4-56 正義とは、大切な者達を守り抜くこと
「雷人……誰かを殺したことはね、どうしたって消えないの。気持ちの整理をして、乗り越えていくしかないことなの」
「はは、乗り越える? 乗り越えるだって? あぁ、そうだよな。フィアは正しいよ。でもさ、出来ない……俺には出来ないよ。フィア」
「出来るわ、雷人。あなたなら、きっと乗り越えられる」
「何で……何でそんなことが言えるんだ!? フィアが俺のことをどれだけ分かっているっていうんだよ!」
「私が分かっていることが多いとは思わないわ。でも、これまで過ごしてきて、あなたが優しいってことだけは知ってる。正義のヒーローになりたい。誰もが一度は考えることね。でも、実際に目指せる人はそうはいないの。誰かのために自分が厳しい道を行くって決めるのは、そんなに簡単じゃないのよ」
「……分からない。分からないんだ。正義のヒーローって何なんだ? 何かを守るために誰かを殺すのは正義なのか? こんなの……ただの自分勝手な悪人じゃないのか?」
「そう思えるっていうのが雷人が優しいっていう証拠よ。他人のことを想えるあなただから、乗り越えられると私は思う。でも……そうね。優しいからこそ、雷人は正義のヒーローになるのは難しいかもしれないわね」
「……どういうことだよ?」
「優しいあなたが人を殺す事を受け入れるには、それなりの信念のようなものが必要だと思うのよ。ヒーローとして掲げる正義じゃなくて、雷人自身の正義がね」
「俺自身の、正義?」
「雷人の言う通り、悪や正義なんてものは見方次第で変わるものよ。例えば、自分の愛する人を守るために誰かを殺したらその人は悪?」
「……人を殺したのなら悪だろ?」
「でも、その誰かを殺さなかったら愛する人は死んじゃうとしたら、それは正義なのかしら?」
「……」
「例えば、食べ物を盗まないと飢えて死んじゃう人がいたとして、生きるために盗んだらその人は悪?」
「そんなの、人の物を盗ったら犯罪なんだから悪になるだろ……」
「確かにそうね。でも、その子にとっては自分が生きる事が一番だから、盗む事が正義じゃない?」
フィアの言葉にあの黒い少年の言葉が頭に呼び起される。
結局、正義はそれぞれの人が信じる、正しいと思えることが正義ってことなのか?
そして、悪はそのコミュニティのルールに基づいたもの……つまり、悪と個人の正義は両立出来るってことなのか?
「正義って……」
「世の中、自分に不幸を与えた人は悪だって考える人がほとんどよ。悪も正義も捉える人によって変わっちゃうあやふやなものなの」
確かにそうなんだろう。
あの少年の言うことも、フィアが言うこともおおよそ同じで、それはきっと正しい。
あの少年の問いが頭を過った。
俺は本当に、ヒーローになりたいのか?
ヒーローの正義は、捉え方によって変わってしまうあやふやなものだ。
絶対的なものじゃない正義を信じて、俺は人殺しを許容出来るか?
そう考えた途端、あの瞬間がフラッシュバックした。
手が、足が震える。無意識に腕を掻いてしまう。
無理だ。
俺は、ヒーローにはなれない。
「俺には、そんな正義のために人を殺すなんて……」
「えぇ、私もそう思うわ。人の命を軽く考えられない、そんな優しいあなただからあやふやな正義のためには戦えない。じゃあ、そんな正義を掲げるヒーローになんてなれなくていいじゃない。そんなのじゃなくて、自分の信じられる、自分だけの正義を持つべきだって、そう思わない?」
そんな正義のヒーローになんてなれなくていいか。
ヒーローになるのは夢だったけど、確かに俺には難しいみたいだ。
でもさ、俺はこれまでヒーローになりたくて戦ってきたんだよ。
じゃあこれから俺は何のために戦えばいいんだ?
俺だけの正義って、何なんだよ。
「……フィアは、俺がヒーローになるのを諦めても戦うのを止めないって信じてるのか?」
「えぇ勿論、だってあなたは優しいから。人を大切に想える雷人だから、今更目を背けるなんて出来ないでしょ? だから戦うために、揺らぐことのない信念が、正義が必要なのよ」
今更目を背けられないか。
あぁ、確かにそうだな。
「揺らがない信念、正義か。俺にはまだよく分からないな」
「別に今すぐ決める必要はないわよ。これからゆっくりと決めていけばいいわ。でもまぁ、自分の信念なんて案外簡単なものだったりするのよね」
「……ちなみに、フィアの信念は何なんだ?」
「私? 私は自分の気持ちを大切にすることよ。諦めたくない事は諦めたくないし、大切なことは大事にしたい。思い通りにならない事は多いけど、出来るだけ後悔しないように、ちゃんと悩んで、努力して、行動するの」
「……はは、なるほどな。フィアらしいよ」
「そう? ふふ、良いでしょ」
「……すぐには受け入れられないけど、いつかは受け入れられるのかな?」
「きっと大丈夫よ」
優しい声色。
その大丈夫は、信頼は、確かに俺の心を支えた。
「そっか、悪い心配かけたな」
そう言うとフィアが背中から離れたので、振り返ってフィアの顔を見る。
月明かりに照らされたフィアの顔は、柔らかく笑うその顔は、何とも愛おしいと思えた。
「大丈夫。……雷人、私最近ね。ちょっともやもやしてたの。でも今日一日でこのもやもやの正体に気付いたわ」
「気付いた? 何に?」
「ふふ、内緒。でも、そうね。私、あなたといると楽しいわ」
悪戯っぽく笑うフィア。
何というか、雰囲気も手伝ってか心をがっちり掴まれた。
あぁ、俺、フィアが好きだな。
そう自覚すると、何となく顔が熱くなる。
でも、フィアは優しさでこう言ってくれているんだ。
俺はフィアの仕事仲間で、居候で、友達だ。
この気持ちは、ここで出すべきじゃない。
「そっか、俺もそうだよ」
その時、ふとフィアを守りたい。そう思った。
それで思い出した。あの黒い少年の言葉、力をくれるのはいつだって譲れない自分の正義。
俺が今までに本気で大切にしてきたのは何だ?
俺がどうしたって譲れないものは何だ?
それは親友の空であり、友人の唯であり、仕事仲間のフォレオとシルフェであり、俺の好きな人。フィアだ。
他にも家族や会社の人達。ナンバーズの皆だってそうだ。
そうだ、俺は人との縁。それを大切に思っているんだ。
つまり、俺の正義は……。
「……そうか、そうだな。確かに簡単な事だった。俺がなりたかったのは正義のヒーローなんかじゃなかったんだ」
「うん? じゃあ何だったの?」
「昔の俺は人助けをする自分に酔ってただけだ。綺麗事を並べて、そんな理由で顔も知らない誰かのために戦おうとしてた。……でも今は違う。きっと俺がなりたかったのは、自分の手の届く範囲を何が何でも守る。縁を大切にする、そんな男なんだ」
その言葉を聞いたフィアは不思議そうな顔を満面の笑顔に変えた。
そうだ、中でもフィアを、この笑顔を守りたいんだ。なんて、少し恥ずかしいか?
「へぇ、いいじゃないの! だったら私もそうね。皆を守るためならこの命だって掛けられるわ! もちろん、その皆にはあなたも入ってるんだから、気を付けなさいよね? もしもポックリ死んだりしたら、私は絶対泣くわよ? 何日だって泣いてやるわ。今の生活、私は気に入ってるんだから」
「そっか、俺もだよ。改めてよろしくな、フィア」
「……こちらこそよ、雷人」
例えこの先、フィアの隣にいるのが俺じゃなかったとしても、俺はフィアを大切にしたい。少なくとも、この時の俺は本気でそう思った。
その時、フィアが若干恥ずかしそうに手を出してきた。
一体何かと思い俺は尋ねた。
「これは?」
「えーと、こほん。少し散歩しましょ? エスコートお願いね」
「ははは、はい。よろしくお願いします」
差し出された手を優しくとると、二人で手を繋いだまま波打ち際をゆっくりと歩く。
月明かりがほんのりと照らす静寂の中、フィアの吐息と温もり、さざ波の音だけが存在するその時間がいつまでも続けばいいのにと、俺はそう思った。
どこかで書きたいと思っていた内容、雷人が何のために戦うのかをはっきりと自覚するシーンをようやく書くことが出来ました!
それはフィアへの好意を強く自覚する時でもあります。
重たい話でしたが、最後は何だかラブコメな展開になりましたね。
大雑把な展開しか考えずに書いている所為で、ここでは作者のテンションも上がったものです。
あまぁーーーい!
それでは、今章も残すところわずかとなりました。
最後までどうかお付き合い下さいませ!




