5-17 ぷにぷにほっぺと柔らかほっぺ
「あー、腰が痛い」
「悪かったわよー。クレデビが面白かったんだからしょうがないじゃないのー」
「しょうがなくはないが……」
「はいはい、雷人はその辺にしておいて下さい。空だって何も言ってないんですよ?」
言われて空を見ると相変わらずシルフェにべったりくっつかれたまま、眠そうに目を擦りつつ遠い目をしていた。
確かに何も言ってはいないが……あれは文句がないわけじゃなくて、単純に諦めているだけなんじゃないのか?
「空と見れて私は嬉しかったよー。空はどう?」
「うん、そうだね。楽しかったよ」
「そうだよね! んふふー!」
こちらの話を聞いていたらしくそんなことを言うシルフェと空。
空の言葉は若干棒読みなのだが、シルフェはそんなの知らないとばかりにテンションが高い。
触ればぷにぷにしてそうなツヤのあるほっぺでスリスリしている。
知らぬは強しだな……。
「まぁ、今日も訓練があるのに一部を除いて全員寝不足なのはとりあえず置いておくか」
「雷人は結構根に持つタイプですね」
「悪かったわよー」
せっかく流すと言っているのにそういう事を言うんじゃない!
言い返したくなっちゃうだろうが!
腹いせとばかりに眠そうにしているフィアの柔らかほっぺを両手で掴んで口の端を持ち上げる。
元から朝が弱いくせに寝不足なもんだから、今のフィアは完全にガードが甘い。
本来ならこのくらいは躱している所だ。まぁ、そんなところも可愛くはあるのだが。
「ふぇ、ひゃひふるほよー」
「……まぁ置いといて、ノインさん達はまだ来てないんだな。全員遅刻か? 何かあったんじゃないだろうな?」
俺達はすでに今日の訓練会場である仮想訓練室へとやってきていた。
集合時間は五分ほど前。
初回にギリギリだったエンジュさんはともかく、ノインさんやルイルイさんはその辺しっかりしていそうだし、マリエルさんも意外なことにその辺りはちゃんとしている。
理由も無く遅れることはないと思うが……。
そう俺が疑問を口にするとフォレオが腕を組みながら答えた。
「確かに、誰か一人ならともかく全員というのは気になりますね。一度確認に行ってきます」
「悪いな。頼むよ」
「ほろほろはなひははいよー」
「……行きますけど、変なことはしないで下さいよ?」
「誰がするか!」
ジトーっとした目でこっちを見るフォレオにツッコミ、後ろ髪を引かれつつもフィアのほっぺから手を離した。
結構柔らかくていい感触だったな。
そんなことを思いつつ、ジト目を向けながら歩いていくフォレオを見ていると仮想訓練室の扉が開いた。
「遅れてすみませんです。ちょっと話し合いをしていたので……皆なんだか眠そうなのです。昨日は休日だったはずですよね?」
「なはははは! 休日こそ夜更かししてしまうあれだな? 分かる、分かる!」
「気持ちは分かるけどよくはないかなぁ。皆、しっかりしないとダメだよ?」
「今日も、よろしく、ね」
ようやくやってきた四人に完全にだらけ切っていた俺達の意識がどことなく引き締まったのを感じた。
……とはいえ、空は相変わらずシルフェに捕まってるし、フィアも真面目な顔をしつつ瞼が今にも落ちそうだし、ほっぺもとろけそうだけどな。
「おはようございます。それで話し合いって、何かあったんですか?」
「いえ、今日の方針のことなのです。今日やることは知っていますですね?」
「はい。実戦形式の訓練ですよね?」
「そうなのです。これまでの訓練で最低限必要な基礎体力はつけたのです。だから次は私達と実際に戦って、何が足りてないのか、その中で伸ばすべき必要な要素は何なのかを見極めるのですよ」
「要するに今後の訓練の目標を決めるってことね。それはそれとして、この実戦訓練自体も貴重なんだから、ちゃんと自分の糧にしなきゃダメよ?」
ようやく目が覚めてきたのかフィアが真面目な顔でそんなことを言う。
うーん、言ってることはしっかりしてるのだが、さっきのとろけ顔がちらつく……。
そんなことを考えているとパンッといい音が響き、俺達の目が音の発生源であるノインさんの元へと向けられる。
全員の意識が自分に向いた事を確認するとノインさんは九本のふさふさな尻尾をゆらゆらと揺らした。
「訓練なのですから、気を引き締めるのです! 返事は!」
「はい!」
流石と言うか、今のでわずかに緩んでいた気が完全に引き締まった気がする。
あのいつでもゆるゆるなシルフェでさえ真剣な顔をしているのだから相当なものだ。
俺達の返事を聞いて気をよくしたのか、ノインさんは左手で右の肘を押さえつつ、人差し指を上に立てて説明を始めた。
「さて、それでは今日の方針を説明するのですよ。とりあえず、皆には私達四人全員と仮想訓練装置を使って模擬戦闘をしてもらうですが、今回は他のメンバーの模擬戦を観戦するのはなしにするのですよ」
「観戦はなし? どうしてです師匠?」
「決まっているのです。フィアとフォレオはともかく、他の四人は私達の戦闘を見た事が無いのです。せっかくなのですから、事前情報は無い方がいいのですよ。それとも本番で相手の情報があるのが普通だとでも思っているのです?」
なるほど、ノインさんの言うことはもっともだ。
とはいえ、訓練の時点でいくらか情報は得てしまっているのだが、それについては黙っていよう。
「という事はうちとフィアは観戦してても問題ないということですか?」
「理屈ではそうですが……。まぁ、今回は条件を揃えるためにも止めておくことにするのですよ。さて、それでここからが本題なのですが、私達は仮にもホーリークレイドルのS級社員。普通に戦ってしまえばこちらが圧勝してしまい訓練にならないのは目に見えているのです」
「えー、それはやってみないと分からないんじゃないかなぁ?」
「目に見えて、いるのです!」
「シルフェ、話が進まなくなっちゃうから、ね?」
「むぐむぐぅ」
どこからそんな自信が来たのかは知らないが、いらない事を言うシルフェの口を空が物理的に塞ぎにかかる。
ナイスだ空。構ってもらえるのが嬉しいのかシルフェが楽しそうに笑っているのは見なかったことにしよう。
ノインさんも何か言いたげな顔をしているがどうやら言葉を飲み込んでくれたようだ。
さすが、見た目に反して大人だ。
「……というわけで、条件を設定するのです。一定の条件をクリア出来れば皆の勝ち、という事なのです」
「とは言っても、条件をあんまり簡単にしちゃったら身が入らないだろうし、私達もやり辛くなっちゃうかな」
「そこで、どの程度のレベルにするかを話し合ってきたわけだ! 根性さえあればクリア出来るから頑張れよ!」
「あぅ、根性だけじゃどうにもならない、よ? かなり難しいと思う、かな」
「ルーの言う通り、簡単なレベルには設定していないのです。そこで目標は、誰か一人に勝利すること。私達は万能は求めていないのです。自分の得意な相手、不得意な相手がいるはずなのです。だから一勝。まずは一勝するのですよ。分かりましたです? 返事は!」
「はい!」
簡単ではない……か。上等だ。
俺はフィアを、皆を守れるくらいに強くなると誓ったんだ。
そのくらいでないと意味がない。やってやる。
周りを見てみると、それぞれ思うところがあるのか皆やる気に満ちた表情をしていた。
さて、一人だけ達成出来なかったなんてカッコ悪いしな、一人目からきっちりと勝ちをもぎ取ってやる。そう意気込んだ俺達を見てノインさんが一言……。
「それじゃあ、じゃんけんをするのですよ。勝った人から順にカプセルに入るのです。先着四名なのですよ。ほら、私達もやるですよ。最初はグー、じゃんけんポンなのです!」
……なんか一気に遊び感が出てきた。決め方そういう感じなの?
この後、先着じゃんけんはなんだかんだで白熱し、最後の一人など実に十回もあいこになる接戦になったのであった。
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