5-44 いざ、プールへゴー!
「……ん? ……あぁ、今日はこっちなのか」
何となく光を感じ、重たい瞼を持ち上げるとそこには気持ちよさそうに眠る少女が一人。
自分は子供ではないと思うのだが、昨日はなんだかんだで寝つきが悪く少しばかり夜更かしをしてしまった。
その所為でまだ眠たいが、この微睡みは怠さというよりはどことなく心地よい。目の前の少女もそう思っているのだろうか?
何にしても、その完全に油断しているような蕩け切った表情はどことなく自分が信頼されているような、頼りにされているような、そんな気分にさせられて悪くない。
……もっとも、寝ている彼女がそんな事を考えていないのは間違いないのだが……。
「……我ながら思考が気持ち悪いな……。フィアは彼女でもなんでもないただの同居人でしかないのに……。いや、友達ではあるが……」
ただの同居人だろうが友達だろうが、この想いを向けるのは両想いの相手でもなければ気持ち悪いと思われてしまうだろう。
今の関係は正直悪くないが、この関係はこのまま何もしなければ時間とともに消え過去の思い出の一つとなってしまう、そんな関係だ。
俺はフィアが好きだ。だから、もし駄目だったとしても一縷の可能性に賭けてみたい。
……この仕事が終わってフィアが去ってしまうその前に、どこかで覚悟を決めて告白をしよう。
「んぅ、うー……んぅ」
その時、突然フィアが寝返りをうった。
頭の中でそんな決意を浮かべていた俺は思わずビクッと体を震わせ、フィアのその手に触れてしまった。
「んー……んぅ?」
ゆっくりと開かれたフィアの瞳と俺の視線が完全に合った。
フィアの目は完全には開くことなく眩しそうにパチパチと瞬きをする。
少し焦ったがまだ慌てる状況じゃない。
フィアは寝起きがあまりよくないからな。
意識がはっきりしてない今のうちに心を落ち着けて……。
俺はゆっくりと深呼吸をすると布団を捲ってゆっくりと起き上がった。
「おはよう。まだ少し早いし、もう少し寝てていいからな」
「……おはよぅ。……あ、朝ご飯……私の番だっけ?」
「いいよいいよ、今日は俺がやるから」
「……そう? 悪いわね……」
そう言ってゆっくりと瞼が閉じ、再び穏やかな寝息が聞こえ始めたのを確認し、俺は手早く服を着替えると部屋を後にした。
*****
プールに行くため、諸々の準備を終えた俺達は家の前の道路に集まっていた。
「うぅ、ごめんね? 私……朝は弱いのよ。……いや、これはただの言い訳よね。明日、明日は私が作るからね」
「分かった、分かった。誰も気にしてないから、それに今日は俺が作るって言ったんだしさ。だからそれはいいとして……ふと思ったんだが、今日のプールってどこに行くんだ?」
「え? 普通にラグーンシティ内にあるプール施設のラグナリアじゃないの?」
空がそう言うと唯もラグナリアのパンフレットを取り出して見せてくる。
フィア達はともかくこの二人……何も考えていないな。
「いや、フィアは良いんだが……フォレオとシルフェは水着だと色々と隠せないだろ? 耳とか翼とか」
俺がそう言うと今気付いたとばかりに手を打ってみせる唯と空。
いくら能力者の街とはいえ、普段からそんな風に外見を変えている奴なんてほとんどいないからな。変に目立ってしまう可能性は十分にあるだろう。
「そういえば確かに……慣れ過ぎて失念していました」
「シルフェの翼も服を着てれば気にならないもんね」
俺達のやり取りを聞いていたシルフェとフォレオは自分たちの特徴的な部位を指でちょいちょいと触りながら難しそうな表情をする。
「うーん、翼は隠そうと思えば隠せなくもないけど、ちょっと窮屈かなぁ」
「耳は帽子とかがあれば隠せますが、さすがに水の中では厳しいですね」
「なるほど、それについては考えてなかったわね」
難しい顔をする三人娘と二人の男に対してフィアの顔はそれほど深刻ではない。
何かいい案でもあるのだろうか?
「もしかして、どこか当てがあるのか?」
「えぇ、別にこの島のプールに行く必要はないでしょ?」
「というと本島か? それは解決になっていないと思うが……」
「何言ってるのよ、違うわ。あんたね。私達が普段どこにいると思ってるの?」
そう言ってフィアは上空を指差すのだった。
*****
「もう、お兄ちゃんってば! どうしてこんな楽しそうなことに私達を呼ばないのかな!?」
「そうですよ、兄さん。こんなに可愛い妹達を構ってくれないなんてどうかしてます」
フィア達曰く、ここは観光業が盛んな惑星、テオリアにあるヴァサシュピールと言う名前の水の遊園地らしい。
俺達はそこの入場ゲート前へと転移してきたわけなのだが……。
「いつの間に……二人ともどうしてここにいるんだ? 呼んだ覚えはないぞ?」
「ひっどーい! お兄ちゃんは私達を除け者にするんだ!」
「うぅっ、私達の事は遊びだったのですね」
全身を使ってプンスコと怒りを表現する芽衣とよよよと泣くふりをする哨。
芽衣は中学生なんだからもう少し大人になって欲しいし、哨は大人過ぎというかそれ絶対揶揄ってるだろ。
「ほんと、哨はどこでそんな言い回しを覚えて来るのさ……」
「変な言いがかりをつけるなよ……違うぞ。ここは宇宙のどこにあるのかもよく分からない惑星なんだ。そんな所でお前達に何かあったらどうするんだと俺は言いたいわけだ。分かるな?」
「本当に分かると思って言ってますか? その言い分なら兄さん達だって心配です。自分達を棚に上げないで下さい」
「哨ちゃんの言う通り! 分からないよー、分かるわけないよー」
「おぅ……哨のやつ強すぎないか? 対比でうちの妹がかなり子供っぽく見えるんだが?」
「雷人、大丈夫。対比じゃなくても十分子供っぽいよ」
「何も大丈夫じゃないんだが?」
「もー、何こそこそ話してるの! ほらほら、せっかく遊びに来たんだから早く行こうよ!」
「ちょっ、引っ張るな! 他所の星だって男女は更衣室が別なんだからな!?」
「お兄ちゃん、私達も行こ?」
「ここぞとばかりにギャップ狙いのお兄ちゃん! 哨はあざとすぎて逆に心配なんだけど!」
俺達のやり取りを他の者達はニマニマと眺めながら付いて来る。
シルフェだけは複雑な表情だが、なんにしても誰も止めようという気はないらしい。
……尚、俺達はチケットもこの惑星で使える通貨も持っていなかったのでゲートを通れず、結局フィア達がチケットを買って来るまで待つ羽目になるのだった。




