られるなんて、私も初めてだったんですからね。嫌な思い出にならないように配慮してくれないとダメですよ?」
そんな事を頬を赤らめながら言ってくる唯。
いや、初めてとか、そんな言い方は反則だろ……! ……まぁ、うん。なるべく思い出すのは止めておこう。
「す、すみませんでした。変な事は考えないので安心して下さい」
「ふふ、分かってもらえれば大丈夫です。あ、先程の……イルカさんでしょうか? こっちに手を振っていますよ」
「きゅい、きゅい!」
そう言われて見てみると、確かに先ほどのイルカ(仮)が可愛らしく鳴きながら器用にヒレを振っていた。
「そういえばアトラクションの途中だったな。まだ続きがありそうだし、早速行くとするか」
「そうですね。行きましょう」
「ちょっ!」
意識させたいのかさせたくないのか。俺の心を揺らしながらも笑顔の唯は俺の手をとって陸に向かって泳ぎ出したのだった。
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