5-42 千の死をこえて2
ドアが開いたので視線を向けると、何やらぶんぶんと揺れるプラカードが……。
何やってるんだ、あれ?
……あぁ、センサーが反応しないから反応するように動かしてるのか。
「アセシノさん、おはようございます」
「おはよう、シノ! 今日は胸を借りるわね!」
【よろしく、訓練をするって話だから私からは緊急回避の訓練をするよ】
プラカードにすらすらっと映っては消えていく文章。
あれだな、カラオケの歌詞表示に少し似ている。
二段になってて、上の文、下の文と来て上の文章だけが消えて新たな文章に変わって……て感じだ。
もっとも、パッと変わるわけじゃなくて文が消えた後に文字が打ち込まれていくような感じだが。それにしても……。
「緊急回避の訓練? それってどういう……」
「あー、察したわ。とりあえず仮想訓練室に行きましょ。実際にやったら死んじゃうわ」
「は? 死ぬ? 危険なやつなのか?」
いまいちイメージの出来てない俺に対して、悟ったような表情のフィア。
何だ? 一体何が始まるんだ?
【分かった。先に行ってるね】
するとアセシノさんはまたプラカードをぶんぶんと振って扉を開けるとそのまま行ってしまったので、俺もフィアと共に後に続く。
俺は恐る恐るといった感じでフィアの顔を窺いながら尋ねた。
「えーと、ちなみに察したっていうのは?」
「あー、さっきも言ったけどシノの得意分野は暗殺なのよね。それで緊急回避の訓練って言ったらつまり、シノの攻撃を躱せってことよ。失敗したら死ぬわ」
「……な、なるほど」
何となくフィアの表情の理由が分かった。
今日は何回も死ぬ経験をしそうだな。
「普段の設定だと精神がやられちゃうだろうし、痛覚軽減の設定を強めにしとかないとね」
……訂正。何回も程度では済まなさそうだ。
そんなことを考えながらも歩いていると仮想訓練室に着いた。
いつものように管理人であるサリアさんに頼むと、俺達は仮想訓練を開始した。
「それで、具体的にはどうするんですか?」
唯一見えるプラカードに話しかけると、そこに言葉が映っては消える。
その内容をどういう心境なのか棒読みでフィアが読み上げた。
「これから私が二人に攻撃を仕掛けるよ。その瞬間だけ私は能力を解除するから、攻撃を躱してね。あ、二人はサーチが使えるみたいだけどそれは禁止だよ、ね」
要するにどこから来るか、タイミングすらも分からない攻撃にカナムによる索敵なしで対応しろと? 何そのムリゲー。
「……はは、マジですか」
「なるほど、これは確かに緊急回避の訓練ね。気を抜いてると死ぬわよ、雷人」
【それじゃあ、始めるね】
その言葉がプラカードに表示されると、プラカードごとスーッと薄れて消えた。
早速開始というわけか。
索敵不可というのはなかなかに厳しいが、訓練で十分強くなった今の俺ならあるいは……。
「あ……くっ!」
そう考えた次の瞬間には目の間に突然シノさんが現れていた。
真っすぐにこちらを見据えるその大きな瞳が怪しげに紫色に光る。
それとほぼ同時に首目掛けて振られる短剣。
はは、まるでヤンデレ彼女に刺される瞬間かのような光景だ。
反射的に雷盾を作って仰け反りつつ首を捻るが、躱し切れずに視界がぐるぐると回った。
「まずは、一回」
可愛らしいその声を残して、彼女の姿は再び薄れて消えた。
*****
「……きっつ」
「あはは、こんなに死んだのは久しぶりね」
「いや、本来なら死ぬ経験は一生に一度なんだけどな?」
あれから俺達は断続的に襲い掛かって来るアセシノさんの攻撃を躱すべく奮闘していたのだが、三日間もやって躱せた回数は二人合わせても十回にも満たなかった。
もはや数えてもいないが、軽く千回以上は死んだのではないだろうか?
来ると分かっていてこれほどまでに躱せないとは、アセシノさんに狙われたらあっさり暗殺されてしまいそうだ。
そんな事を考えて苦笑していたその時、不意にプラカードが現れ文字が流れた。
【私は本職の暗殺者だからね。あんまり躱されちゃうとそれはそれで困っちゃうよ。それじゃあ、これが最後だよ。見事躱してみせてね】
「ふー、フィア、次で最後らしいぞ」
「そうみたいね。これは……意地でも躱さないとね」
俺達はそう言いながら視線を交わし合うと、自然にお互いの背中をつけた。
これで死角はない。
次の一撃、確実に防いでみせる。
そうして俺達が全周を警戒していると不意に声が響いた。
「考えたね……。それじゃあ、いくよ……」
どこだ、どこから来る?
姿が見えた瞬間に反応出来るように全神経を研ぎ澄ます。
静まり返ったその場所で自分とフィアの呼吸の音だけが大きく聞こえる。
触れ合う背中からその鼓動が聞こえる。
背中は心配しなくていい。
俺は前を、ただ前を警戒するだけだ。
そして次の瞬間、微かに何かが擦れるような音が聞こえた。
何だこの音……。
何かに服が擦れる。衣擦れのような……。
その時、視界の端で何かが光った。それを見た俺は、反射的に叫んでいた。
「っ! 下だ!」
同時に四つん這いとなったアセシノさんの姿が完全に露わになり、足に向かって尻尾の棘が伸びる。
すぐさま跳び退こうとするも間に合わない。
当たる。
その確信をした次の瞬間、背中をフィアの拳が叩いた。
「いっ!?」
「あ……躱されちゃった……」
フィアの一撃で体が浮き上がった俺はギリギリで棘を躱し、そのままの勢いでカナムの足場を蹴って距離を取った。
俺に攻撃した四つん這いの低い姿勢からゆっくりと立ち上がったアセシノさんはパチパチと手を叩いて見せた。
「凄い……。私の尻尾が躱されたの、凄く久しぶり……。息、ぴったりだね……」
「あはは、危なかったわ。間一髪だったわね」
「いや、まさか足を狙ってくるとは驚きましたよ。これまでは全部急所狙いでしたから」
いや、本当に危なかった。
最後の最後で新パターンを見せて来るなんて。流石としか言いようがない。
でも、あの時に聞こえた衣擦れの音。
あれが無ければまず躱すことは出来なかっただろう。
音が聞こえたのは姿が見える前だったし、一応躱せるように配慮してくれていたって事なのかな。優しいような、厳しいような。
「うん……。私の棘には毒があるから……。人なら、数秒で動けなくなる……。五分もあれば死んじゃう猛毒だよ……」
「え……」
その言葉を聞いて背筋がゾクッとする。
あの棘には毒なんてあったのか……。
でも、確かにそういう種族もいるのだろう。
ほんと、掠り傷にも気を付けないといけないな。
「あ……そろそろ、限界……」
いかにも頑張ってますといった表情だったアセシノさんの姿がスーッと消えていき。
その声も聞こえなくなる。
訓練も終わったのでカナムを散布して確認すると、ちょうどプラカードを取り出している所だった。少ししてプラカードだけが現れる。
【二人ともお疲れ様! 今日で訓練も終わりだね! 私は途中参加だったけど、新しい子達と知り合えて嬉しかったよ! それじゃあ、皆から教わったことを忘れずにこれからも頑張ってね! それと、もし見かけることがあったら声を掛けてくれると嬉しいな!】
「はい。ありがとうございました」
「またね、シノ!」
俺達が手を振るとプラカードがフルフルと揺れ、そのまま扉を開けて外に出ていった。
長かった訓練期間もようやくこれで終了だ。
かなりキツかったが、訓練前と比べると見違えるほどに成長出来た実感がある。
今ならどんな敵が来たって倒せる自信があるぞ。
例えジェルドーの奴が来たって俺が倒してとっ捕まえてやる!
「さて、それじゃあ皆の所に戻りましょうか」
「そうだな。もう皆待ってるかもしれない」
俺達はさっそく集合場所である訓練室へと向かった。
さぁ! 今回でようやく訓練も終了しました!
相も変わらずヤバい訓練内容でしたね。
痛みはかなり軽減されているはずなのでそんなに苦しくはないと思いますが、それでも軽く千回以上死ぬなんてなかなかない経験です。
これできっと、雷人達も屈強な戦士に一歩近付いた事でしょう。
さて、残すところは一度くらいは入れておきたいと思っていた水着回になります!
本編の状況が状況なのでなかなか遊びのシーンは入れづらいと思っていたのですが、根を詰めすぎると良くないですからね。
チャンス到来!
ここしかないと思ってぶち込みました!
本章も終盤に差し掛かってますが、どうぞ最後までお付き合い下さいませ!




