5-12 寝るな! 死ぬぞ!
「あー、しんどかった……」
「お疲れ様。ほら、冷たい飲み物でも飲んで少し休みなさい」
「あぁ、ありがとう」
ぐでぇっとリビングのソファに寝転んでいると、こちらを覗き込みながらフィアが缶ジュースを渡してくるので、気力を振り絞って座りそれを受け取る。
今日はフィアとともにエンジュさんのところを訪れていたのだが、内容はなかなかにひどかった。
簡単に言ってしまうと筋トレをしていただけなのだが、根性があれば出来るとか言いながらこっちが潰れるギリギリまで重りを載せてくるのだ。
大岩を背中に載せての腕立てとか、漫画でくらいしか見たことないぞ。
まさか現実で体験する羽目になるとは思わなかった。
「フィアはあれをよく耐えられたな。俺なんて何回も岩に潰される羽目になったぞ……」
「まぁ、そうね。エンジュ兄さんみたいに根性があれば出来る……なんて言うつもりはないけど、手っ取り早く筋肉をつけたいなら過負荷トレーニングは必要よ。特に私達は普段から身体強化を使ってるから、なかなか筋肉は付きづらいのよね。だから定期的にこういうのはやった方が良いとは思うわよ?」
「ま、マジか……」
あれを定期的に? 全力でごめん被りたいんですが?
ミューカスさんにはまた溜め息を吐かれたしな。
でも、身体強化はその強化率と元の身体能力が大きく影響するのは事実らしいからな。
能力の扱いが上手くなれば強化率は上がるが、元の身体能力が低ければ意味がない。
強くなるためには必須事項か……。
「それで、今回の訓練。雷人は強くなれていそうなの?」
「あー、まぁそれはな。おかげさまで筋肉はかなり付いたと思うし、体も幾分軽くなったような気はするな。本来なら筋肉痛に襲われてる所なんだろうが、ミューカスさんのおかげで体は万全だよ。でも、治療室に行く度に溜め息を吐かれるようになったから、精神的にはきついんだよな……」
「あはは……、でもそうね。それは良かったわ。それで、明日は誰の所に行くのかしら?」
「んー、俺はマリエルさんの所だな。基礎訓練は次でラストだし、あと少し頑張るかな」
「そうね。身体づくりが終わったらようやくS級の皆と戦えるから、訓練の成果を存分に確認するといいわ。それじゃあ、私は先にお風呂もらうわね」
「あぁ、ゆっくりどうぞ」
さて、じゃあ俺は料理を作らないとな。
でも、正直怠い。
地味に疲れが残ってるんだよなぁ。
体は何ともないから、精神的なものだと思うが。
そんなことを考えながら寝転んでいると視界の端に白色と水色が覗いた。
若干眠い目を擦りつつ、覗き込んでくる二人に声を掛ける。
「あぁ、晩御飯はちょっと待ってくれるか? ちょっと疲れててな。もう少しだけ休ませてくれ」
「……ふむ、随分とお疲れのようですね。眠いのがバシバシと伝わってきますよ」
「そうだねー。そしたら寝ててもいいと思うよ?」
気遣ってくれているのだろうが、二人のそんな言葉に俺は反射的に手を振った。
「いや、そしたら誰が晩御飯を作るんだよ? 今日の当番は俺だからな……」
「そうですね……。そうだ、それだったらうちがご飯を作りましょう。いつもやってもらってばかりなのはさすがに気が引けます」
「それなら私も手伝うよ! 一回やってみたかったんだ!」
突然そんな事を二人が言ってきた。
二人とも美少女なわけだし、本来なら女の子の手料理が食べれると喜ぶべきなのだろうが、そんなのは置いておいて一つの考えが頭を過った。
……フィアは料理が上手かったが、それはフォレオとシルフェが料理が出来るかどうかとは一切関係がない。俺は必死に眠気と戦いつつ、二人に疑いの目を向けた。
「……お前達は料理が出来るのか?」
俺がそんなことを言うと、むっとした表情を浮かべるフォレオ。
一方でシルフェは何も考えていなさそうな笑顔を浮かべていた。
「むぅ、その言葉は心外ですね。フィアに出来てうちに出来ないという事はありません。おいしい料理を作って唸らせてやりますよ」
「多分大丈夫だよ! 私は作ったことないけどね!」
もはやツッコむ気力もないが、シルフェの自信はどこから出てくるんだろうか?
若干不安だが、フォレオはなんだかんだでしっかりとしているからな。多分大丈夫だろう。
「……とりあえず、フロラシオンにない食材は使わない方向で頼むぞ?」
「……分かりました。やってみせましょう」
「うんうん、オッケーだよ!」
若干の沈黙が気になるが……駄目だ、本格的に眠い。
まぁ、大丈夫だろ。きっと、多分、メイビー……。
「じゃあ、任せる。よろしく……」
「もちろんです。せいぜいお腹を空かせておくといいですよ」
「期待しててね!」
その言葉を聞くと重たくなった瞼を閉じたのだった。




