5-38 見えないあの子は看板娘
「さぁ、それでは本格的に訓練を始めていくのですよ!」
さて、一日が明けて次の日。
再び訓練のために集まった俺達の目の前にはノインさん、ルイルイさん、エンジュさん、マリエルさんがいた。
そしてさらに……その隣には何やらプラカードが宙に浮いていた。
あー、何と言うか。俺はあれを知っている。
実際に見たことはないが、確かフォレオと一緒に医務室に行った時にこっちを見ていた子だ。
改めてカナムを飛ばしてさりげなく確認してみるが、丈の長い袖なしセーラー服、棘の生えたすらっとした尻尾、両サイドで紐で縛った髪に特徴的な頭の上の大きなリボン。
間違いない、特徴は全て一致している。
ここにいるという事はノインさん達が連れてきたのだろうが、一体なぜプラカードだけが見えるのか、全力で謎だ。
全員がそれに気付きつつもその異質さに何も言えないでいると、唯が意を決したという表情で手を挙げた。
「あの、すみません」
「ん? トイレですか? そういうのは始まる前に行っておくものなのですよ。でも我慢はよくないのです。すぐに行ってくるといいのですよ」
「いえ、そうではなくて……そこに浮いている看板についてなのですが、一体それはなんなのでしょうか?」
「あぁ、もしかして唯と空、シルフェに雷人は初めてなのです? まぁ、神出鬼没なので無理もないですね。彼女はアセシノ・ラージャ。こんなですがS級の一人なのですよ」
「S級!?」
「空飛ぶ看板がですか!?」
「いや、それはさすがに違うわよ」
変わった子だとは思っていたが、まさかS級社員だったとは。
これは驚きだ。
「それで、何でプラカードだけ見えてるんですか? ルイルイさんみたいに恥ずかしがり屋とか?」
「いえ、そういうわけではないのですが……。シノ、とりあえず姿くらいは見せるのですよ」
ノインさんがプラカードに向かってそう言うと、何も書かれていなかったプラカードに突然【分かった】と文字が浮かび上がり……、ん? いや、プラカードに書かれている……おそらく文字は見た事のないものだ。
だが、どういうわけかそれを意識して見ると分かったと書いてあるように見える。
もしかして、翻訳機って視覚にまで対応してるのか? とんでもないな……。
そんな事を考えていると、カナムで認識していた通りの少女が虚空からスーッと姿を現した。……これまた美少女だ。
どうしてだ? 俺の周りにいるの、可愛いか綺麗な見た目の人ばかりじゃないか。これは偶然で片付けていいのか? 俺は周りを改めて見回した。
エンジュさんも性格は面倒だが、どちらかといえばカッコいい部類だし、普通な顔なのは俺と空くらいのものじゃないか? いや、まぁ……今更か。
などとどうでもいいことを考えていると、突然アセシノさんが注目してくれと言わんばかりにプラカードを左右に動かした。
それに合わせて表示されている文字が【よろしく】に切り替わる。なぜか可愛らしいデフォルメイラスト付きだ。
何でプラカードで筆談するのだろうか? もしかして、失声症ってやつなのだろうか?
「シノ、最初の挨拶くらいはちゃんと声を出すのですよ。何事も最初が肝心なのです。ここで楽をしているようでは今後に差し支えるですよ」
どうやら違ったようだ。単に面倒臭かっただけとかか? いや、筆談の方が面倒だよな。流石に違うか。
そんな事を考えていると、指摘されたアセシノさんが何やら妙に頑張ってる感じで口を開いた。
「よろしくね」
なんともか細く可愛らしい声が聞こえた。
そして、漫画とかだったら汗をかいているかのような、あの表現が使われそうな感じに頑張ってます感が出ている。
どういう事だ? 喋るのがそんなに苦手なのだろうか?
「あー、勘違いさせそうだから説明しておくかな。実はシノは常時能力発動型で、使う気がなくても能力が発動しちゃうかな。それで肝心の能力なんだけど、視覚、聴覚、嗅覚に対する認識の遮断かな。簡単に言うと見えない。匂いがない。音がしない。っていうことなんだけど」
……待て待て待て? 情報が多いぞ。
まず、何だって? 常時能力発動型?
そんなの聞いた事ないんだが……。
邦桜は能力者が出始めてからそんなに歴史もないし、宇宙にはそんな奴等がいるってことなのか? 何とも驚きだ。
加えて、見えなくて、聞こえなくて、匂いまで無いだって?
何その欲張りセット。そんなのどうやって認識するっていうんだ。
……あれ? でも、俺って確か前もさっきも姿を出す前から気付いてたよな……。
「凄いじゃないですか! つまり、誰にも認識されずに動き回れる隠密超特化ってことですよね!」
「そうだよね! 見えなくて、聞こえなくて、匂いもしないんじゃ見つかりようがないもんね!」
何やら琴線にでも触れたのかテンションが上がる唯と空。
褒められて嬉しいのか、プラカードには照れた様子のデフォルメイラストが表示されていた。
「えっと、それじゃあ見つかるとしたら物理的に触れられた場合だけって事ですか?」
「お、よく気付いたかな。そうそう、シノも触覚までは阻害出来ないから触ればそこにいるのは分かるかな。でも、この能力はそれほどいいものってわけでもないかなぁ」
「え? どうして? 凄いと思うけどなぁ」
「その理由はね……とその前に、シノ。もう頑張らなくてもいいかな」
マリエルさんの言葉とともに少し汗をかいて辛そうな顔になってきていたアセシノさんがスゥっとまた見えなくなる。その様子を見て俺は思ったことを呟いていた。
「そうか。常時発動ってことは俺達と話すのにも意図的に能力を切らないといけないってことなのか」
すると、マリエルさんが俺の事を正解だと指差し、腕を組んでうんうんと頷いて見せる。
「そう、その通りかな。特にシノの能力は強力で、能力の発動を抑え込むだけでも集中力を使うし、疲れちゃうかな」
「なるほど。それでそのプラカードを持っているんですね」
「そういうことかな。シノの認識阻害は持っているものにも影響しちゃうんだけど、自分の体と比べたら物の方が楽に能力の影響を切れるかな。だから普段は会話の時にはあのプラカードを使ってるってわけ。本人も苦労してるから、面倒がらないであげて欲しいかな」
「シノは普段はプラカードすら見えないですし、かなり忙しくしてるのです。だから、こういう機会でもないとなかなか会えないのですよ。今回は何とかスケジュールが開けられたので、今日から彼女にも参加してもらうことにしたのですよ」
「なるほど……因みに普段はどうやって見つけてるんですか?」
「そんなの、端末で呼び出すだけなのです。認識出来ないなら出て来てもらえばいいのですよ」
何を当たり前なことをとばかりに呆れ顔のノインさん。
俺達としてはなるほどねーとしか言いようがないのだが、それはそれとしてようやく訓練が始まったのだった。




