4-57 帰ってきた愛しき時間
あの日はフィアとしばらく浜辺を歩いた後、ホーリークレイドルへと戻ってしっかりと治療を受けた。
薄々気付いてはいたが、無理に体を使ったこともあり体はそれなりにボロボロだった。
どうやらフィアも、内臓に結構ダメージを負っていたらしい。
だというのに無理をさせて……悪かったな。
すぐに治療に行かなかった所為でミューカス先生(ホーリークレイドルの治療医)にも怒られてしまった。
と言っても、あの先生の怒り方は心配が前面に出過ぎていてあまり怖くはなかったのだが。
そして次の日、目を開けると隣にはフィアが寝ていた。
フィアはその柔らかな両手で俺の手を掴んで頬に当てている。
シルフェが来たばかりの頃は俺の部屋に侵入することもなくなったし、潜り込み癖が復活した最近も毎日潜り込んでくるというわけではなくなった。
こうして俺に抱き着いたり手を取ったり、触れてくることもあるのだが、それもいつもというわけではない。
何が違うのかは知らないが、俺にとってはランダムのようなものだ。
だから、朝起きてこうして触れているとなんだか得した気分になる。
「俺……フィア事が好きなんだよな」
昨日の浜辺で俺はフィアが好きなんだと自覚した。
冷静になって振り返ってみると、励ましてもらったから好きになったみたいに思えてしまうが、多分違う。
フィアが言っていたように、俺も今のフィアと過ごす生活が好きで、知らないうちに好きになっていたんだ。
あの一件はその気持ちに気付いたただのきっかけでしかない。
しかし、あれだな。以前はこの状況もリアルラッキースケベくらいの感覚だったが、自覚した後だと……少し感じ方も違ってくるな。
エロいというよりは愛おしいって感じか?
いや、若干パジャマがはだけて覗いてる胸元とか、白い肌や首筋とか、それをエロいと感じないというわけではないのだが……。
「断じて違う。断じて……」
小声で自分を律しながらもふと手が伸びる。
気持ちよさそうに寝ているフィアの顔に掛かっている前髪を指で除ける。
いや、何と言うか。まじまじと見ると本当に可愛いな。
少し長めのまつ毛、サラサラで少し広がった黒髪、ちょっとだけ気の強そうな目。
欠かさず訓練してるだけあって体は引き締まってるのに、触れた感触はちゃんと柔らかい。
今はしていないが普段はマフラー付けてるのも可愛いし、星形のヘアピンもいいアクセントになってて最高……。ってちょっと待て、この思考は危ない奴のそれなのでは?
危ない危ない、俺はストーカーではないのだ。俺を信頼して寝ている少女に対して、欲情するのはあまりにもよくない。あ、唇が震えて……っておいっ!
心の中で自分に突っ込みを入れると無意識に手が動き、フィアの眉を掠めた。
すると眠りの邪魔をしてしまったらしく、フィアがゆっくりと目を開ける。
「ん……? んぅー? あ、おはよう、雷人ぉ……」
「お、おう、おはよう。フィア」
どうやら最近は随分と慣れてきたようで、こんな状況になっても少し赤くなるだけでさして慌てる様子もない。
あまり意識されてないってこと……だよな?
……そう考えると少し寂しいな。
「ふぁ……、またこっちに来ちゃったのね。いつも寝てるの邪魔しちゃってごめんね?」
体を起こして軽く欠伸をし、眠そうにしながらも謝ってくる。
最初の頃は驚いて跳び起きていたようなのだが、最近フィアが慣れてきたことで分かったことがある。それは、フィアは朝が弱いということだ。
基本的に起きたばかりのフィアはあまり頭が回っていない。
目も眠そうにしょぼしょぼしていて手で擦っているし、少しボーっとしている。
リラックスしてくれているというのは果たして良いことなのか悪いことなのか。
「いや、問題ない。俺もちゃんと朝までぐっすり眠ってるからな」
そう言って俺が立ち上がると、フィアも立ち上がり眠そうに欠伸をしながら部屋を出て行った。俺はフィアが出て行った扉をしばらく見つめていた。
フィアが目の前からいなくなったことで昨日の事が頭を過った。
バルザックを切ったあの感覚。それはまだ俺の手に残っている。
それでも、俺の気持ちは思ったよりも沈んではいない。
フィアの言葉が、優しさが俺を支えてくれるからだ。
目を閉じると、自然とフィアの笑顔が浮かんだ。
「君のおかげで……俺はこれからも戦えそうだよ」
俺は正義のヒーローじゃない。
俺の掲げた正義は、自分の大切なものを失いたくないっていうただの我儘でしかない。
だけどそれでいいんだ。
そんな子供みたいに我儘な俺を、君はいいと言ってくれたから。
「俺はもっと強くなる」
俺が死んだら何日だって泣いてくれるって言ったよな。
だけど、俺は君に笑顔でいて欲しい。俺は我儘なんだ。だから……。
「涙なんて流させない。そのために、命を掛けなくても君を守れるくらいに強くなるよ」
心からの本心。だけど、それを為すにはまだまだ俺は弱すぎる。
まずはフィアよりも強くならないとな。
そんなことを考えていると、突然開けっ放しになっていたドアからフィアがひょっこりと顔を覗かせた。
「雷人? 今何か言った?」
「うわっ! びっくりした!」
「……何よ。もしかして、何か恥ずかしいことでも言ってたの?」
ゆったりとした……確かサロペットだったか? 可愛らしい服に着替えたフィアの視線に冷や汗が流れる。
大丈夫だ。聞いてくるという事は内容までは分かっていないという事だ。
それにしても、改めて考えると結構恥ずかしいことを言っていた気がする。
「……」
「いや、何でもないよ。それより早く朝ご飯を作ろう。ほらほら」
「何よ。怪しいわねー。まぁ、言いたくないなら聞かないけどー」
若干不満げな様子のフィアの背中を押して部屋から出る。
今はこの関係で十分だが、もしかしたら……。
いや、さっさと朝食を作ろう。今日も学校があるからな。
そう考えて俺は朝食の献立を考え始めるのだった。
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