5-5 今日の天気は晴れ時々槍の雨
「こほん。少しトラブルはありましたが、気を取り直して訓練を始めるのですよ」
ようやく落ち着きを取り戻したノインさんの前に俺とフォレオが座る。
とりあえず今日から一日ずつそれぞれS級社員の元をローテして回り、基礎的な訓練を受けることになった。
その後、今回参加のS級社員全員と実戦形式な訓練を行い、それを元にそれぞれ最も必要だと思われる課題を決めて、克服を目指すのだそうだ。
そして一日目。
俺はフォレオとともにノインさんの元で基礎的な訓練を受けることになった。
今朝の事があるのでフォレオと一緒なのは若干気まずいが、そんなことを言っている場合じゃないからな。真剣に訓練を受けよう。そう意気込んでノインさんに尋ねる。
「まずは何をするんですか?」
「基礎的と言うくらいですから、恐らく走る類のものだと思いますよ」
俺達の言葉を聞いたノインさんはゆっくりと頷いた。
走るのか。少し地味だと思ってしまうが体力作りは大切だし、ランニングはなんだかんだで体作りにはもってこいだからな。
そんなことを考えているとノインさんが口を開いた。
「二人にはこれから、降ってくる武器を躱しながら部屋の中を全力で走り回ってもらうのですよ」
ふむふむ、武器が降る中を全力ではし……。
「え?」
「分かりましたです。師匠!」
「いい返事なのです。それでは早速やっていくのですよ」
「え?」
あれ? 疑問を持ってるのは俺だけか? 俺がおかしいのか?
あ、もしかして何かを聞き間違えたかな。
なるほどなるほど、そうだよな。
今回は仮想訓練ってわけでもないのにそんな危険な訓練をするわけないもんな。
そう考えながら前を歩くフォレオに付いて行き、見様見真似でクラウチングスタートの構えをとる。
「それでは始めるのですよ。まずは一時間なのです。よーい、スタート!」
ノインさんの掛け声と同時に走り出す。
この訓練室は空間拡張とかいう技術のおかげで外からの見た目のわりには馬鹿みたいに広いが、それでもせいぜい四百メートル四方といったところだ。
故にぐるぐると回ることになるのだが……。
「おわっ!?」
走り出した直後、突然後ろに響いた轟音に思わず視線を後ろに向ける。
すると、さっきまでいたスタート位置に無数の槍が降り注いでいるのが見えた。
その槍の雨はズドドドド! と恐ろしい音を響かせながらみるみるうちにこちらへと迫ってくる。
「な、なんだよ、あれ!」
「さっき武器が降ってくるのを躱しながら走ると言っていたじゃないですか。もしや、聞いていなかったのですか?」
驚いた様子も無く、フォレオは何を言っているんだとばかりにさらっと言った。
こういう反応をされると自分が間違ってる気になるのは何でだろうな?
あ、あれか? 脅かしてるだけみたいな?
ちょっとだけ冷静な思考が戻って来た。
あれだな。
槍の雨を見ると、あれが頭を過るな。
普段の行動からするとズレた行動をした人に、明日は槍でも降るんじゃない? ……的な冗談を言うやつ。
実際にこの目で見てみると、槍が雨の様に降ってくるのって笑えないよな?
って、おわぁ! 足に掠った!
これはもはや茶化してる場合じゃない!
本気でヤバいやつだこれ!
「いや! フォレオは平然とし過ぎだろ!? 突然こんな修業が始まるなんて冗談かと思うだろ!?」
「師匠はやると言ったらやるのです。加減はしてくれるはずですが、手を抜いていると死にますよ?」
「死ぬって! 訓練なのに死ぬって!」
「そうなりたくなければ全力で走るんですよ。そうじゃないと訓練になりませんし、そのために師匠はこんなことをしているのですから」
デッドラインを設定して、一定以上に遅く走らないようにするってか?
鞭にも限度ってものが……ひっ! 槍の穂先が頬を掠めた!?
「今! 今掠ったぞ! 槍の雨はまだ後ろの方なのに!」
「師匠は降ってくる武器を躱すと言ったのです。それなら狙われるのも当たり前というものですよ」
「フォレオ! どうも余裕がありそうなのです! バンバン行くですよ!」
「うげ……雷人、うちは死にたくないので先に行きます。ご武運を!」
そう言ってスピードを上げるフォレオとその周囲に突き刺さる槍の雨。
その衝撃に強風が吹き荒れ頬を撫でる。
まずい、これは油断すると本気で死ぬ!
くそ! やるしかない!
「おおおおおおおおぉぉ!!」
気合の叫びをあげると飛んでくる槍の数が増えた。
どうやら、これまでは初めてだからなのか手加減があったようだ。
そんな温情も消え去るほどの命の恐怖に、俺は死に物狂いでステップを混ぜつつ走るのだった。




