5-36 何気ない日常を噛み締めて1
「……くそ、手も足も出なかったな」
いつも通りカプセルの中で目覚めた俺は、先の戦闘を思い出してその結果を噛み締めていた。
瞬閃雷果は今出せる中で最強の一撃だ。
今はまだその力に振り回されるばかりで十全に放つことさえ出来ないが、全力のこれを扱えるようになれば必殺の切り札に成り得ると思っていた。
だが、それだけでは駄目だ。まだまだ足りないものが多過ぎる。
それに、マリエルさんの言動だ。
マリエルさんはこれまで以上の激戦を予想しているんじゃないだろうか?
そのために、フィアやフォレオのそばにいる俺が弱いままでは困ると考えているんじゃないのか?
「……今のままで満足してちゃ駄目だ。もっと、もっと強くならないと……」
ジェルドーの奴を追い返してからもう一月以上が経っている。
そろそろあいつが来たとしてもおかしくはない。
恐らく、決戦の時は遠くない。
まずは、あいつに勝つためにこれからの訓練で確かな成果を得る。
俺は自身の頬を両手で叩いて気合を入れるとカプセルのふたを開けて皆の待つ外に出た。
*****
「あー、疲れたぁ」
戦闘試験というか、戦闘訓練というか。
総当たり戦を終えた俺達は家に帰ってきていた。
結果としてはシルフェはルイルイさんの試験に合格したらしく、唯以外の全員が一回合格した形となった。
唯は自分だけ合格が出来なかったことを気にしているようだったが、俺達に心配させまいとしているのかあまり表には出さなかった。
もっとも、俺達だって偶然合格出来たみたいなところがあるからな。
出来なかったからと気にし過ぎる必要もないとは思うが……。
とりあえず今日の所はお開きとなり、明日から改めて訓練を行う運びとなった。
全員、実際に体を動かしたわけではないとはいえ相応に疲弊していて、空は真っ先にリビングに入るとソファに向かってダイブしていた。それを見てフォレオが顔をムッとさせる。
「空、もう少し我慢して欲しいのですが、ソファーに寝そべられるのははっきり言って邪魔です。寝るなら自室にして下さい」
フォレオのお小言に空が面倒臭そうな顔をした。
面倒なのは分かるがあからさまに態度に出すんじゃない。
疲れているのは皆一緒なので、全員が座れるように無理矢理にでもどかそうと思い寝そべる空に近付く。すると後ろからパンっと通りのいい音が響いた。
嫌な予感でもしたのか、ギギギと音のしそうな動きで空が振り返る。
それに釣られて振り返ると、視線の先でシルフェがパーっと明るい笑顔を浮かべていた。
「邪魔なんだったら私が空の上に寝っ転がるよ! そしたら皆も座れるでしょ?」
「うぇ!? ちょっと待って! 座る! 座るから!」
何の邪念も無さそうな屈託のない笑顔でそう言い、今にも飛び込んできそうなシルフェに空が慌てて体を起こした。
こんな光景にもフォレオ以外の皆はもはや慣れたものだ。
あぁ、いつも通りだな。みたいな雰囲気が漂っている。
フォレオもそれを察してか何かを言いそうではない。
「えー? 遠慮しなくてもいいのにぃ」
残念そうにしながらもシルフェはちゃっかりと空の隣に座った。
「あはははは、あ、そうだ。私お茶を持ってきますね」
「あっ、唯は座ってていいんだぞ。お茶出しくらい俺がやるから、そろそろ夕飯も作らないとだしな」
「いえ、今日は泊めてもらうわけですし、料理は私に任せて下さい!」
唯がそう言いながら胸に手を添える。料理を任せるとなるとあの問題が頭を過るが、自信ありそうだしな。
フォレオとシルフェはひどいもんだったが、しっかり者の唯に限ってはそれもないか。
「そうか? んー、分かった。でも、俺も手伝うよ。物の場所とか分からないだろ?」
「あ、そうですね。それではお願いします」
そんなやり取りをする二人を見て手をわきわきとさせる少女が一人。
「あぁ、出遅れたわ……」
「三人も要らないのは間違いないですから、フィアが行く必要はないですよ。……ほら、フィアもこっちに来て、えっと、座ったらどうですか?」
「うーん、でも……うーん」
「……そういえば、確か今日は音楽番組がやっていて、あのレセフィラ・フォシュラとかいうグループも出てるはずです。その、それでも……一緒に見ませんか?」
「え、レセフィラ・フォシュラが出るの? そ、そうね。それじゃあ一緒に見ましょうか!」
どことなく恥ずかしそうに少し目を伏せながらフォレオが言うと、名残惜しそうにしながらもフィアはソファに座った。そんな様子を俺はお茶を入れながら見ていた。
「フォレオも偶にぎこちなさがあるけど、かなり慣れてきたよな。頑張ってるなぁ」
「え? えーと、そうですね。こっちに引っ越してきた時に椚祭があったのが大きいんじゃないですか? 一緒に何かに打ち込んで成し遂げると連帯感が生まれますし、打ち解け易くなると思います」
「そうか。確かにそうだな。あ、氷が冷蔵庫の二段目に入ってるから取ってくれるか?」
「あ、はい。えーと、ここですね。どうぞ」
「ありがとう」
「……それにしても早いものですね。最初は皆他人だったのに、もう皆がいるのが当たり前になっています」
「そうだな。さっきの唯の言葉を借りるなら一つの事に打ち込んでいるからってことになるんだろうけど、それだけじゃなくて皆人当たりもいいからな」
「そうですね。本当に……」
唯の声が小さくなっていったのが気になり、唯の方を振り返る。
すると、唯はどこか寂し気な……そんな表情でフィア達を見つめていた。
どうしたんだろうか? 何かを思い出して郷愁にでも駆られたのか?
まぁ、ラグーンシティにいる能力者達は漏れなく自身の故郷を離れて来ているわけだからな。フィア達を見て何か思うところがあったのかもしれない。
「……唯、大丈夫か?」
「あ、はい、大丈夫です。……皆さんとこんなに仲良くなれましたけど、こんな時間もいつかは終わってしまうだろうと思うと……。ふふ、そんなこと考えても意味はないんですけどね。やっぱり、ふと考えてしまうんです」
「いつかは終わってしまうか……」
そこまで言って俺は何やらテレビを見ながら踊っているフィアと踊らされている感のあるフォレオ。そして、空とともに体を揺らしているシルフェを見た。
唯の言う通りだ。なんとなく、こうしているのがいつの間にか当たり前になっていた。
でも違う。こうして俺達がここにいるのは、フィア達が今回の仕事を引き受けて、俺達がそれに協力しているからだ。
この一件が片付いた時、その時フィアは……。
「……そうだな。唯の言う通りだ。ずっと今のままではいられない。だから俺は……」
俺は、どうすればいい? どうしたい?
……その答えを決めておかないといけないんだ。




