5-7 白衣の天使は毒より薬
カナムには反応があったのに何もいないように見える。
いや、おかしい。そこには何かがいるはずだ。
カナムから伝わる気配に集中する。
むむむ、この感じからして……何やらぴょこんと何かが飛び出た細長いものが腰の辺りから伸びた人型……かな?
とすれば、この細長いものは尻尾か。
飛び出てるのは……棘? 針? そんな感じだ。
服は形状からして……袖なしセーラー服か? 少し丈が長くてスカートは確認出来ないが……まぁこの会社ならあり得そうだし、多分そんな感じだな。
髪はふわっとした感じに両サイドの下の方で縛って纏めている。
あとは頭から何かが飛び出て……ちょうちょみたいな感じの形だな。
あぁ、リボンか! おぉ、分かってくるとちょっと楽しくなってくるな。
後は何かを持っているみたいだが……プラカードかこれ? 何でこんな物を持っているんだ?
何にしても集中すると結構細かく分かるもんだな。
把握にかなり時間が掛かっているから実戦では全く役に立たないが、俺の能力も少しは進歩していると言えるだろう。
まぁ、見えないからこの情報が合っているのかどうかは定かではないんだが。
……誰かが隠れてるだけで合ってるよな? 天音さんの光の操作みたいな感じかな?
「……」
何だろう。この感じ、多分向こうもこっちを見てるな。
尻尾とかリボンの位置でなんとなく分かる。じろじろ見過ぎたか?
そんなことを考えていると、後ろから声がかかった。
「雷人、何をそんなところに突っ立っているのですか。早く入って下さい」
「あぁ、いや。あっちに人がいるっぽいんだが、姿が見えなくてな」
「姿が見えない? ゆ、幽霊だとか言うんじゃないですよね?」
俺の言葉に露骨に顔を青くするフォレオ。
何だ? フォレオはそういうのが苦手なのか。
「意外だな。理論武装で幽霊なんているわけないって言いそうなのに」
「え……うちってそんなイメージなんですか? うぅ、幽霊なんていうのは大体スピリチアか化学現象だと相場が決まっているのです。ごく一部、それでは説明出来ないことがあるだけなのですよ。それだってきっと誰かの見間違いです」
「そのスピリチアってのはなんなんだ?」
「宇宙は広いですから、肉体を持たない種族だっているんですよ。でも彼らとは普通にコミュニケーションが取れますし、理不尽に襲い掛かってきたりはしません」
肉体を持たない種族? そんなのがいるのなら、なおさら幽霊を怖がる必要はないと思うのだが……。
まぁ、人は理解出来ないものが怖いって言うからな。そういうものなんだろう。
「……ちなみにあれは俺のカナムで確認出来るから幽霊じゃないと思うぞ。何かプラカードを持ってこっちを見てるんだよ」
「プラカード? あぁ、なるほど。それなら心配いりません。全く驚かせないで下さい」
そう言って勝手に納得すると医務室の中に向かっていくフォレオ。
何だ? 知り合いだったのか?
「やっぱり社員だったのか? プラカードで分かるってことは、あれいつも持ってるのか?」
「……何やら気になってるみたいですが、あまり気にしない方がいいですよ。悪い人では決してありませんが、あの状態の彼女に気付いてしまうのはあまり得策とは言えません。うちはお勧めしませんよ」
……一体気付いてしまったら何があるというんだ?
さらに問い詰めようとしたその時、フォレオとは別の声が聞こえた。
「あら、あなた達また来たの? 無茶な訓練はお勧めしないわよ。命あっての物種なんだからね」
声の方向を見ると白衣を着た藤色の長髪が特徴的な女性がいた。
さらに目立つ特徴として、女性の背中側からはいわゆるサソリのようなしっぽが覗いていた。
彼女はホーリークレイドルの医務室を受け持っているアラカナム・ミューカスさんである。
以前から何回かここのお世話になっているので、恩人と言っても差し支えのない人だ。
「ミューカスには悪いのですが、師匠も忙しいので多少の荒療治には目を瞑って欲しいのですよ」
「はぁ、ノインといいエンジュといい。一日に何度も怪我人を作るのは止めて欲しいわ。それにしてもフォレオ、あなた大分口調がノインに似てきてるわよね。弟子は師匠に似るってやつなのかしら?」
「う、この口調はずっと聞いてると自然に移るんです。別に悪い口調だとは思いませんが」
「そうね。私からしたら微笑ましい限りよ。えっと、確か今は皆で特訓中だったかしら? じゃあしばらくは大目に見るけど……くれぐれも体は大切にしなさいよ? 特に雷人君。あなたは自分の力でも怪我をするんだから、無茶はしないこと」
前回のバルザックとの戦いの後にも全員でお世話になっているからな。
今日なんてこれで五回目だし、流石に名前と顔を憶えられてしまった。
しかし、大技を使うとどうしても反動が来てしまう。
それを無くすレベルにまで鍛えるとなるとまだまだ難しいな。
そんなことを考えつつも作り笑いを浮かべて返事をする。
「はは、善処します」
「あ、これは守る気がないやつね? はぁ、可能な限りは直すけど、私の治療は万能じゃないんだから。自分の命は自分で守ることを忘れちゃ駄目よ? さ、それじゃあ準備出来たから、薬液の中に入りなさい。最速で治してあげるわ」
「よろしくお願いします」
「お願いします」
そう言うと呼吸器をつけ、薬液が溜まっているポッドの中に足を入れてそのまま寝転がる。
するとみるみるうちに薬液の嵩が増していき、全身を包み込んだ。
縦ではなく横向きだが、まぁ某漫画に出てくるそれと同じような感じだ。
人が寝れるサイズのポッドに薬液を満たしてそれに浸かるだけ。
もはや何回もやっているが今のところ何か異常があったりはしない。
肌がじんわりと暖かくなり力がだんだん抜けていく。
そして、強烈な眠気が襲ってきて俺の意識を刈り取っていくのだった。




