5-6 疲れた体に特製レモネード
「ぜーっ、ぜーっ、ぜーっ、もう、無理……」
無数の槍が突き立つ床を今にも倒れそうな千鳥足で歩く。
そして、ベッドに倒れ込むかのように勢いよく地面に倒れ伏した。
そのままごろんと転がって天を仰ぎ大の字で呼吸を整えていると、そこに影が差した。
残った気力を振り絞って目を開けると、こちらを覗き込む水色の少女の顔が見えた。
「はぁ、はぁ、ふぅ、お疲れ様です。どうです? 強くなれた気はしますか?」
「ぜーっ、この状態を、はぁ、見て、はいって言うと、はぁ、思うのか?」
「ふふっ、んー、達成感はありそうですよね」
死にそうになっている俺を見下ろす汗だくの少女は楽しそうに笑う。
こんな状態の俺を見て笑うなんて、フォレオは少しだけSが入ってるな。
いや、待てよ。フォレオは俺よりも一段上のメニューをこなしてたみたいだからな。今も楽ではないはずだ。もしかして、Mも入っているのか?
「む、何か失礼なことを考えていませんか?」
「いや、そんなことは、ないが、わぷっ」
俺の返答から何を感じ取ったのか。フォレオが作り出した水球が俺の顔めがけて降り注いだ。
あ、ちょっと冷たくて気持ちいい。
「むむ? 疲れてるだろうと思って特製の冷えたレモネードを持ってきたのですが、意外と元気ですか? もう一回行っとくですか?」
ひょこひょこと両手にペットボトルを持って近付いてきたノインさんを見て、俺とフォレオはぶんぶんと首を勢い良く横に振った。
もう一回などとんでもない。
結局あの後、槍の雨付き全力ランニングを五回も行ったのだ。
それも時間はどんどん増えていった。
間に三十分の休憩(医務室の治療ポッドに放り込まれていた)を挟んで一時間から三時間まで三十分ずつ長くなっての五回だ。
最初の時など一時間でも倒れて意識を失っていたのだから、立てないほどに疲れているとはいっても意識があるだけ今はマシだ。
「まぁ、何にしてもこれで基礎的な体力は付いたと言えるのではないですか? 雷人は疲れ切っているみたいですが、一応は三時間走り切りましたです。最後の方は疲れ切っていてもちゃんと槍を躱していましたし、私からの課題はこれでクリアとするのですよ」
そりゃあ、命が掛かっていれば誰でも頑張るというものだ。
常に周囲にカナムを展開して、槍の飛来を感知した瞬間に回避行動をとる。
反射的な回避が身に付いたというのは確かに成長なのだろうが、スパルタが過ぎると思う。
ようやく息が整い僅かながらに回復した俺はフォレオの手を借りて座り、ノインさんからレモネードを受け取ると口に含んだ。
酸っぱさが疲れた体に染みるな。
「ありがとうございました。でも、もう少し手心を加えて欲しかったです」
「雷人はうちよりも大分温情をもらってたと思いますよ。最後の方なんてまともに走れてなかったのに、槍を躱せてたのはどうしてだと思っているんですか?」
またもや何を言っているんだとばかりに呆れた顔をされる。
いや確かにそれはそうなんだろうが、譲って欲しかったのはそこの難易度じゃない。
「何にしても、これで私からの基礎訓練は終わりなのです。もう一回医務室で回復して明日に備えるといいのですよ」
「そうさせてもらいます。それじゃあ、失礼します」
「師匠、お疲れ様です」
ノインさんに挨拶をした俺はフォレオに肩を借りながら医務室を目指す。
そんな中でふと気になったことを聞いてみた。
「そういえば、フォレオはずっとノインさんの事を師匠って言ってたよな? てっきり今回の件があるからかと思ってたんだが、多分違うんだよな?」
「あぁ、そうですね。師匠はもっと前からうちの師匠ですよ。そういえば雷人にはほとんど見せたことがありませんでしたか。師匠はうちの薙刀の師匠なんです」
薙刀……そういえばフォレオと戦った時の最後に薙刀を取り出していたような。なんかうろ覚えだが、多分そのはずだ。
「なるほどな。ノインさんから教わった薙刀捌きがフォレオの切り札ってわけか」
「切り札かと言われると何とも言い難いですが、まぁ追い詰められた時の頼みの綱ではありますね。うちの防御の要、最後の砦ってやつです」
防御の要……か。
フォレオの戦闘イメージといえば、やはり銃を用いた中遠距離戦だ。
狙撃銃と水弾による正確な長距離狙撃。
両手拳銃等による弾幕と水の鞭による中距離戦闘。
いずれも強力だが、近距離にまで接近してしまえばそこまでの脅威ではなくなる。なるほど、それを補うための薙刀術か。
……いや正直、薙刀も懐に潜られてしまえば扱い辛い武器だと思うのだが、ここまで自信があるのだ。まさか弱いなどという事はないだろう。
もっとも、前回は俺が瞬閃雷果を使った所為で、その真価を確認することもなく力技で戦闘を終わらせてしまったわけだが……。
そんなことを考えていると、急にフォレオが足を止めた。
思考に意識を割いていた俺はすぐに止まれず、フォレオの頭を押すようにして覆い被さってしまう。
「おわっ! ちょ、急に止まるなよ」
「何を言ってるんですか。ほら、医務室に着きましたよ。いつまでも寄りかかってないで早く体勢を直してください」
「あ、そうか。悪い」
「全く、隙を晒し過ぎなんですよ」
フォレオはそう言いながら俺を突き起こすと医務室の扉を開けて中に入って行ってしまう。
隙? そりゃあここは安全地帯みたいなものなんだから警戒なんて……。
いや、何もないとは言えないか。
頭を過るレジーナの前方不注意突撃やエンジュさんの飛び込みセーフ。
確かに安全地帯とは言い難いかもしれない。一応カナムを撒いておくか。
そう思い周囲にカナムを散布するとさっそく近くに何かの反応があり、自然とそちらに目を向ける。
「……あれ?」
目を向けたのだが……そこには何もいなかった。
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あなたがこんなことをするなんて、明日は槍でも降るのかしら?
作中ではこんな感じで使う想定で書きましたが、実際には雪が降るとかの方が多いでしょうか?
実際に使う事はなかなかありませんが、こういった創作物ではちょこちょこ見かける言い回しですね。
しかし、もし槍が降ってきたら作者は確実に死ぬ自信があります。
多少の手心はあれ、何時間も躱し続けるだなんて、我ながらとんでもない訓練だなぁと思います。




