1-27 能力測定
昼食を食べて午後、雷人は第三演習場を訪れていた。
周りにはその他の電気系能力者と監督官の夕凪先生がいて、前方には一本の太い金属の棒が立っている。
「それではこれより電気系統の能力者各位の測定を行います。一人ずつ順番に呼びますので、呼ばれたら来るように。では一番、島崎さん、こちらへお願いします」
「はいっ! 宜しくお願いします!」
呼ばれた生徒が返事をして出ていき、金属の棒に向けて手を伸ばした。
電気系能力者の測定には二つの方法が用いられている。
一つは避雷針に向かって全力で電撃を放ち、瞬間放出量を計測する測定。
もう一つは単純な動きをするロボットに電流を流し、精密に動かす制御の測定だ。
電気系能力者は比較的多いが、測定自体にはたいして時間は掛からない。
なのでそれなりに早く終わるのだが、俺は一番最後なのでいかんせん暇だ。
他の人の結果には興味が無いので遠くを見ていると、何やらこちらにやってくる者がいた。
「おーっす、調子はどうだ?」
「隼人か。まだ始まってそこまで経ってないのにもう終わったのか?」
「まあな。俺の能力はオンリーワンなんだよ」
確かにたまにオンリーワンの能力を持つ者はいるが、生徒数は少なくない。
大抵の能力には似通ったものがあり、ある程度は纏められるはずなのだが、隼人の能力ってそんなに珍しい能力なのか?
「そういえば、付き合いも短くないのに隼人の能力は聞いた事が無いな。どんな能力なんだ?」
そう尋ねるが、隼人は決め顔で指を振った。
「チッチッチ、こういうのは分からない方がミステリアスで良いんだよ。あんまりオープン過ぎるのも考えものだぜ?」
「いいけどさ、それを俺にやってどうするよ……」
隠されていることに思う所がないでもないが、別に能力ありきで付き合っている訳でもない。知らなくても特に問題は無いだろう。
「それよりあっち見てみろよ。面白いものが見られるぜ」
隼人が親指でクイクイッと指差した方角を見ると、巨大な岩山を前にして一人の少女が立っていた。
着ている制服はダボダボで金髪に黒のメッシュ、後ろで縛っている長髪が特徴的な女子だ。
どこかで見たような気がするが、それよりも気になるものがある。
「……まぁ、あの大きさだからな。薄々気付いてはいたんだが、デカ過ぎだろあの岩山」
圧倒的な存在感を見せる岩山は見事に三十メートルくらいの高さがある。
元々あるわけはないので誰かの能力によるものだろうが……。
「あれが彼女の能力なのか? 凄いな」
そう言うと隼人に頭を叩かれた。いきなり何をするんだ。
「馬鹿野郎、もう忘れたのかよ。今朝写真見せたばっかだろ? 彼女は剱持祭、女子ナンバーズのトップだよ。能力は……見てれば分かるな」
次の瞬間、わっと岩山の方から歓声が聞こえた。見ると驚くことにあの大きな岩山が宙に浮いていた。
「は? はあっ!?」
思わず声を上げてしまい、それを見てゲラゲラ笑う隼人の頭をスパンと叩いた。
「何だよあれ……あんなデカいのを持ち上げるとか尋常じゃないぞ」
「これが単純な能力で最強と言わしめる力よ。全力なんて滅多に使わないから、こんな機会でも無いと見られないけどな。いやぁそれにしても、あの小さい体であんなに大きい物を持ち上げるとか……可愛いっ!」
小さい小さいとは言うが、別に低学年の小学生みたいに小さいというわけでもない。
多分、百四十後半くらいはあるだろう。全く、何をそんなに興奮しているんだか。
「あれを見てその感想を抱けるお前を心底尊敬するよ……」
「だっはっはっ! まぁ規格外で言ったらお前も似たようなもんだろ? おっと、そろそろ出番みたいだぞ?」
言われて見ると夕凪先生が手招きをしながら呼んでいた。
「派手なナンバーズって奴は歓声を上げさせちまうのが常だからな。まぁ、目立たない奴もいるが。いっちょお前も沸かせてこいよ」
隼人の言葉に雷人は頭を掻きながら歩き出した。
「俺は別に沸かせたくないんだけどな……」
俺が所定の位置に着くと生徒は皆離れていった。
夕凪先生も距離をとっている。
「いつでもいいですよ。全力でやりなさい」
はぁ、とため息を吐き、手を避雷針に向けて翳した。
これがあるから雷人はいつも最後なのだ。
「ふっ!」
力を込めるとズバジィッ! と轟音を立てながら青白の閃光が走り、強烈な光と共に避雷針が半ばから折れて倒れた。折れた部分からは煙が上がっている。
「うおおおぉぉぉぉぉぉぉ! 何だあれっ!?」
「えっ? 避雷針が折れた? あれ電撃でしょ?」
「馬鹿っ! 溶解したんだよ! やっぱナンバーズすげぇ!」
皆が口々に賞賛の声を上げ、歓声が巻き起こる。
そして次の計測に移り、皆の視線が雷人の操るロボットに集中した。
「よしやっていいぞ」
「はぁ……分かりました」
一体どんな動きをするのか。
皆の期待が高まる中、雷人が操るロボットは……ピクリとも動かずボンッ! と音を上げて爆発した。
「は?」
「えっ?」
「何あれ?」
期待して見ていた観客の一部は完全に肩透かしを食らい、呆けた顔をしていた。
だが、中には面白がっている者もいた。
「あははははは! これがさっき言ってた定期測定名物の一つだよ! 電気系能力者なのに機械の操作が出来ないって、逆に凄いだろ?」
「馬鹿、それなのにナンバーズになれる所が凄いんだろうが!」
笑っていた奴は雷人がそちらを見ると顔を逸らし、見ていた観客も蜘蛛の子を散らすように引いていった。
そう、俺は測定器具を全て壊してしまうから一番最後なのだ。
腹いせに笑っている隼人の頭を叩き、その場を離れようとした所で声を掛けられた。
「なぁ、そこの君。ちょっといいか?」
「はい? 俺ですか?」
振り返ると、そこには帽子を深く被った明らかに生徒ではないガタイの良い男が立っていた。
服の上からでも分かるほどに盛り上がった筋肉。よほどの筋トレ好きと見た。
「そうそう、さっきの測定見たよ。凄い威力だな」
「はぁ、どうも」
「君がナンバーズ、って奴で間違いないか?」
男が帽子を上げながら問いかけてきた。
「一応そうですが……ってあなたは!」
「うぇマジっ!?」
雷人と隼人は男の顔を見て驚愕した。
それは別に男の顔が変だったとかそういう話ではなく、二人もよく知る顔だったからだ。
「あんたまさか、特殊治安部隊のエース、赤城竜司!?」
隼人の言葉に男はニコッと笑って見せた。
「おっと、バレたか。俺も結構有名人だな」
「いや、この島に住んでて知らない人なんていませんよ」
赤城竜司、数々の事件を被害者無しで解決し、その年の優秀な功績を上げた者に贈られる優秀隊員賞を何度も貰っている凄い隊員だ。
何を隠そう過去の事件で雷人を助けた隊員その人でもある。
憧れの存在を前に体が強張る。
「こっ、こんにちは。今日はどうしてこんな所に?」
「ん? 硬いなぁ、緊張してるのか? 今日は定期測定の日だからな。ちょうど非番だったし、将来うちに入るかもしれないナンバーズを見に来たわけだ」
「ナンバーズを見に来たんですか?」
「あぁ、今年は豊作って聞いてたからな。見る限り噂は本当みたいで安心したぞ。隊員達の中に混じっても遜色ないレベルだな。いや、上位層はむしろトップクラスかもな? あの岩山持ち上げてた子なんて特にそうだ。君も是非うちに入って平和のために一緒に働いてくれ。歓迎するぞ」
赤城さんにバンバンと背中を叩かれ雷人は背筋を伸ばした。
「はっ、はい!」
「俺もだけど緊張してるな雷人。いやー実はこいつ昔赤城さんに助けられてて、赤城さんのファンなんですよ」
「ばっ、おまっ!」
「おっ、俺のファンなのか? いつの奴だ? 何せ解決した事件はたくさんあるからな」
隼人の方を睨むが隼人は口笛を吹く真似をしてそっぽを向いている。
こいつっ……!
「えっと、六年くらい前にデパートで強盗事件があった時に助けて頂きました」
「六年前……六年前かぁ。……すまんちょっと記憶が定かじゃない」
赤城さんの言葉に雷人はブンブンと首と手を横に振った。
「いえっ、仕方ないです! 赤城さんはたくさん事件を解決してますから! あの時の事があって、俺は誰かを守れるような人間になりたいって思えました。赤城さんには本当に感謝しています」
雷人の言葉に赤城さんは一瞬下を向いたが、すぐにニカッと笑った。
「そうか、人助けは良い事だ。その思いを忘れず是非うちに入ってくれ! じゃあ俺はこれで、また会えるのを楽しみにしてるぞ……えっと」
「あ、雷人です。成神雷人」
「雷人君か、いい名前だな。それじゃ」
去っていく赤城さんを雷人はしばらく見つめていた。
恐らく人助けをしたい、ヒーローになりたいと思った原点。
まさかまた会う事があるとは思っていなかったが、胸の内に熱く燃える思いを感じた。
自分は今、その場所に立っている。邦桜を守る立場に、頑張らなくてはならない。
例えその道が辛く険しい道だとしても、これは自分で選んだ道なのだから。
改めて雷人は決意を固める事が出来たが、それはそれとしてやっておくべき事があった。
雷人は振り返るとそろそろとその場を離れようとしている隼人に声を掛けた。
「はーやーとーくーん。どこに行こうとしてるのかなー?」
俺がそう言うと、隼人はびくっとしながら恐る恐るこちらを振り返る。
「いやぁ、雷人も名前を覚えてもらえて結果オーライじゃん? あれ? 何でにじり寄ってくるのかな? ちょっ怖い、怖いって! なんだよ別にいいだろ!? おい来るなって、来るなあああぁぁぁ!」
隼人の声が第三訓練場に響き渡り、空が宥めに来るまで隼人は追い掛け回されたのであった。




